第131話 元S級ハンター、企む
作戦決行前のミーティングにて。
「今回の目的は2つあるわよ~」
ギルド2階にある会議室にて、ギルドマスターの声が響き渡る。くねくねと身体を動かしながら、目の前の黒板に文字を書いた。
「1つは主犯の確保。まずこれが第一前提条件になるわぁ。偽装魔獣食材の責任者を吊し上げないと意味がないものぉ」
「ギルドマスター、もう1つは?」
会議に参加したオリヴィアが大きく手を上げて質問する。本人は目一杯のつもりだろうが、座った俺の頭にまで届いていなかった。
「もう1つは証拠品の確保ね。偽装魔獣食材があるってだけでは弱いわぁ。偽装魔獣食材が作られている現場を見つけ、現物を確認することが重要よ~」
俺は腕を組む。
「主犯を捕まえて、吐かせればいいんじゃないか?」
「そういうと思ったわよ~ん。で・も、ゼレットくぅん、あのダクアスって男の口の堅さを見たでしょ? そう考えると主犯は意地でも口を割らない可能性が高い。それにその前に消されるかもしれないわぁ」
それに――とギルドマスターの意見に付け加えたのは、ラフィナだった。
「今回の偽装魔獣食材に、ルカイニ公爵が絡んでいる可能性が高いです。彼は長い間王宮の畜産部の重鎮として君臨して、今も影響がある」
「鶏や牛、豚を扱ってきた彼にとって~、魔獣食材は目の上のたんこぶなのねぇ」
「たんこぶとも思っていないかもしれません。せいぜいわたくしたちは食糧利権というものにたかる〝蠅〟といったところではないでしょうか?」
蠅か。それは随分忌み嫌われたものだな。
「こちらも似たようなものです。彼という食糧利権に食いついた蠅をどうにかしないと……」
「魔獣食材の未来はない……ってとこかしらん」
ギルドマスターはやや冗談めかしで言ったが、ラフィナの硬い表情がほぐれることはなかった。
「まさに王宮に巣くう〝悪魔〟というわけか。そのルカイニという男をしょっ引くことはできないのか?」
「証拠がないのです。関わっていることは確かだと思うのですが……」
「そうぉ。今回のミッションはルカイニ公爵と偽装魔獣食材の接点を探すことでもあるのぉ。そのために現場を抑える必要があるのよん」
「はい。潜入任務は困難を極めることになると思います。ゼレットさんやオリヴィアさんには、負担をかけると思いますが……」
「ご心配なく、ラフィナ様! 危険手当はバッチリいただきますし、側にはゼレットさんたちも付いています。大丈夫です」
オリヴィアは自信満々に胸を張る。
お前が言うことでもないのだが、まあよく言ったと褒めてやるか。
「どうぉ? ゼレットくぅん」
「異論はない。だが、問題はダクアスが言うアジトの規模にも寄るな。あまり時間をかけすぎると、ヤツらの逃亡する時間が稼ぐことになる。主犯を見つけて、そいつが吐く前に証拠が隠滅されていては、元も子もない」
「では、どうすれば……」
偽装魔獣食材に関わる人間を探し出すのが一番なんだろうが、そんな人材を表で野放しにしているとは思えない。
労働力もどうせ訳ありの人間を強制労働させて、あとは監獄同然のタコ部屋にでも押し込んでいるのだろう。
「主犯を誘き出す。俺たちが派手に歩き回れば、あっちから寄ってくるだろう」
「それだけで寄ってくるでしょうか?」
オリヴィアが首を傾げる。
「なら、商品価値を高める文言を1つ提案してやろう。それをあらかじめダクアスに吹き込んでおけば、あいつが勝手に頭領に説明してくれるはずだ」
「商品価値を高める文言……」
「オリヴィア」
「は、はい」
俺はオリヴィアの正面に立つ。
膝を突いた目線を合わせ、真剣な表情で彼女を諭した。
「これはお前しかできない任務だ」
