第120話 元S級ハンター、家族サービスをする
☆☆ 本日書籍2巻発売 ☆☆
本日、書籍版2巻が発売いたしました。
全編書き下ろしに加えて、Web版未収録だった『星屑ミルク』を使ったメニューが出てきます。
ゼレットとパメラの馴れ初めまで収録しておりますので、
是非お買い上げ下さいm(_ _)m
俺ぐらいのハンターになると、休息も仕事のうちだ。
そして一児のパパとなった俺にとって、家族サービスは家の大黒柱にとって重要な任務でもある。
久しぶりに俺は、パメラ、シエル――家族水入らずで買い物をしていた。
食いしん坊のリルとプリムは、『エストローナ』で留守番だ。しかし、この時の俺は激しく弟子と相棒を残してきたのを後悔していた。
「あ! おじさん、この白菜ももらえる?」
「へい! 毎度! ありがとね、パメラちゃん。じゃあ、椎茸もおまけしておくよ」
「きゃああああ! ありがとう、おじさん。大好きよ!」
「なはははは! パメラちゃんのためなら、椎茸の1ロキや2ロキ(1ロキ=1㎏)」
パメラと青果店の親父が、同時に高笑いしていた。
そして大八車に追加されていく食材……。
すでにそこにはたんまりと食材が盛られている。皆、エストローナで使われるものだ。
「ちょっ! パメラ!! お前、一体どれだけ食材を買うんだよ」
いくらうちに大食らいが1人と1匹いるからって、これは買いすぎなんじゃないか?
「ゼレット、うちが宿屋ってことを忘れてない? そしてお客さんのために朝食を作ってることもね」
「し、しかし、この量はあまりに暴力的すぎるだろう」
俺は大八車に堆く積まれた食材を見上げた。
自分がこれを街の中で引いてきたと思うとゾッとする。これではまるで市中を引き回されている罪人みたいだ。
「旦那が山に下見に行くって言って、何日も帰ってこなかったから、エストローナの食材が切れちゃったのよ」
「ぐっ!」
くそ! ぐぅの音も出ない。
「だ、だが、せめて引くのを手伝ってくれ」
「元S級ハンター様あろうお方が情けないわねぇ」
すると、パメラが取った行動といえば、大八車の後ろに回り込んで押す――ではなく、側に立っていたシエルを持ち上げることだった。
「シエル、パパが大変だって。応援して上げて」
「わかった」
パパ、がんばって!
「うん。……パパ、がんばる」
天使のような笑顔を見た俺は、涙を流しながら即オチした。
そうだ。この中には、宿屋の客や食いしん坊どもの食材だけじゃない。
シエルがビューティフルガールになるための重要な食材が入っているのだ。
なのに……。俺はなんと浅ましいのだ……。
俺は再び取っ手を握り、食材が積まれた大八車を引き始めた。
しかし、数歩あるかぬうちに前を歩いていたパメラの足が止まる。
俺も漂ってきた香ばしい匂いに、鼻腔が反応した。
その香りのもとを辿ると、1軒のお店に視線が止まる。
看板には「たちまちステーキ」と書かれている。
「へー。こんなところにもステーキハウスができたんだ」
「ステーキハウス?」
「最近、鉄板で焼いた肉をリーズナブルな値段で食べさせてくるお店のことよ。お肉の種類は色々ね。牛が多いけど、最近じゃあ魔物肉を卸しているところもあるわ」
ほう……。魔物肉か。
こんな平民が入れるような店にまで浸透してきてるとは。
3年前なら考えられないな。
「まーま、ごはん! ステーキたべたい!」
シエルがねだる。
「うーん。シエルにまだステーキは早いけど、ハンバーグならあるかもね」
「おー♪ ハンバーグ! ハンバーグ、たべちゃい!」
シエルの瞳がキラキラと輝く。
親の俺が言うのもなんだが、ご飯を見つけた時の馬鹿弟子と反応がそっくりだ。
まあ、気のせいだと思うけどな。
「お昼、ここにする? ゼレット?」
「ああ。そうしてもらえると助かる」
やっと休憩できるしな。
「たちまちステーキ」はなかなか盛況のようだ。
俺たちが中に入った時には全席が埋まっていて、入口で客が待機している状態だった。
昼時とは、比較的小さな街のお店がここまで盛況なのも珍しい。
中の雰囲気は悪くない。貴族が入るような高級な店とは違うが、空気感を感じる。店員の愛想もよく、元気な声が飛び交っている。
しばらくしてようやく家族と一緒に腰掛けると、メニュー表を捲る。
牛、豚、鶏、魚――様々な肉が並ぶ中で、やはり目を引くのは、魔物の肉を使ったステーキやハンバーグだ。
特に看板商品になっているのは、三つ首ワイバーンの首肉を使ったステーキらしい。
俺は首を傾げた。
「三つ首ワイバーンの肉??」
これ、本当か?
確かに1頭当たりから取れる量は多いが、それでもお店の看板商品にしてバンバン売り出すほどの肉の確保は難しい。
それも1週間で1日しか開店しないような店ならともかく、ほぼ毎日開いてるような店で安定的に魔物食材を仕入れるのは難しいんじゃないか?
レアスキルによる【増殖】や【拡大】など使えば、実現はできそうだが、そのためのコストは馬鹿にならないのに、どの肉もリーズナブルだ。
3年の間に、何か技術革新めいたことでもあったのだろうか。
「じゃあ、私は三つ首ワイバーンのステーキにしましょう。うちでは何度か食べてるけど、久しぶりに食べたいし。今後の料理の参考にもしたいしね」
「シエル、ハンバーグたべたい!」
「じゃあ、それで。ゼレットはどうする?」
「じゃあ、俺も三つ首ワイバーンのステーキにするか」
真偽はさておき確かめてみる必要があるだろう。
店員に注文し、しばらくした後、それはやってきた。
「お待たせしました。三つ首ワイバーンのハンバーグの方」
「あい!!」
シエルが元気よく手を上げると、店員はニコリと笑って、目の前に置いた。
熱々の鉄板が付いた皿の上で、ハンバーグがジュウジュウと音を奏でている。
ぬらりと肉汁が光っていて、すでにおいしそうだった。
俺とパメラの前にステーキが置かれると、店員は頭を下げて戻っていった。
俺はナイフとフォークを持ち、三つ首ワイバーンのステーキの前で構える。
見た目は三つ首ワイバーンのステーキと同じだ。
ちょうどいいぐらいのミディアムレアに、店独自のソースが掛かっている。
そのソースが鉄板に触れると、ジュッと鋭い音を立てて、芳醇な香りを俺の前で突き立てていた。
こうして改めて見ると、普通の肉にしか見えない。
ならば確かめるには、食べるしかなかった。
俺はいざ実食と構えた時、声がかかる。
「パパ……」
突然聞こえたシエルの声にゾッとした。
その声音には、どこか戸惑ったような、いやむしろもう泣いているような響きすらあったからだ。
顔を上げると、シエルは本当に泣きそうな顔で俺を見つめていた。
「これ――――」
三つ首ワイバーンじゃないよ?