第107話 元S級ハンターの面目躍如
「ドラゴンキメラじゃない?」
ヴィッキーは眉間に皺を寄せて俺を睨んだ。
すると、ぷっと噴きだし、身体をくの字にして笑い始める。
「あははははは! ドラゴンキメラじゃないって、お前何を言ってるんだよ。さては、あたいに先を越されて、また嘘を言っているんじゃないか?」
ヴィッキーは笑いながら、人に向かって指差した。
純真なドワーフ族の娘なら、俺の言葉を1発で信じたかもしれないが、今回はそうならなかったらしい。
それは彼女なりの裏打ちがあったからだ。
「特徴と一致するじゃないか。黒鎧竜の鱗に、ガルーダの炎の翼。ドラゴンの顔だってある」
「ああ。だが、本当にそれが黒鎧竜の鱗であればな」
「はあ?」
「お前、肝心なことを忘れていないか?」
俺はそう言って、ドラゴンキメラと思しき魔物の首を指差す。
「見ろ。この長い首を……」
「首?」
「黒鎧竜の首が長いなんて聞いたことがあったか?」
「あ……」
ヴィッキーも何か気付く。
先ほどまで顔を赤くしてまで笑っていた顔が、急に青ざめていった。
「そうだ。黒鎧竜は長首ではない。そもそも黒鎧竜は地竜だからな」
地竜というのは、呼んで字の如く大地を拠点として動く竜のことだ。
本来竜種というのは、空を生活の拠点としているのだが、一部の竜は地上や地下を拠点しているものが多い。
そういう竜種は総じて翼が退化し、硬い岩肌のような鱗や膜を形勢する。また地上で生活するため、全方位に対して視線を向けなくていいため、頭もまた退化し短くなっていったと言われている。
ただし黒鎧竜はある種、例外的な地竜だがな。
「それにこいつは竜じゃないな」
「え?」
「おそらくワイバーンだ。ワイバーンとガルーダのキメラだろう」
「そんな……」
ヴィッキーはへたり込む。
ただそれだけで、俺の指摘を否定しなかった。
これでも元S級ハンターだ。頭はうちの弟子並だが、魔物の知識はそれなりにある。黒鎧竜のことも調べていたからこそ、エスカリボルグなる武器を用意してきたんだろうからな。
「それにしても――――」
ワイバーンとガルーダか。珍しい組み合わせというわけではない。俺が気にするのは、ワイバーンの皮膚を覆う鱗だ。
詳しく調べてみないとわからないが、おそらくこれは黒鎧竜の特徴だ。見た目こそワイバーンとガルーダだが、この一点だけ違う。
黒鎧竜の血が混ざった? それとも他のワイバーンに似たような特徴があるのか? しかし、俺が覚えている中でヴィッキーの全力を弾くような硬い鱗を持ったワイバーンは存在しない。
ワイバーンは飛竜――空を飛ぶことに特化した魔物だ。鱗の密度を高めるとそれだけ質量が増えるため、地竜種よりも鱗は軽く、脆い。それは空を飛ぶ竜種に総じて言えることだ。
ならば、黒鎧竜からさらに魔物を混じったキメラ?
これは考えられるのだが、あまり現実的ではない。
他に考えられることといえば……。
「人工的に作られた魔物か……」
俺は思わず拳を握る。頭が沸騰しそうなになった。
仮にあいつらが絡んでいるのであれば、今すぐにでも家に帰ってフル装備を調えてくるのだが……。
「ゼレット!」
「なんだ? 今、考え事を……」
「そういう場合じゃねぇ! あれを見ろ!?」
「ん?」
俺は西の空を見る。何か黒い点のようなものが無数に浮かんでいた。
こちらに近づいてくると、その姿が露わになる。
「あれは……」
「ドラゴンキメラ?」
正確に言えば、ドラゴンキメラではない。
しかし、ヴィッキーが仕留めたワイバーンキメラというならその通りだ。
ガルーダの特徴である炎の翼をはためかせ、その竜頭を俺たちの方に向けている。こっちに襲いかかってくるつもりだ。
「30、いや……50はいるか?」
「へん! 何匹来たって、あたしがぶっ飛ばしてやるよ」
ヴィッキーは先ほど仕留めた時のようにワイバーンキメラに襲いかかる。竜頭を向けて、威嚇してくるキメラたちを次々と倒していった。
エスカリボルグはかなり有効らしい。
あの硬い鱗を次々と破砕していく。
あまり褒めたくないが、こういう時自分と同じ元S級がいると非常に助かる。
とはいえ、数が数だ。
俺も何か援護をしてやらねばなるまい。
コートの中から長尺の【砲剣】を取りだした。
【麻痺弾】を装填すると、俺は構える。次の瞬間だった。
ドゥッ!!
