第124話 元S級ハンター、恫喝する。
「吐いてもらうぞ」
俺の言葉は、男に眉間につけた砲口よりも冷たい。
人間ではなく、ケダモノを見るように男を見下げると、銃把に指をかけた。
「ま、待ってくれ!」
細身の男は慌てて手を上げる。
顔から血の気が引き、額には脂汗が滲んでいる。
唇は微かに震えていた。
「こ、降参だ」
「なら、知ってることは喋るんだな」
眉間に砲口を押し込む。
ヒッ! と鋭い悲鳴を上げながら、男は言った。
「お、おれたちは末端の人間だ。指定された時間に来て、置かれている馬車に乗り込み、取引先を回る。それだけなんだよぉ!!」
「受け子か……」
「なんだよ。末端の人間かよ」
面白くなさそうにヴィッキーは床を蹴る。
だが、俺は【砲剣】を収めなかった。
「それだけか?」
「そ、それだけだ」
「嘘だな」
俺は銃把にかける指に力をかける。
細身の男は「ひっ!」と目を瞑ったが、それ以上何も喋らなかった。
「なあ、ゼレット。これ以上は時間の無駄じゃね? こいつから情報は引き出せないって」
「考えてみろ、ヴィッキー。こいつは俺たちが騙すために一芝居を打ち、A級の賞金稼ぎを殺せるほどの手練れを用意した。伝声石の内容を読み取るのも、料理ギルドにスパイを送り込んだのも、口ぶりからしてこいつだった。違うか?」
「まあ、確かに」
「そんな大がかりな用意ができる奴が、末端の人間なわけがない。少なくともその上長。こいつが言った組織の幹部の1人である可能性は高い」
「なるほど」
ヴィッキーはポンと手を打つ。
すると、末端だという男はぶるぶると首を振った。
「そ、そんなわけねぇ。おれは末端の人間だ。信じてくれよ」
「どうかな?」
さらに俺は砲口を押し込む。
男はまたも目を瞑るが、砲口から弾丸が発射されることはない。
ついには男は笑い出した。
「お前さ。さっきからそうやっておれを脅しちゃいるが、内心ではビビってるンじゃね?」
「え? そうなの、ゼレット」
ヴィッキー、お前は黙ってろ。
「魔物は撃ち殺せても、人間は殺したことねぇんだろ? なあ、きゃはははは!!」
身体を曲げて、下品に吹き出す。
「そりゃそうだよなあ。だって、おれを殺してしまったら、もしかしたら貴重な情報源がなくなるかもしれない。それによ。おれみたいな善良とはいえないが、小悪党を撃ち殺していいのか?」
「黙れ……」
「お前、子どもがいるんだよな。殺人犯に抱かれる子どもの姿を想像してみろよ……。罪悪感なしに、子どもの顔を直視できるか?」
「黙れ、と言っている!!」
ドゥッッッッッッッッ!!
ついに【砲剣】が火を噴いた。
まるで落雷が落ちたような音が、離れ教会に響く。
硝煙の臭いが鼻を突き、薄く煙が空間の中で円を描くように靡いていた。
続いて落ちてきたのは、木片だ。
上を見ると、屋根に穴が開き、分厚い夏雲が通過しようとしていた。
「は、はははははは……」
狂ったように笑い出したのは、細身の男だった。
ずれた眼鏡を戻し、卑しくねじ曲がった瞳で俺を睨む。
唾を飛ばしながら、俺を指差した。
「ほーらな! くはははは! お前に俺は殺せねぇよ。ククク……。ビビって損したぜ。元S級ハンターって言っても、その程度だよな。その魔剣で俺を脅すのが精一杯だ」
「ゼレット! 早いところ、こいつ縛っちまおうぜ。あんたじゃなくても、あたしがぶっ殺しちまいそうだ」
ヴィッキーは猛る。
そんな彼女を挑発するように、男は両手を差し出した。
「おおう! やってみてくれよ!! お縄上等だ。だがな。さっきもいったがおれたちの組織は、国だって動かせる。おれを無罪放免にして釈放することだって、やろうと思えばやれるんだぜ」
「な、なんだって! そんなこと――――」
「ほう……。ということは、お前。やはり末端の人間じゃないな?」
「なに?」
「つまり、お前が何かした時、お前の所属している組織は国を動かしてまで無罪放免にして助けようというぐらいには、お前は重要な人物ということだ。もっと言えば、そういう情報を持っているということにもなる」
「は、はん! だから、どうしたってんだよ!! もうお前の脅しは通じねぇぞ」
「そのようだな……。だが、別の奴ならどうかな?」
「あん?」
細身の男は首を傾げる。
その時だった。
急速に何かこの離れ教会に近づいてくる気配を感じる。
それは鋭い音を上げながら、昼前の空を突っ切り、俺たちの直上に現れた。
ドシャンンンンンンンン!!
盛大な音を立てて、何かが落ちてくる。
それは離れ教会の屋根を完全に吹き飛ばし、大の字に寝転ぶよう床に激突した。
衝撃は凄まじく、教会の備品はすべて吹き飛び、大きな翼と特徴的な三つ首が壁からはみ出し、壁の一部を貫くような形になっている。
俺とヴィッキー、さらにリルとプリムは反射的に外に出て退避し、事なきを得る。
細身の男は全く反応できず、逃げ遅れたが、幸運にも下敷きにならず生きていた。
ホッと息を吐いたのもつかの間、男の横にあったの大きな飛竜の腹であった。
「ま、まさか――――。み、三つ首ワイバーン。ほ、ほほほ本物ぉおぉおお!」
細身の男は絶叫する。
だが、恐怖はこれで終わりではなかった。
まだ三つ首ワイバーンの目が開いたのだ。
「急所は外しておいた。それでもだいぶ弱っているはずだ」
三つ首ワイバーンは顔を振り、翼をはためかせ立ち上がる。
そして細身の男を一睨みした後、獣臭を浴びせるように口を開けた。
ゴフッと鼻息を荒くする。その目がカッと赤く光らせる。
「お前、敵と認識したようだな」
魔物の前で、大声を上げるからだ。
「ぜ、ゼレット・ヴィンター! 何をしている! こいつを、コイツを倒せ」
「必要ない。依頼も受けてないしな。それにそいつはAランクだ。俺は基本的にSランク以外に興味がない」
「ふ、ふざけるなあ!! おれが殺されても――――」
「構わないんじゃないか? お前は魔物に殺された。俺は何も手を出していない」
「そ、そんなああ!!」
「魔物の排泄物になりたくなかったら、情報を寄越せ」
「ぐっ!」
俺は催促するが、男はなかなか応じない。
見所のある奴だ。よほどバックの人間が大物なのだろう。
だが、魔物に殺されるのは時間の問題だった。
シャッ! と奇声を上げながら、三つ首ワイバーンは細身の男を威嚇する。
【砲剣】の銃口よりも、剥き出しの野生の方が恐ろしいものだ。
「わかった! わかったあああああああああ!! おれの負けだ! なんでも話すだから、命までは取らないでくれぇぇぇぇええええええ!」
ついに細身の男は折れるのであった。