第117話 元S級ハンター、宴会になごむ
☆☆ コミカライズ更新 ☆☆
奥村浅葱先生が描くコミカライズが、コミックノヴォにて更新されました。
当初、本日は休載日の予定だったのですが、
奥村先生が素敵なクリスマスネタを描いていただいております。
是非チェックして下さい。メリークリスマス!!
白菜の白、椎茸の茶、葱の緑……。
色とりどりの野菜と一緒に入っていたのは、先ほどの白子とドラゴンキメラの肉である。
鍋の汁を啜って、白というよりは飴色に染まりつつあった。
ここまで持ってきた取り皿に少し汁を入れる。
汁にもドラゴンキメラの骨の出汁を使ったという。
顔を近づけると、濃厚な香りが鼻腔を衝いた。
俺が手を伸ばしたのは、ドラゴンキメラの肉だ。
先ほどパスタでは、端役になっていた肉だが、今回は分厚く切られ、如何にも主役然としている。
パスタにてクリーム状になされた白子のインパクトが強かったが、果たして鍋ではどうだろうか。
箸でしっかりと挟み、肉厚のドラゴンキメラの肉を頬張る。
「うまい!!」
歯応えは、鶏肉? それとも回遊魚のハラミか?
弾力があって、舌の上に乗せた後の肉の感触もいい。
潰れた瞬間、味噌ベースの汁とともに旨みが広がる。
舌にピリッと来たのは、辛みだ。
そう。ドラゴンキメラは少し辛いのだ。
「これはガルーダの肉の味でしょうか?」
一緒に食べたオリヴィアも一口囓った肉を真剣に見つめている。
「おそらくだけど~、これはガルーダの味の特性ね~」
ギルドマスターは説明した。
「ガルーダの味の肉は、少し辛いことが確認されてるわ。それと黒鎧竜の肉の旨みとあわさったのねぇ」
「それを言うなら、この肉の歯応えもそうですね」
話に混じってきたのは、ラフィナだった。
澄ましているように見えて、お腹が空いていたのだろう。
粛々と鍋を突いている。
「この弾力……。鶏肉でしょうか?」
「そうねぇ。黒鎧竜ならも~うちょっと淡白だったかもしれないしぃ」
「ということは、この肉の美味しさはガルーダと黒鎧竜が掛け合わさったことで生まれた味と食感ということですね」
オリヴィアが締める。
だが、俺としてはそれだけではない。
味噌ベースの汁も一役買っている。
汁の基礎となるドラゴンキメラの骨や内臓がもたらす、奥深い味が肉の味をより引き立てていた。
その証拠に汁をたっぷり吸った野菜がうまい。
椎茸を食んだ瞬間、白菜を噛んだ瞬間、しめじが舌の上を転がる瞬間――。
その所々に現れる味がどれも素晴らしい。
そしてトドメは、ドラゴンキメラの白子だ。
つるんと口元に入ってくる滑らかな舌ざわり。
歯に力を入れた時に感じる食感は食べたというよりは、やはり消えるに近い。
そこに強い旨味と味噌の塩気を以て、怒濤の如く口の中に広がっていく。
「うまい……」
しみじみと声を上げる。
シリルもドラゴンキメラの白子に挑戦。
おかしな食感に目を丸くして驚いていたが、概ね気に入ったようだ。
一緒にパメラも食べたが、ドラゴンキメラの肉に夢中になっていた。
そして鍋と言えば、締めである。
パメラが選んだのは、エルフの里が誇る銀米で作る雑炊だ。
残った鍋の汁にはたくさんの味がすでに入っている。
基礎の出汁に、味噌、酒、野菜の甘み、肉の旨み。
その汁に銀米を入れて炊き、たっぷりと味を吸わせる。
銀米がとろみがかってきたところで、パメラは卵を取り出した。
卵は鶏卵よりも一回り大きい。
「あれ? パメラさん、その卵は?」
オリヴィアが尋ねると、パメラは手を止めた。
マジマジと卵を見つめた後、こう話す。
「ギルドからもらった食材の中に紛れていたんだけど」
「え? そんな卵、聞いてないわよぉ」
ギルドマスターが首を捻る。
「そうなの? 私、もしかしてドラゴンキメラの卵だと思っていたんだけど」
「違います。そもそもドラゴンキメラは雄ですし」
「いや、そうとも限らないぞ」
俺が口を挟む。
「キメラとして生まれてきた魔獣は、総じて性別が安定しないという風に聞いたことがある。ドラゴンキメラには、精巣と一緒に卵巣もあるのかもしれない」
「な~るほど。さすがの推理ね、ゼレットくぅん。自然界でも両性具有なんて珍しいことじゃないしね~。食材の中に紛れていてもおかしくないわ~」
ギルドマスターが妙に深く頷いていた。
「ね、念のため【鑑定】します」
「じゃあ、一口目はあたしがいただこうかしらん」
昔、王宮で味見役をしていたギルドマスターから鍋を突く。
食べられるか否か、わかるというわけだ。
まずはオリヴィアがスキル【鑑定】を使う。
何気にやっているが、【鑑定】もレアスキルだったりする。
