第126話 元S級ハンター、値踏みされる
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「ねぇねぇ、師匠」
舟はもうすぐ闇市の入口に入ろうかという時、唐突にプリムが俺に話しかけてきた。
「前から聞きたかったんだけどさ。師匠って、Sランク魔物にしか興味ないでしょ?」
「ん? ああ、まあな」
「だけど、なんでSランクの魔物の討伐でもないのに協力してるの?」
「それ、わたしも気になってました」
オリヴィアも俺の方に振り返る。
リルも気になるらしく、プリムと一緒にジッと俺を見つめた。
2人と1匹の視線を浴びつつ、俺はやれやれと首を振る。
(プリムのヤツめ。たまに鋭いところを突く……)
「俺の狙いは確かにSランクの魔物なのは確かだが、正確に言うと少しだけ違う」
「それは何ですか?」
「Sランクの魔物の影には必ず影が付きまとう。それはつまり魔族だ」
「ま、魔族……!」
素っ頓狂な声を上げたのは、オリヴィアだ。
「魔族って、確か昔勇者によって封印されたんじゃ」
「一部はな。だが、その一部が魔族再興を目指して暗躍している。俺の師匠だった人間も、その魔族に殺された」
「お師匠さんの復讐ですか?」
「まあ、そんなところだ。……そしてこれは師匠のやり残したことでもある。だから弟子の俺が引き継いで、ヤツらを探しているのさ」
「でも、Sランクの魔物と魔族がどう関係あるんですか?」
「魔族はSランクの魔物を増殖させる技術を目指している」
「Sランクの魔物を増殖させる技術……」
オリヴィアの顔から血の気が引いていく。
1匹でも天災級に危険な魔物を増やすのだ。
それを増殖させるとなると、未曾有の悲劇が起こることは目に見えている。
「1度、師匠はその研究を潰した。だが、未だに魔族はその技術を狙っているようだ。完成すれば、魔物が死んでいても、その肉片一つから再生して、増殖が可能になるらしい」
「肉片1つ……。ああ。だから、ゼレットさん協力的なんですね。闇市ならSランクの一部があるかもしれないから」
「まあな……」
「そろそろ到着だ。お喋りはそれぐらいにしておくんだな。……一応忠告しておいてやるが、陸の上の常識が闇市の中で通じると思うなよ。ここではな。命はみんな平等なんだ」
ダクアスは意味深な台詞を、怪談話でも聞かせるかのように吐き捨てる。
そして俺たちが乗った舟は絶壁にポカリと開いた穴の中へと進んでいった。
◆◇◆◇◆
舟は穴の中にあった古ぼけた桟橋に停まる。
「おいおい。ダクアスじゃねぇか」
如何にも筋ものといった男たちが、ダクアスに群がった。
【砲剣】を眉間に向けられても白状しなかったダクアスは、男たちに手荒い歓迎を受けて、ペコペコと頭を下げている。
(ここではダクアスほどの男でも下っ端ということか)
俺は様子を窺う。
「お前、どうした? なんか取引ミスって、衛兵にパクられたって聞いたが?」
「えへへへ……。誰ですか、そんなこと言ったの。デマですよ、デマ。この業界ではよくあることじゃないですか?」
ダクアスは脂汗を掻きながら、揉み手を動かす。
「んで? こいつらは?」
「実は、森で野垂れ死にそうになってた冒険者を助けましてね」
「冒険者……?」
ダクアスに向かって終始凄んでいた男は、俺たちの方を睨む。
ガタイが大きく、さらに筋肉もよく発達している。
訓練して身についたわけではない。常在戦場。おそらく環境が男の筋肉を鍛えさせたのだろう。
下町のさらに底辺の生まれか。
あるいは非合法賭場の拳闘士か。
ちなみに真剣を使って、人間同士を戦わせる拳闘士あるいは剣闘士は、国際法上において全世界で禁止されている。
「獣人に、なんだこりゃ? 見たことがない獣だな。まあ、いいか。へぇ?」
値踏みしながら歩く男の足が止まる。
目を細めたのは、オリヴィアだった。
「なかなか可愛いじゃねぇか。結構な上玉だ。年は?」
「じゅ、12」
「へぇ。その割にはあそこが育ってるじゃねぇか」
下品な表情を浮かべながら、オリヴィアの胸を見る。
舌舐めずりをしながら、怯える彼女の表情に迫った。
俺の所からは見えないが、肩が震えているのが見える。
(今は耐えてくれ、オリヴィア)
「しかしだ。やっぱ俺の好みはこっちだな」
男は横にずれて、俺の前にやってくる。
「げへへへ。なかなか締まった良い身体だ。あそこもきっとよく締まってるだろうぜ。ぐへへへ」
男は臭気を吐き出しながら、俺の方を見て笑う。
全く聞くに堪えんな。
人の趣味をどうこう言うつもりはないが、相手も同じだと勝手に思わんでほしい。
「おい。ダクアス、オレに検査させろよ」
「ダメですって。まずはリンの兄貴にお伺いを立てないと……」
リンの兄貴?