「わたしにしか??」
「ああ。恐らくお前が頭領に狙われることになる。その時、俺たちはお前の近くにいないかもしれない」
かすかに震えていたオリヴィアの手を、俺は優しく包んだ。
「さっきも言ったが、俺は絶対にお前を守る。信じてくれ。悪意はないんだ」
「し、信じます。ゼレットさんはわたしが担当する食材提供者です。いつも信じてますよ。……ところで悪意ってなんですか?」
オリヴィアが質問すると、俺は口端を吊り上げた。
◆◇◆◇◆
「よもや呪い憑きの人間に出会うとはな」
リンは攫ってきたオリヴィアを木の椅子に座らせた。
場所は彼が執務をしている事務所であったが、がらんとしていて何もない。机と椅子がそれぞれ1脚ずつ置かれているだけである。
リンは眠ったままのオリヴィアの鼻先に気付け薬を染みこませた布を近づける。
「臭っ!」
顔をしかめながら、オリヴィアは瞼を開いた。
自分の置かれている状況を把握し、悲鳴と助けを呼ぶ声を上げそうになったものの、それはすぐリンの冷たい手によって防がれてしまった。
「黙れよ。今ここで喚かれたら困るんだ。あの神獣の鼻は潰してきたけど、耳でわかる可能性もあるからな。……心配するな、喚かなければ何もしねぇよ」
リンは慎重に手を離す。
オリヴィアはひとまず抵抗をやめた。
周りを見ると、ゼレットの姿はない。だが、これはゼレットが予想した通りだ。
(作戦通り……。あとは、ゼレットさんを信じて待つだけだ)
すると、リンは手にナイフを持つ。無言で刃物を持たれたら、さすがのオリヴィアも怖い。悲鳴を上げそうになったが、またしっかり口を手で防がれた。
「ちょっとの辛抱だ。なーに、痛くしねぇって……」
そう言って、リンはオリヴィアの上着のリボンを切る。パッと開くと、身長に対して不似合いな大きな胸が揺れた。
(ゼレットさん、早く助けにきて!)
自分の貞操の危機を感じながら、オリヴィアは何もできない。
手足を縛られ、全く動けなかった。
しかし、リンの手は思いも寄らない方へと伸びていく。先ほど開いた上着の内ポケットへと伸びると、その中に入っていたギルドの社員証を取り上げた。
「あった。あった」
手を離すと、早速リンはギルドの社員証をしげしげと眺める。
「うわ! マジだ!! すげぇな」
えっと、何が?
オリヴィアは半泣きになりながら、リンの動きを観察していた。
随分と機嫌がいいらしく、芦毛馬族の尻尾は揺れている。
そこでオリヴィアが思い出したのは、潜入任務の前に行われたミーティングだ。
あの時、ゼレットはオリヴィアに付加価値を付け足すなどと言っていた。ついぞその付加価値とやらを聞くことはなかったのだが、その効果はここに来る前のダクアスの反応からも察せられた。
「本当に呪い憑きだ。それも珍しい……」
「の、呪い憑き?」
「ん? なんだ? あんた、人族でありながら、小人族の呪いを受けたんだろ?」
「はっ!?」
「だって、25歳でその身長とかあり得ないだろう。心配するな。お前みたいな呪い憑きを欲しがる顧客はいくらでもいる。おっぱいも大きいから、結構目玉商品になるかもしれねぇぞ」
リンは薄く笑った。
一方、オリヴィアはこんな状況にもかかわらず、ある男に対して怒りを燃やしていた。
「おのれ……」
おのれ、ゼレット・ヴィンタぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!
それはうつつか、夢か。
オリヴィアの目から血の涙が流れているように見えた。
こちらも更新が遅れ気味にすみませぬm(_ _)m
頑張って更新しますね。原作小説とコミックスも是非買ってね。