本人の真贋や経験なしに、神の知識とアクセスすることができるんだからな。
「間違いありません。これはドラゴンキメラの卵ですね」
軽く歓声が上がった。
雄だと思っていたドラゴンキメラに、子どもを生む能力まであったとはな。
「じゃあ、卵を落とすわよ」
パメラは器に卵を落とす。
大きく濃い色の黄味。
白味が鶏卵よりも濃いのは、竜種である黒鎧竜の特徴だ。
リヴァイアサンの時も似たような色をしていた。
キメラだけあって、本当に色々なものが交じりあっている。
器の中で卵を溶き、鍋に投入する。
指折り10秒を3回、シエルと数えた後に蓋を開いた。
魔神が出現したみたいに、白い湯気が空へと上っていく。
ドラゴンキメラの雑炊のできあがりよ。
可愛い鍋掴みをして、皆が集まるテーブルへと持ってくる。
とろとろの卵と、味噌ベースのお汁を見て、パメラは自ら唸った。
「おいしそう!!」
早速、みんなで手を付ける。
シエルの分もよそった。こちらは冷めるまで待機だ。
とはいえ、大人の俺でも慎重に食べなければ、舌を火傷をしてしまう。
しばらく待った後、最初の一口はギルドマスターに託された。
芳醇な香りを嗅いだ後、ギルドマスターは一口、二口と食べる。
顔が真っ青になることも、いきなり卒倒することもない。
むしろ逆──その表情は少々気持ち悪いぐらいに多幸感に満ち溢れていた。
我慢できず、ギルドマスターは叫ぶ。
「うまい!!」
空気が震えたような気がした。
カッと瞼を開いたギルドマスターは、そのまま立ち尽くす。
息はある。ただ感動しているだけのようだ。
2分、4分と待ってみるが、ギルドマスターに何ら変化はない。
東の方を見て、ずっと固まっている。
そういう反応を見せられては、周りも黙っていない。
俺も、パメラも、ラフィナも、オリヴィアも、プリムも、リルも、シエルも追随した。
「おおおおお!!」
「おいし!」
「はうぅううううぅぅ……!」
「おいしいですぅ!」
「うま~~い!!」
『わぁう!!』
十人十色の反応を見せる。
だが、その味に異を唱えるものはいなかった。
濃厚でトロトロのまだ半熟にすらなっていない卵と、味噌ベースの汁がよくあっている。いや、その混ざり具合は背徳的な感じすら漂う。
口の中に入れた瞬間、強いコクが広がり、幸せが満ち満ちていくのがわかった。
その汁と卵の甘みが絡んだ銀米はさすがだ。
思わず膝を叩きたくなるほどうまい。
銀米のとろみと、汁の中にある複雑な味が合わさり、舌をもみほぐすように程よい刺激を与えてくれる。
「おいしい!」
シエルが一際大きな声を上げた。
みんなが声を上げるから、自分も対抗したのだろう。
でも、シエルが夢中になっていたのは、ドラゴンキメラの雑炊だ。
口の横には一粒の銀米が付いていた。
俺はそれを丁寧に取ってやる。
「おいしかったか、シエル?」
「うん! おいしかった! パパ、また狩ってきてね」
それはなかなか手強いリクエストだ。
でも、折角の愛娘の要求である。答えてやらねばならないだろう。
「ふふふ……。シエルちゃんの舌がどんどん肥えていきますわね」
ラフィナが微笑む。
「ホントよ。これからの食費が怖いわ。ゼレット、早く次の獲物を取ってきて」
「気安く言うな!」
「パパ、シエルいっぱい食べたい!」
「よし! パパ、頑張る!!」
「ちょ! いきなり【砲剣】を出すな。あと、鼻血を拭きなさい」
「あはははははは!!」
オリヴィアが腹を抱えて笑う。
俺は止血剤を鼻に突っ込むが、ラフィナまで笑い出した。
楽しい鍋の時間が続く。家族と一緒に食べるのもいいが、こうやって見知った人間たちと一緒に鍋を付くのも、乙なものだ。
ドラゴンキメラもうまかったが、いつの間にか俺はこの空間そのものを楽しんでいることに気付いた。
我ながら、変わったものだ。
ハンターギルドにいた時、飲み会はあっても心の底から笑ったことはなかったのに。あの頃は、Sランクの魔物を撃つことだけが慰みだった。
「しかし、同じ個体の精巣と卵を食べるなんてキメラ料理の醍醐味ねぇ~。これは親子丼ならぬ、童○丼ねぇ」
「おい! こら! 子どものいる前で、いきなり下ネタを言うな!!」
「じゃあ、しょ――――」
スパン、とどこかで取り出したハリセンで、ギルドマスターは女性陣からド突かれるのであった。
☆☆ コミックス 1巻 ☆☆
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最近、更新が遅れ気味で申し訳ない。
なるべく間隔を空けないように更新していくつもりなので、
引き続きご愛顧いただければ幸いです。
よろしくお願いします。