ダクアスの上司ってところか。初めて聞く名前だ。
ヤツめ、まだ俺たちに隠していることがあるな。
「いいじゃねぇかよ。一発ぐらいやったって、リンの兄貴の粗〇ンじゃわからねぇって」
「しー! しー! ちょっとそういう危ない話はここでは止めましょうって。誰が聞いているかわかりませんよ」
「チッ! しゃーねーな」
男はついに諦めたらしい。
「好みの顔してんだよなあ、お前。まあ、服のセンスはだっせぇけどな」
「それは言える」
「おいらもそれは思ってた」
「なんだよ。その黒コート」
「見ろよ。指のところが開いてるぜ」
「ゲハハハハ!」
男たちは俺のコートと手袋を指差し、口々に笑った。
我慢だ、我慢。これは潜入捜査だぞ、ゼレット・ヴィンター。
オリヴィアが耐えたのだ。
あいつを守ると言った俺が、我慢できなくてどうする。
たかが、服のセンスを笑われたぐらいで……。
ドンッ!
気が付いた時には、俺は短い【砲剣】で男を吹き飛ばしていた。
麻痺弾は、見事発動し、男の意識をあっさり奪う。
「あ……! てめぇ、何をしやがる!!」
別の男が壁に掛かっていた武器を握ろうとする。
「リル! プリム!!」
「あい!」
「わぁう!!」
俺が指示すると、二人は一斉に残りの悪漢たちを抑える。
あっという間に、桟橋付近にいた馬鹿どもは制圧されてしまった。
「リル……。他に人の気配は?」
尋ねると、リルは首を振る。
少なくとも近くにはいないようだ。
「お、お前たち! 何をやってんだよ」
「俺のセンスを馬鹿にした。ただそれだけだ」
「ただそれだけって……。お前、これ潜入任務ってわかってんのかよ」
ガックリと項垂れるダクアスは放っておき、俺はオリヴィアの様子を見る。
さすがに堪えたのか。オリヴィアは先ほどから1歩も動こうとしない。
普段、荒くれ者相手に接客することもあるとはいえ、場所が場所だ。
恐怖で震えが収まらないのも無理はない。
まだまだちっこいしな。
「オリヴィア、落ち着け。心配するな。俺が――――」
「な………………」
「ん? 今、なんて言った?」
「納得できません!!」
俺は耳を澄ますと、オリヴィアの大きな声が鼓膜を揺らした。
「なんでみんな、わたしが12歳だと聞くと妙に納得するのですか? わたし、今年で25歳ですよ! 何度も言いますけど!! なのにどうして……。わたしがちっこいからですか? 背丈がないからですか~」
ついには泣き出してしまった。
なるほど。怖がっていたのではない。怒っていたのか。
「まあ、仕方ないな。オリヴィアのその背丈はどう見ても子ど――」
「もう! ちっちゃくありません!!」
オリヴィアは頬を膨らませながら、カウンター気味に俺の顔面を殴るのだった。







