第130話 元S級ハンター、乱戦に挑む
「裏社会の頭領というから警戒してみれば……。この程度を大ピンチというのだからな」
裏社会というのは、随分温いんだな。
俺はニヤリと笑う。
その顔を見て、リンの額に青筋が浮かび上がる。
「誰が温いって……」
言葉では静かだったが、明らかに俺の挑発に乗った形だ。
「お前ら、いいぞ。……血祭りにしろ」
『いぇえぇえぇえぇえええええいいいいいいいいい!!』
荒くれ者たちが、それぞれ得物を取り出す。
剣、弓、槍、ナイフ、魔剣なんて物騒なものまで下げているものがいる。
各々黄ばんだを歯を見せて、気色の悪い笑みを浮かべていた。
「プリム、ウォン、来るぞ。隊形を崩すな」
「OK。師匠」
『バァウ!』
四方八方から荒くれ者どもが襲いかかってくる。
先に仕掛けたのは、リルだった。
銀毛が地下でも閃くと、鋭い牙と爪が荒くれ者どもを切り裂いていく。
『ギャアアアアア!!』
威勢良く向かってきた荒くれ者どもが一転して、悲鳴を上げた。
対して、リルは『ぐるるるる』と喉を鳴らし、威嚇する。
普段温厚なリルだが、こと戦闘となれば強く、激しい野生の本能を剥き出す。
純度の高い殺意は、ナイフを構えた暗殺者よりも恐ろしい。
容赦のない威嚇はたちまち荒くれ者どもの動きを止めてしまう。
無論、これで俺たちの攻勢が終わるわけではない。
俺は【炮剣】を手に握り、足を止めた男たちに切り込む。
軽く急所を突いた瞬間、青白い稲妻が1人の男を貫いた。
「ギャアアアアアアアア!!」
また悲鳴が上がると、男はその場に倒れる。
「心配するな。死んではいない。気を失う程度には抑えている。ただし、死んだ方がマシだと思う程度には痛いがな」
俺はまた【炮剣】を近くにいた男に押し当てた。
再び青白い光が男を襲う。
【炮剣】を舞踊のように流れの中で振り回しながら、目の前の戦力を削っていく。
俺の『魔法』は【炎】と【雷】。
スキル使いでもある俺は、魔剣である【炮剣】に【雷】の『魔法』を込めて、振り回していた。
触れれば、Aランクの魔物ですら意識を失うほどの強力な兵器だ。
「てめぇ!!」
1人の荒くれ者が、俺に剣を振り下ろす。
俺はあっさりと受けると、【雷】を迸らせた。
たちまち男は悲鳴を上げて、白目を剥いて倒れる。
「馬鹿め……」
俺に触れようとするだけで、意識を失う。
もはや俺の攻撃を回避するしか選択肢はない。
「この野郎!!」
弓を持った荒くれ者どもが、一斉に狙いを付ける。
狙いはもちろん俺だ。
そう。接近戦が無理なら、遠距離からどうにかするしかない。
だが、こっちの得物のことを忘れてもらっては困る。
俺はコートから短い【砲剣】を取り出す。
射手が打つ前に、引き金を引いた。
一瞬にして、3つの弓を壊す。
これは普通の鉛玉だ。魔法弾なんて高価なもの、どこの街にもいそうなチンピラに毛が生えた程度のヤツらも使うわけにはいかない。
さらに射手が俺を狙う。
『バァァアアアアアウウウウ!!』
その横合いから襲ってきたのは、リルだ。
鼻筋に皺を寄せて、猛々しく吠えると、次々と射手を突き飛ばしてく。
1人リルに向かって矢を放ったが、リルは反射的に反応した。
目の前で打たれた矢を口でくわえたのだ。
「すご! やるぅ、リル!!」
オリヴィアを背後に敷いたプリムが、称賛する。
そこからは俺たちが優位に進めながら、乱戦模様になっていった。
◆◇◆◇◆
次々と自分の雑兵たちが倒されていくのを見て、リンは焦ってはいなかった。
相手は元とはいえ、S級ハンター。しかも、Sランクの魔物をバンバン倒してきた本物の実力者だ。
その辺の街角にいる破落戸に毛が生えた程度では、勝てないことは最初からわかっている。
だが、無謀な闘争に応じたのは、ゼレットの挑発に乗ったからではない。
リンにはリンの目的があった。
そして彼は乱戦模様の戦いの最中、ゼレットたちの目をかいくぐりながら、着実に己が獲物に近づいていく。
ゼレットは全く気付いていない。
護衛の獣人娘も応援に夢中になってる様子だった。
(馬鹿め!!)
