第104話 元S級ハンター、同業と戦闘になる
昨日拙作『ゼロスキルの料理番』のコミカライズの更新されました。
ヤングエースUP様で最新話が公開されておりますので、応援の方よろしくお願いします。
ヴィッキーの顔がたちまち赤くなる。
手に握ったのは、大型魔獣でもぺちゃんこにできるような巨大な棍棒だ。周りにはスパイクがついているが、肉をミンチにするにしたって大きすぎるだろう。
「おらあああああああああ!!」
乱暴な声を上げて、棍棒を振り下ろす。
回避できないほどではないが、生半可実力者では直撃を受けている振りの速さだ。
あれだけの超重武器を振り回すことができるハンター(元だが)は、ヴィッキー以外に他にいない。
俺は冷静に横に躱す。
直後、爆発音のような音を立てて、空振りした棍棒が地面を穿つ。
濛々と土煙を上げながら、大穴が生まれた。まともに受けていれば、頭と足がくっついていたかもしれない。
「お前、本気か!?」
魔物ならまだしも人間相手に、あの棍棒を振り下ろすのはヤバい。衛兵が見ていたら、今頃お縄になっているところだ。
ヴィッキーのヤツ、それをわかって――――ないだろうな。
完全にプッツンしてる。
「心配すんな! お前だから本気でやったんだ!」
ヴィッキーは歯をむき出して笑う。
何をそんなに楽しいのか。1度振り下ろした棍棒を軽々と振り上げ、横薙ぎに払う。
それだけで足裏が浮くほどの突風が唸る。
一瞬、俺の動きが止まったのを見計らって、ヴィッキーは再び棍棒を振り下ろした。
「もらった!」
獲物を仕留めた、とばかりにヴィッキーは笑う。
おいおい。俺は魔物じゃないぞ。
「やれやれ……。仕方ない」
俺は素早くコートから【砲剣】を抜く。長尺ではなく短身の方だ。
それをヴィッキーにではなく、すぐ側の地面に向けて放った。
轟音が鳴り響く中、射撃の反動に逆らわず、俺は横に避ける。直後、目の前をヴィッキーのスパイク付きの棍棒が通っていった。
ドンッ!
再び棍棒が土を抉る。
一方、俺は地面に向かって射撃。
反動を使って、飛び上がり一旦木の上まで退避した。
「相変わらず馬鹿力だな……」
少々辟易しながら、俺はヴィッキーの怪力に称賛を送る。
ヴィッキーのハンター時代の渾名は『壊し屋』だ。
文字通り、魔物をぶっ壊す膂力が売りのハンターである。
驚くべきは、あの怪力が【戦技】ではなく、天性の才能と努力によって得たことだ。
ヴィッキーの種族『ドワーフ』の特徴は確かに人族やエルフよりも優れた怪力にある。
だが、ヴィッキーのそれは種族の特徴を大幅に超えたもので、ドワーフの男衆ですら敵にならないらしい。
まあ、そのおかげで本人は別の意味で苦労したみたいだが……。
しかし、ヴィッキーは自分の怪力が生きる場所を見つけた。それがハンターだ。
確かにSランクの魔物を討伐したという数では圧倒的に俺の方が上だが、後にも先にもSランクの魔物を単純な怪力だけで倒してしまったのは、ヴィッキーぐらいだろう。
それほどあいつの力は突出している。
(しかし、弱ったな……)
ヴィッキーの力はさらに極まってる。俺が活動を休止してる間にも、休まず現場に出て研鑽を積んできた証拠だろう。
3年前に出会った時よりも、筋肉が搾りこまれていて、動きがさらにシャープになっている。
対する俺はどうかというと、ブランク明けで身体がキレてるとは言いがたい。
3年間、遊んでいたわけではないし、子どもを育てる傍らプリムやリルの相手をして、訓練を欠かさなかった。
けれど、実戦と訓練はやはり違う。
動きのイメージは出来ていても、反応がイメージよりもワンテンポ、ツーテンポ遅れる。
動きにキレがない。
特に相手が自分を本気で殺しに来るという状況なら尚更だろう。
「へん! 木の上に逃げたって無駄だぞ」
「相変わらず木登りはうまくないのか?」
「あたいには必要ないからな」
基本的に暗い洞窟に住んでいることが多いドワーフたちは、木登りが下手なものが多い。崖を上ることはできるようだが、これをドワーフたちは「呪い」と言っている。
