第122話 元S級ハンター、虎穴に入る
☆☆☆☆ 本日コミックス発売 ☆☆☆☆
おかげさまで『魔物を駆るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する』の初のコミックスが、
本日発売されました。
ニコニコ漫画などで掲載した1~5話までを収録。
おまけページなどもたくさんありますよ。
書店にお立ち寄りの際には、是非お買い上げください。
湯煙のような濃い朝霧が、街を覆っていた。
まだ朝日もおぼろな時間。
大通りから1つ外れた路地を幌付きの馬車が、細い裏路地の角に隠れた俺たちの前を通りぬけていく。
1ブロック抜けた先で、馬が嘶きを上げると、車輪の音が止まった。
馬車が停車したのは、『たちまちステーキ』の裏口だ。
御者台から2人、幌の中から2人の男たちが出てくる。
「4人か。食材を運ぶ仲買人と従業員だとしても、随分多いな」
俺は単眼の遠眼鏡を覗き込みながら、様子を探る。
うち2人は随分と屈強で物々しい男たちばかりだ。
はっきり言うが、カタギには見えない。
海賊か野盗でもやってると言った方が、かなり説得力がある風貌だ。
男たちは手分けしながら、荷台の荷物を店の中に運び入れていた。
「リル、プリム、ど――――」
荷物の中身について聞こうとしたが、すでに壁の端から顔を出した相棒と弟子の口からは涎が垂れていた。
「師匠、僕――お肉食いたい!」
『ワァウ!』
隠密行動中だというのに、弟子は元気いっぱいに答える。
リルに関して言えば、舌を出して「はあはあ」と息を荒くしていた。
プリムはともかく、リルってこんなに食いしん坊だっただろうか。
もしかして成長期? これ以上、食費がかさむのはちょっと……。
辟易しながら、俺は伝声石を掴む。
「ゼレットだ。荷物を確認した。そっちは頼む。俺は業者の後を追う」
『了~解! 気を付けてね~、ゼレットくぅん』
気持ち悪い応答が返ってくる。
実はすでに『たちまちステーキ』の周囲は、料理ギルドとアストワリ公爵家経由で協力してもらっている衛兵で溢れ返っていた。
『たちまちステーキ』が提供しているハンバーグに三つ首ワイバーンではない、魔物肉が使われていることがわかったことで、俺たちは店を徹底的に調べた。
結果、3日に1度、早朝魔物肉だけ卸す業者がいることが、内部調査からわかった。
今日がその日というわけだ。
情報通り、業者がやってくる。それも怪しさ満載な風貌なヤツらがである。
人を見た目で判断するのは愚策かもしれないが、世の中割と見た目で決まる。
業者は俺たちが追跡し、その業者が去った後に運び込まれた肉の真偽を確かめるため、ギルマス以下衛兵隊が店に突入する手はずになっていた。
そこで未登録の魔物肉が確認でき次第、俺たちが馬車を抑える作戦だ。
仕事を終えて、馬車は再び動き出す。
結構時間がかかったため、朝日が出てきて、朝霧が薄くなってきた。
俺はフードを被り、襟を立てる。
「面倒だが、屋根伝いに追跡するぞ。街を出てからは、用意した馬車で追いかける。いいな」
プリムとリルは素直に頷く。
俺はリルの背に跨がると、一気に屋根へとジャンプする。
その後をプリムが軽々と追いかけてきた。
建物の屋根伝いに、俺たちは馬車を追いかける。
予想していたが、馬車は街を出て行った。
その後は、行商人を装いつつ、一定距離を保ちながら馬車を追う。
リルとプリムがいるため、少し距離を離しても匂いで追跡可能だ。
業者の馬車は東に向かっていた。
「海の方か……」
街道沿いに東に行くと、海岸に出る。
前に俺たちがリヴァイアサンの卵を取ったところだ。
しばらくして伝声石がかかってくる。
『ゼレットくぅん、例のお肉を抑えたわ。馬車の方も抑えてちょ――――』
ギルマスの連絡が突然途切れる。
恐らく伝声石の有効範囲から外れたのだろう。
俺は別の伝声石を取り出す。
魔力を込めた後、話はせずに指で石を叩いた。
儀式めいたことを終わらせると、馬に鞭を入れる。
そのまま距離を詰めるが、ちょうど業者の馬車は森へと入っていった。
森の中には建物がぽつんと存在していた。
「離れ教会か……」
街道近くに立てられている無人の教会だ。