リンは地面に何かを叩きつける。
瞬間、煙が上がった。
◆◇◆◇◆
(煙玉??)
突然、視界が覆われたことに俺は反応が遅れる。
慌てて手で口を押さえたが、強烈なアルコール臭に一瞬目の前がクラクラした。
加えて、濃い煙のせいで音が籠もる。
(リルとプリムのが鼻と耳を奪ってきたか)
俺はすぐに煙の意味を理解した。
「リル! プリム!! 聞こえるか!! オリヴィアだ!! オリヴィアの護衛を優先しろ!!」
『けほっ! けほっ! 師匠!! 今なんて???』
濃い煙の向こうからプリムの声が聞こえる。
だが、向こうはこちらの声が聞こえていないらしい。
煙の被害を蒙っていたのはリルやプリムだけではないようだ。
あちこちからむせる男たちが悲鳴が聞こえてくる。
「ええい!! 仕方ないか!!」
ゴトッ!!
コートの下に長尺の【砲剣】が転がる。
俺は弾を込めて、レバーを引いた。
狙いは真下だ。
「巻き込まれたくなかったら、全員伏せろ!!」
叫ぶと、1拍おいて地面に向けて発砲した。
ドゥウ!!
胃を揺らすほどの轟音が地下に響く。
衝撃波は凄まじく天井からパラパラと小石が落ちてくるほどだった。
地下街の地面に想像以上の穴が空く。
しかし、甲斐あって煙を吹き飛ばすことができた。
俺は辺りを伺う。
未だアルコールの臭いで頭がボウッとした。
それでも、俺は2人の人物を探す。
1人はリンだ。だが、どれだけ目をこらしても、見当たらない。
同時に、もう1人の存在もいなくなっていた。
「オリヴィア! オリヴィア、どこだ!?」
気が付けば、あの荒くれ者たちも忽然と消えている。
自分が幻想と戦っていたのか――とそんな気分になって錯乱しそうになる。
「師匠、大丈夫?」
『バァウ!!』
プリムとリルが俺に駆け寄ってくる。
「クソ! なんてことだ。俺は俺は約束したんだ! あいつを守るって……!! それなのに……!!」
地面を叩く。
何度も何度もだ。
オリヴィアは戦闘能力が皆無。このまま連れ出され、逃げる術はない。
万が一のことがあれば、ギルドマスターにどう詫びればいい。
「師匠……。しっかりしてよ」
「うるさい! プリム! お前が、しっかり護衛していないから」
いや、悪いのは俺だ。
やはりオリヴィアは連れてくるべきではなかった。
「プリム……」
「な、なに? 師匠?」
「周囲を索敵しろ。誰か人影はいるか?」
「いないよ」
「そうか」
まあ、これぐらい芝居を打っておけばいいだろう。
「予定通りだよね。師匠」
「ああ。……お前たち、鼻は利いてるな」
「もちろんだよ。これぐらいで、僕とリルの鼻がおかしくなったりしない。ねー。リル」
『バァウ!』
頼もしい回答が返ってくる。
「よし。では、次の作戦に移るとしようか」
俺はニヤリと笑った。