するとヴィッキーは大きく振りかぶった。
おそらく俺が止まっている木を倒すつもりだろう。かなり成熟した木だが、ヴィッキーなら造作もない。
「ヴィッキー、忠告しておいてやるが、それはやめた方がいい」
「はん! 今さら命乞いかよ。まあ、ゼレットが『超強くて尊敬すべきヴィッキー様、どうかお許し下さい』って言うなら、許してやらないわけでもないぞ」
ヴィッキーは鼻で笑う。
俺の答えは決まっていた。
「忠告はしたからな」
「うっせぇ!」
ヴィッキーは容赦なく振り抜いた。
木が大きく揺すれる。すると根本から一気にヒビが走り、俺が止まっている枝の近くまで伝ってくる。
ヴィッキーは「にひっ」と笑う。
どういう戦術プランを立てていたのかは知らないが、木を叩いただけだというのに、もう勝った気でいるようだ。
一方、俺は肩を竦めた。
「あ~~あ……」
コートについたフードを被る。
途端、大きく揺すられた木の上から何かが大量の落ちてきた。
それは根本で事の趨勢を見守っていたヴィッキーにも降り注ぐ。
すると、ヴィッキーの鼻の上に何かが取り付いた。
ドワーフらしい丸い鼻の上に落ちてきたのは、毛虫である。
「ぎゃああああああああああ! 毛虫ぃぃぃぃぃぃいいいいいいい!!」
ヴィッキーは叫ぶ。
毛虫は「こんにちは」という感じで、ヴィッキーに向けて頭を上げた。
「ひいぃぃいああああああああああ!」
ヴィッキーは悲鳴を上げ続ける。
見てわかる通り、Sランクの魔物の前でも笑いながら向かっていく元ハンターの弱点は、小さな毛虫だった。
ヴィッキーはこういう芋虫系の虫が、昔から大嫌いなのだ。
直後、先ほどヴィッキーが叩いた木が倒れる。
俺は安全確保されたのを見計らって、木から離れた。
鼻の頭に毛虫を載せながら、のたうち回っているヴィッキーに話しかける。
「言わんこっちゃない」
もう晩夏に近いが、この時期はナツオクレという種類の蛾の幼虫が発生する。夏の太陽を浴びて、青々と茂った葉を食べるために、高い木の枝に上って、葉を食べるのだ。
そのまま木の上で過ごし、最後は成虫となって飛び立つのだ。
「ぜ、ゼレットぉぉおおおお! お前のせいだぞ! こ、この虫取れよ」
「俺はちゃんと忠告したぞ」
「こんなことになるとは思わないじゃないか……」
おかしいな……。
俺、こいつと喧嘩になる度に似たような方法で撃退してきたのだが……。
相変わらず記憶力という点ではうちの弟子と良い勝負だ。
「わかった。わかった。『超強くて尊敬すべきゼレット様、どうかお許し下さい』って言えたら、取ってやる」
「ば、馬鹿! そんなこと言えるわけないだろうが!!」
ヴィッキーが最初に言ったんだけどな。
「じゃあ、俺は帰る」
「まままままま待って! お願い待って! 言う! 言うから!! お願い!!」
ヴィッキーは涙ぐむ。
さすがに可哀想になってきた。親としてもここで止めようと思うのだが、本人は本気だ。
ここはヴィッキーのやる気に免じて、最後まで付き合ってやろう。
ヴィッキーは森の上にかさばった枯葉の上に正座すると、頭を下げた。
「超強くて尊敬すべきゼレット様、どうかお許し下さい!」
顔を上げる。
本当に素直なヤツだ。めっちゃ涙を浮かべながら、一字一句間違わずに言った。
こういう素直な所があるから、なかなか憎めいないのだ、ヴィッキーは。
「ほら! 言ったから、取ってよぉ。早くぅぅぅうう」
「ああ……。ヴィッキーよ。1つ言い忘れていたが……」
「な、なんだよ! まだ何かあたいに言わせたいことでもあるのかよ」
「いや、そういうわけじゃない。ヴィッキー、あのな」
「なに?」
「とっくに毛虫は取れてるぞ」
「へっ?」
おそらくこいつが頭を下げた時に、一緒に落ちたのだろう。
「結果的に俺に謝ったことによって毛虫が取れたのだ。良かったな」
「良かった? 良くないだろう!!」
ヴィッキーは再び棍棒を握った。
まずい。ガチギレだ。
今度こそまずいかもしれない。
そんな時だった。
巨大な影が、俺たちの上を通っていったのは……。







