第129話 元S級ハンター、裏社会の悪と対峙する
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気が付いた時には、俺たちの周りに人だかりができていた。
不穏な空気にオリヴィアは1歩下がるが、すでに退路は人相の悪そうな男たちに固められている。
こういうもめ事には慣れていないのか。
雰囲気を察した青空キッチンの若き料理人は、竈の火を消すと鍋と食材を入れた袋を持って、どこかへと消えてしまった。
パタパタと音を立て、示しを合わせたかのように窓や扉が閉まっていく。
「何なんですか、この人たち……」
オリヴィアは半泣きになりながら、俺に尋ねる。
「さあな。……少なくとも俺たちの食べっぷりに感銘を受けたというわけではなさそうだ」
俺は軽口を叩くが、割と状況は切迫していた。
あまり断定はしたくないが、俺たちの素性がバレたと思ってみていいだろう。
予想していなかったわけではない。何せここは敵地だからな。
「プリム、オリヴィアを守れ。リル、背中は任せたぞ」
「ガッテン承知だよ、師匠」
『ワァウ!』
プリムとリルが配置に就く。
互いに〝気〟と〝機〟を探る睨み合いが始まる。
すでに戦いの導火線に火は付いていた。
あとは、いつ爆発するかだ。
まあ、食後の運動としては悪くなさそうだな。
ゴトッ!!
コートの下から俺は【炮剣】を取り出す。
「来い!!」
挑発した瞬間、荒くれ者ども一斉に襲いかかってくるかと思われた。
やめろ!!
地下社会に響く声は、決して大きくはない。
暗く、かつ殺気を纏い、心臓を無闇に焦らせるような言霊を秘めていた。
事実、俺たちを囲んでいた荒くれどもの動きが止まる。
その光景は一瞬凍り付いたようであった。
「お前ら、誰の指示があって、そいつを襲っていいって言ったよ。オレはよ。連れてこいって言ったんだ。生きた状態でな」
人垣の向こうから、声と革靴を踏み鳴らす音だけが聞こえてくる。
声の感じから、若……くはない。
ただ年を取っているかといえば、そうでもない。
声に疲れのようなものがあって、そう聞こえるだろうか。
しかし、先ほどからまき散らしている殺気と、周囲の荒くれものの睾丸を縮こまらせていることもからも、ただ者ではないことは見て取れる。
やがて人垣が割れた。
目に入ったのは、耳だった。ピンと頭から立った馬耳は、傷だらけで実際片方には囓られたような痕がそのまま残っている。
尻からは柔らかい箒のようなもの揺れていた。
筋肉は隆々とし、胸板は厚い。
それでもマッチョというほどではなく、俊敏性を備えた良質の筋肉を蓄えている。
そして最大の特徴は、芦毛馬のようなグレイの髪である。
「芦毛馬族か……」
赤耳族のプリムと同じ獣人族の一種だ。
瞬発力も、馬力もある厄介な種族である。
その芦毛馬族は蔓のような細い目をこちらに向けた。
「お前がゼレット・ヴィンターだな」
早速、芦毛馬族は俺の名前を言い当てた。
さらに次々と仲間たちのことを言い当てる。
「その弟子プリム・ラベット、ギルドの受付嬢オリヴィア・ポックラン……。おっと、アイスドウルフのリルを忘れるところだった」
「イメージより随分と喋るな。俺たちのことは予習済みか。……リン・ソージュ」
突如現れた芦毛馬族に、ズバリいい当てる。
「お前こそ、予習済みか。オレがよくリン・ソージュだと思ったな」
「ほう。お前がやはりリン・ソージュか。当てずっぽうもたまに役に立つな」
「当てずっぽう……。つまりは勘か」
「まあ、そんなところだ。しかし、こんなに早く対面できるとはな。ダクアスから聞いている。ここの頭領だと」
「あまり調子に乗らない方がいいぞ、若造。今すぐお前ら全員、3枚に下ろすなんてオレにはチェスのコマを指先で弾くぐらい簡単なことなんだ」
そう言って、あっさり正体を明かしたリンは、仲間に合図を送る。
しばらくして荷台が運ばれていた。
その上には大きな木箱が置かれている。
リンは指を鳴らした。
仲間に木箱を解体させると、直後氷が飛び出してくる。
白く濁った氷は、人の熱気の濃い周囲の空気にあって一切溶けることなく固まっていた。