森の奥の方で爆発音に似た音が響いた。
俺は空に向けていた砲身の先を地上へと向ける。照準越しに見えたそれは、魔物の群れだ。
一体、どこからそんな魔物がいたのだと首を傾げてしまう。俺が森にたどり着いた時には気配すらなかったのに……。
木々や茂みをなぎ倒しながら、迫ってきていたのは、三つの角を持つ巨大な河馬のような魔物だった。
「トリケラドン……!」
地竜の中でも小型の竜だ。
火は噴かず、竜種の中では危険性が少ないが、その突進力は魔法銀製の城門すらねじ曲げるほどの破壊力を持つ。
魔法銀に比べれば、木や茂みなどトリケラドンには紙のようなものだろう。
「10……いや、11……」
俺は【砲剣】の狙いを、上のワイバーンキメラから、トリケラドンに変更する。
【麻痺弾】から通常の鉛弾に装填し直すと、狙いを付けた。
ドンッ!
銃把を引く。
鉛弾は木と木の間を通り、迫ってくるトリケラドンの急所を貫く――――はずだった。
直後、乾いた音を立てて、俺の弾丸が弾かれる。
「なっ!」
俺は軽く悲鳴を上げた。
トリケラドンの鱗が硬いことは知っているが、それでも俺の【砲剣】による狙撃には耐えられないはずである。
「ゼレット! 何をしてんだよ!!」
ヴィッキーが降りてくる。
どうやら、地上の様子がおかしいことに気付いて戻ってきたらしい。もっと戦いに没頭するタイプだと思っていたが、意外と広い視野を持っているようだ。
しかし、まだ空には多くのワイバーンキメラが残っていた。
「ヴィッキー、空を任せた」
「でもよ」
目で「お前、大丈夫か?」と尋ねる。
やれやれ……。
この程度で心配されるのは、心外だ。
いくら俺にブランクがあって、こっちの装備が整っていなくてもな。
俺は再び【砲剣】を構えた。
「おい! お前の弾は通じないんじゃ」
ヴィッキーの言葉を聞いても、俺は構わず銃把を引く。
瞬間、1匹のトリケラドンがもんどり打った。体勢を崩すと、後ろのトリケラドンを巻き込んで倒れる。
ヴィッキーには何が起こったかわからないだろう。
しかし、質問に答えず、俺はトリケラドンに向かって銃把を引き続ける。
次々とトリケラドンが倒れていく。11匹全部、仕留めると、俺はすぐさま空へと【砲剣】を向けた。
一瞬にして狙いを定めると、銃把を引く。
ワイバーンキメラが鮮血を垂らした。身体を反り返り、そのまま地上へと落下する。
「お、おい……。お前、まさか目を……」
ヴィッキーは震えていた。
その顔が青くなっていく。
そうだ。俺が狙っているのは、魔物の目だ。
いくら黒鎧竜並の鱗をもってしても、さすがに目を鍛えることは難しい。そして俺の狙撃の腕を以てすれば、人間より遥かに大きな眼球をしている魔物の目など、安易な的でしかない。
即死にはいたらず、食材としては不適合となるかもしれないが、今回の俺の獲物ではない以上、気にする必要はないだろう。
ダンッ!
最後のワイバーンキメラが俺の鉛弾の餌食となる。
地上に強く叩きつけられた後、ピクリとも動かなくなってしまった。
俺は【砲剣】をしまう。
「しまったな」
「はあ? お前、何を言って……」
「少々無駄弾を撃ちすぎた。時間外労働だが、これも経費に入るのだろうか?」
撃った弾の代金について、俺は気にしていた。
コミカライズですが、今週末に更新される予定です。
料理ギルドのピクシーの登場なので、お楽しみに!
小説の方も続刊が決まっております。また後日詳細を発表させていただきますので、
お楽しみに!