第106話 元S級ハンター、先んじられる
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「え、エスカリボルグ……」
確かドワーフ族の民話に出てくる伝説の武器の名前だったはず。
各土地に住むドワーフによっては、その形状は剣であったり、鎚であったり、あるいは金属の塊であったりするのだが、ヴィッキーが持っているのは巨大な大剣だった。
といっても、刃引きがされている。斬るというよりは、ぶっ叩くという使い方が正しいだろう。
そういう意味では、鉄塊と言う言葉がピンとくる。
大剣といっても、それは余りに分厚く、重く、かつ大雑把だからだ。
洗練さなど欠片もない。およそ手先が器用なドワーフが作ったと思えないほど、不格好な代物だった。
「ヴィッキー、それは……?」
「ん? これか? いいだろう。あたいの新しい相棒さ。名前はエスカリボルグ」
ヴィッキーは玩具を見せびらかすようにエスカリボルグをかかげる。
「お前が作ったのか?」
指摘すると、ようやく俺の質問の意図を理解したらしい。ヴィッキーの顔はみるみる赤くなっていった。
「ち、ちが――。い、いや、そ、そうだけど! こここここれには訳があるんだよ!!」
慌てた様子で弁解する。
一応断っておくが、ヴィッキーは弟子に匹敵する馬――純粋さを秘めているが、決して不器用というわけではない。
物作りに特化した種族だけあって、ドワーフは総じて手先が器用で、ヴィッキーも例外というわけではなかった。
その彼女が作ったものが、こんな不細工な大剣かと思うと、俺もさすがに閉口せざるを得ない。
「し、仕方なかったんだ! 今回、初めて扱う金属だったから、加工が難しくて……。ドワーフが持ってる魔導具じゃ全然歯が立たなかったんだよ」
「初めて使う金属……?」
それってもしかして、エスカリボルグに使われているアダマンタイトという鉱石のことか?
「アダマンタイトが本当に実在したのか?」
「そうさ! だから、あたいはこいつを作ったのさ」
エスカリボルグを高らかに掲げる。
直後、炎が降ってきた。ドラゴンキメラによる攻撃だ。
オレのことを忘れるな、と容赦なく炎を浴びせてくる。
いかん! このままでは森が焼き払われてしまう。シエルとハイキングできなくなるだろうが……!
俺は怒り、ドラゴンキメラを睨むのだが、どうしようもない。
くそ! こんなことならフル装備でくれば良かった。
そんな中、ドラゴンキメラに向かって飛び上がるものがいた。
言うまでもない。
ヴィッキーだ。
いつも持っている棍棒よりも一回り大きな得物。加えて、使われている金属は鉄や銅よりも遥かに質量が重そうに見える。
それを持ってジャンプすることすら難しいのに、ヴィッキーは軽々とドラゴンキメラが旋回する高さまで飛び上がった。
「おりゃああああああああああ!!」
裂帛の気合いが、雷鳴のように響く。
飛び上がった反動で振り上げたエスカリボルグを大上段に掲げる。
そのままドラゴンキメラの脳天めがけて、振り下ろした。
ぐしゃりっ!
思わず顔を背けたくなるような嫌な音がした。事実、ドラゴンキメラの頭が今度こそ潰れる。
先ほどの棍棒の一撃を耐えた厚い鱗が岩のように砕けた。
さらにエスカリボルグの刃はその身と骨、牙まで叩き斬る。
ドラゴンキメラの紅蓮の翼が痙攣する。
巨体が停止すると、そのまま自由落下を始めて地上に落下した。
轟音が静かなファウストの森に響く。
遅れて空から降りてきたのは、ヴィッキーだった。
「ふぅ……」
一息吐くと、エスカリボルグを肩にかけて、ニヤリと笑う。
「どうだ、ゼレット! 今回はあたいの勝ちだ!」
別に勝負していたわけではないが……。
と言うのは、負け犬の遠吠えか。
狙っていた獲物に対して、先んじられたのだ。確かに俺の敗北と言っても良いだろう。
しかし、エスカリボルグの威力は本物だ。まさか黒鎧竜の性質を持つ鱗を砕いてしまうとはな。
ヴィッキーの才能によるところも大きいのかもしれないが、アダマンタイトが本物だというなら、今頃争奪戦になっていてもおかしくない。
かく言う俺も、手に入るのであれば欲しかったがな。
俺はヴィッキーとともにドラゴンキメラが落下した場所に向かう。
ドラゴンキメラは蹲るように大穴を空けて倒れていた。
致命となった頭を検分する。
やはり見事に割れていた。鱗も粉々だ。改めてエスカリボルグの威力に戦慄する。
「悔しいか? 悔しいだろう、ゼレット! か――――っかっかっかっかっ!」
ヴィッキーは子どもみたいに煽る。おかげでなんか煽られている気分にはならなかった。
俺は無視して、検分を続ける。ヴィッキーは伝声石を使って、念話を始めた。おそらく雇い主と連絡を取っているのだろう。
「え? 別にいいじゃん! 倒したんだから! 肉の質……? そんなの知らないよ。倒すだけで手一杯だったんだから!」
何やらもめている。
倒した状態を報告したら、担当者がキレたのだろう。
(この頭の状態だと、肉の質は悪そうだな)
潰れた頭を見ながら、そんなことを考えていると、俺ははたとあることに気付いた。
俺は潰れた頭から胴体へと伸びる長い首を見つめる。
続いて、手を探した。
ない……。
(ガルーダの性質に飲まれた? いや、でもこれはおかしい……。まさか――――)
「なるほどな……」
「どうしたんだよ、ゼレット。さてはあたいに負けて、気が狂ったとか?」
「いや、そうじゃない。むしろやっと冷静さを取り戻せたといったところだ」
「はあ……??」
ヴィッキーとの再会。唐突なハントの開始。エスカリボルグ……。
やたらと濃い出来事が立て続けに起こって、俺自身の脳がうまく働いていなかったらしい。
そもそも俺はハントをしにきたわけじゃないしな。
シエルとのハイキングコースを下見に来ただけ……。
3年のブランクもあって、ハンターとしての勘所が鈍っていたらしい。
そして、ようやく俺は目覚めた。
自分でも感じる。
ハンター……いや、食材提供者ゼレット・ヴィンターの覚醒を……。
「ヴィッキー……。これは違うぞ」
「何が?」
ヴィッキーは首を傾げる。
俺は口角を上げて答えた。
これはドラゴンキメラではない……。
昨日ニコニコ漫画で『ゼロスキルの料理番』8話が掲載されたので、
気になる方はチェックして下さい。
最新話につきまして、ヤングエースUP様で10月22日に更新される予定です。
是非よろしくお願いしますm(_ _)m