旅人や行商人の神コーズンを崇めるコーズン教が昔、旅の祈願と旅人の避難先として、寄付を使い全国の街道沿いに建てたものだ。
建てられてからは特に補修することなく使われている。
街から離れぽつんとあって、誰も手入れをしないからほぼ荒ら屋だ。
多少雨風はしのげるだろうが、お泊まりをあまりオススメしない。
野盗などのアジトなどに使われていることが多いからだ。
見つけた離れ教会は、随分と新しく、結構大きい。
幌付きの馬車が、すっぽり入口に飲み込まれ、大きな木の門の中に隠れてしまった。
『わぁう……』
馬車を捨て、離れ教会に忍び足で近づくと、心配そうにリルが俺の方を見つめた。
どうやら相棒も察したらしい。
「罠臭いな」
「ん? 何か匂うの? 美味しい匂い? お肉の匂い?」
「お前は黙ってろ」
俺は短い【砲剣】を出して、プリムを黙らせる。
弟子は「あいー」と返事して、茂みに顔を伏せた。
「プリム、人の匂いは何人だ?」
「4人だよ」
どうやら教会の中で、団体様が待ち構えているというわけでもなさそうだな。
頭数ではこっちが不利だが、戦力はこっちが上だ。
リルとプリムが相手するだけで、お釣りが来るだろう。
「リルは裏口に回れ、俺とプリムは正面だ」
「らじゃ!」
『わぁう!』
手慣れた動きで、俺たちは離れ教会に近づく。
マンハントといえど、ハントと名がつくなら、俺たちは最強だ。
人間よりも、魔物の方がよっぽどを狡猾といえる。
恐らくここは中継地だろう。荷物をここに置いて、また別の奴が馬車を取りに来る――と言ったところか。
となると相手は末端だ。
情報の濃さには期待できないが、今はそれを探るしかない。
拷問は趣味じゃないが、精々情報を提供してもらおう。
バンと扉を開けて、プリムと共に一気に踏み込んだ。
その瞬間、2つの赤い炎弾が俺たちに向かって飛んできた。
「『魔法か!」
俺が言葉を発した時には、すでに魔法弾を【砲剣】から放っていた。
見事、2つの炎弾を撃ち落とす。
お返しとばかりに俺は1人の肩を射貫くと、悲鳴を上げて床に倒れた。
もう1つの炎弾を撃った方が再び魔力増幅器を構えたが、その前に裏からやって来たリルに吹き飛ばされる。
「ありゃ~。僕の出番ない」
「いや、そうでもないぞ。……まだいるんだろ? 隠れてないで出て来い」
物欲しそうにしているプリムの前に出て、俺は離れ教会に響き渡る声で警告した。
すると、細身の男と、正対するような大柄の男が現れる。
先ほどの御者役と幌の中に乗っていた野盗みたいな風貌した男である。
「さすがはゼレット・ヴィンター。やりますね」
「俺の名前を――――」
無意識に眉宇を動いていた。
俺の表情の変化を読み取ってか。細身の男はくいっと眼鏡をつり上げ、口元に余裕を見せつける。
くくく、低く笑ったのは、その後ろに控える大柄な男だ。
「何がおかしい……?」
「まだ気付かないのですか、ゼレット・ヴィンター。これが罠であることを」
細身の男が答える。
俺は口を結び、男たちを睨め付け反論する。
「そんなの百も承知だ。だが、お前たちの不意打ちなんぞ正面からでも受けて立つぐらいには、俺の弟子も相棒も鍛えているんでな」
「そうだ。そうだ。よくわかんないけど、褒められたから嬉しいぞ、僕は」
『わぁう! わぁう!』
いいからお前たちは黙っててくれる。特にプリム。
すると、細身の男は声を出さずに肩だけを震わせた。
「いーや。あなたは何もわかっていない。……少しは考えませんか? あなたたちはここ最近、ずっと我々のことを、特に『たちまちステーキ』のことを調べていたスパイを寄越したりしてね。……でも、そういうことは自分たちしか考えないと本気で思っていたんですか?」
「まさか……」
「そうです。我々もあなたの動向を逐一調べておりました。ゼレット・ヴィンターそして、料理ギルドの動きも。そして、今日『たちまちステーキ』に強制捜査が入ることもね。あなたたちの伝声石での会話も聞かせてもらいました」
細身の男は身体を折り、クツクツと笑う。
眼鏡越しに殺意を滲ませながら、こう言った。
「ククク……。特別に教えて差し上げましょう。おそらく今頃、店は――――」
大爆発を起こしてるでしょうね……。