「うわ~。冷たそうな氷! 師匠、僕かき氷が食べたくなってきたぁ」
こんなにも空気が緊迫しているというのに、馬鹿弟子の能天気さは変わらない。
手で顔を覆って、他人の振りでも演じたいところだったが、俺は氷の中にあるものに気付いて、眉を動かした。
小さく息を呑む。
「ふふふ……。さすがは元S級ハンター、それなりの修羅場をくぐり抜けているだけはあるな」
リンは不敵というより、いやらしい笑みを浮かべる。
同じく氷の中身に気付いたオリヴィアは、ペタリと座り込んでしまった。
「そ、そんな……。ひ、ひどい…………」
口を覆う。
木箱から出てきた氷の一辺は、精々青年の男子の二の腕より少し長いぐらい大きさ。
骨壺の高さぐらいといえば、わかりやすいだろうか。
その氷の中に入っていたのは、人である。
ただ骨壺ぐらいの氷の中に、押し込まれていたというわけではない。
手足や胴、耳や鼻、指などがバラバラに刻まれ、まるでバズルのようになるべく四角形になるように氷の中に押し込まれていたのだ。
その気色悪い氷の塊を足蹴にしたのは、リンだった。
吸っていた煙草を落として、その火を氷に押し付ける。
「やめろ」
「あ?」
「そいつは、お前の仲間だろ?」
すぐわかったわけじゃない。
だが、このリンという男――ただ単純に自分の力を誇示するだけなら、もっと派手なパフォーマンスを披露できたはずだ。
そうしなかったのは、俺たちの戦意を削ぐためと周りを囲う仲間に対する見せしめの意味もあるのだろう。
「もしかして、ダクアス……さん…………ですか?」
オリヴィアは顔面蒼白になりながら、リンの足元に転がった氷を指差す。
「くははは……。いいねぇ。そうだよ、こいつが裏切り者の末路だ」
さらに木箱が現れる。
氷が滑り出てくると、同じく人の死体が詰まっていた。
おそらく港を守っていたヤツらの遺体だ。
戦意を削ぐというなら、十分な代物だろう。
と言っても、俺には通じず、後ろで控えてるリンの仲間たちが食らってるようだが……。
「随分と冷めた目で見てくれるじゃないか、元S級ハンター。お前たちのせいなんだぜ。こいつがお前らをここへ案内してなきゃ、ダクアスはこんなことにはならなかった。遅かれ早かれ、刑務所を出られたのによ」
「刑務所を出られた?」
「おっと……。これは失言だったな。今のは忘れてくれ。それよりもどうする正義の味方さんよ。大ピンチだぜ」
「大ピンチ? ……ならば、リン。口が利ける今のうちに大事なことを2つ聞いておこうか」
「大事なこと? なんだ、オレのスリーサイズでも聞きたいのか?」
リンは見事に割れた腹筋を見せつけ、笑った。
「お前はここの頭領だ。地下社会のことは隅から隅まで知っている。そう解釈して問題ないか?」
「隅から隅か……。そう言われると、自信はねぇなあ。ここの連中は頭が悪い。オレに隠れて何かしら悪さをしてる。まあ、その度にダクアスみたいに血祭りにしてやっているが、大抵のことは知っていると思っていい」
「なら、ここに魔族が買い付けにくることはあるか? 特に額の右側に角の生えた魔族だ」
ざわりと周りが騒然となる。
魔族と聞けば、そういう反応になるだろう。
だが、激しく怯えることはない。むしろ魔族など、一般人からすれば絵空事のような存在だからだ。
地下街が一瞬騒然となる中で、リンの反応だけは違った。
先ほどまでペラペラとよく喋っていた口は閉じ、氷像のように固まっている。
冬の青空のように濃い青の瞳は、俺を丹念に値踏みしてるような様子だった。
「ここに調達に来るヤツらは総じて訳ありだ。ベラベラと顧客の情報を話すがヤツがいるかよ」
やがてリンは答えた。
「いいだろう。次の質問は、お前に関する質問だ。リン・ソージュ、お前はこの状況を大ピンチと言ったが、これ以上の危機に遭遇したことはあるか? 例えば、周りの男たち以上の実力を持ったAランクの魔獣、さらに後ろにはSランクの魔物が控えている。そんな状況だ」
「はっ! なんだ、それ。そんな状況があるわけないだろ?」
「俺にはある。そして、俺はここにいて、生きている。これが大ピンチだと? 元ハンターを舐めるなよ」
山の中に入れば、これぐらいの危機など日常茶飯事だ……。