第102話 元S級ハンター、ピクニックを計画する。
☆☆ コミックノヴァにてコミカライズ更新されました ☆☆
「ふむ……」
俺は息を吐いた。
昨日『ドラゴンキメラ』の依頼を受け、意気揚々としてた俺の心は少しだけ憂鬱だ。
久しぶりのシエルとの朝ご飯だというのに、思わず息を吐いてしまう。
ちなみに本日の朝食は、スカイサーモンの味噌焼きである。
味噌漬けしたスカイサーモンの切り身を焼いた食べ物なのだが、これがうまい。
味噌漬けは、スカイサーモンの切り身に味噌、砂糖、酒を漬け置いたものだ。
おかげで、味噌の深いコクと焼きの香ばしさ、スカイサーモンの独特の旨みがうまく引き出された一品になっている。
強い塩気と甘味は非常にクセになる味で、スカイサーモンの淡白な身もあって、いくらでも銀米が進んでしまう。
最近、シエルはそこにお茶をかけて食べるお茶漬けを思い付いたらしい。
すでに銀米が盛られたお茶碗にはほぐされた切り身に、並々とお茶が注がれていた。
味噌の塩気がお茶と混じって、こちらも思わずペンと膝を叩いてしまうような美味しさなのだ。
ご飯粒を付けて、夢中に食べている我が子を見ながら、今後強いグルメ嗜好にならないか、今から楽しみだった。
これもパメラが昔から食育を徹底していたからだろう。
今も好き嫌いなくなんでも食べようとする。親としてはちょっとした自慢だ。
そのシエルが溜息を吐く俺の方を見て、丸い目をこちらに向けた。
「パーパ、どうしたの?」
「そうよ。ご飯時に溜息なんて吐かないでくれる。朝食、おいしくなかったの?」
「じゃあ、パーパの分はシエルが食べて上げう」
そう言って、シエルは俺の皿に手を伸ばした。
シエルの魔の手が及ぶ前に、俺は皿を動かす。
誰に似たのか。この通りの食いしん坊だ。
最近親の俺から見ても、よく食べる。ちょっと体重が心配だった。
「ダメだ。これはパーパのものだ」
「むぅ……。パーパのケチ」
「シエルも食べ過ぎよ。あんまり食べ過ぎると、ハイキングの時のおやつが少なくなるからね」
見かねたパメラが注意すると、子供用の椅子に座ったシエルはパタパタと駄々をこねた。
「い~~や! それはダメ!」
「だったら、我慢しなさい」
「むぅ」
シエルは頬を膨らませる。
我が子ながら、怒ってる姿も可愛い。鼻血出そう……。
「それで? パーパの方はどうしたのよ?」
パメラは銀米と味噌漬けのスカイサーモンを頬張る。
パメラの方は焼いた後に、氷で冷やしたものらしい。旨みがさらに強くなるとかで、自分で確かめているようだ。
どうやら成功だったらしく、さっきまでプリプリ怒っていた妻の肌が、ぷりんぷりんになって幸せオーラを発していた。
「ドラゴンキメラのことだ?」
「ん? どうして? ゼレット待望のSランクの魔物じゃない。復帰2戦目で狩ることができるのよ。嬉しくないの?」
「オリヴィアや料理ギルドのギルドマスターの支援には感謝するが、どうもな……」
気分が乗らないというと、オリヴィアたちには失礼かもしれないが、やはり自分が憂鬱に感じているのは間違いない。
確かに「ドラゴンキメラ」は「幻のキメラ」と呼ばれていて、「Sランク相当」の力を持っている。
だが、「Sランク」と「Sランク相当」には開きがある。
それに相手はガルーダと黒鎧竜のキメラだ。
普通のハンターには強敵に違いないが、俺の中ではすでに対策ができている。そのための装備も発注済みだ。
装備が万端であれば、さほど苦戦するような相手ではない。
取らぬ狸の皮算用というわけではないが、すでに「幻のキメラ」は俺の頭の中で殺されていた。
「そんなのわからないでしょ。相手を見ないで決めつけるのはどうかと思うわ」
パメラは俺を見極める。
「それにね、ゼレット。私は心配よ。復帰戦のズーはうまくいったけど、今回のキメラはヤバそうだわ。嫌よ、私。あなたに何かあったら……」
ついにはパメラはお茶碗を持ったまま俯いてしまった。
パメラは両親を早くに亡くしている。そういうこともあって、家族の安否については人一倍敏感なはずだ。
あまりそういうところを普段は見せず、いつも気丈に俺を送り出してくれるのだが、やはり心配は心配なのだろう。
「マーマ……」
シエルも心配そうにパメラを見つめる。
すると、頬を膨らませ、俺を叱った。
「パーパ、マーマをいじめたら、ダメえ!」
シエルまで怒り出す。
別にいじめているわけではないのだが、子どもにはそういう風に見えるのだろう。
「ごめん、シエル。パメラもすまん。少しわがままが過ぎたようだ」
昔、俺は1人だった。だから、復讐を果たせばいつ死んでもいい。
それぐらいの気持ちで、Sランクの魔物と対峙していた。
けれど、今は違う。
大事な妻がいて、可愛い愛娘がいる。
今までのような気概で戦うことは許されない。
「わかった。……頑張るよ」
「うん! 頑張って、あなた! なんせ今回は1億2000万グラの依頼料なんだからね」
突然、パメラが顔を上げる。
その瞳は黄金色に輝いていた。
お、おい。パメラ……さん?
「そうすれば、おんぼろの『エストローナ』を改築することができる。あ! でも、いっそ新築にするのもありかもね」
「え? 『エストローナ』を改築するのか? しかしここはお前と両親の思い出の……」
「確かにそう! でも、築60年以上経ってるのよ。柱の一部は腐ってるし、床は抜けそうだし。突然、天井が落ちてきて家族全員下敷きとか絶対にイヤよ」
「お、おう!」
「だから、今回は『エストローナ』の改築費用を稼ぐための依頼と思って、頑張ってね、あ・な・た」
「…………わかった。頑張る」
母は強しだな。はあ……。
「ところでゼレット、来週シエルとピクニックに行くって約束は忘れてないわよね」
「ああ。その前に『幻のキメラ』を仕留めて帰ってくるつもりだ。出現場所を概ね特定されているしな」
「……じゃあ、下見はどうするの?」
「あっ!」
そう言えば、その予定だったな。
今回のピクニックは街からほど近い森の中だ。
エルフは『森の賢人』と呼ばれる種族である。確かに俺たちのように街の中に住んでいる者の方が多くなったが、出来ればシエルに森の中のことを知ってもらいたい。
ピクニックでは、俺やパメラが幼少期親しんだような森の遊びをするつもりだった。
しかし、森といっても一概に安全というわけではない。
いつかのエトワフの森のように大挙して魔獣が襲ってくる可能性もある。
だから、ピクニックに行く前に俺が森の様子を確かめることになっていたのだ。
「わかった。今から行ってくるよ」
「シエルも行きたい!」
シエルは手を上げる。
俺はそんな我が子の頭を撫でて、諫めた。
「シエルは来週行くんだ。今、行ったら楽しみが減ってしまうぞ」
「いやぁ! パーパと行く!」
駄々をこねる。俺の腕にピトッと貼り付いた。……弱ったな。
「まだピクニック用のお弁当の仕込みが終わってないの。だから、パーパとのピクニックはちょっと待って」
パメラが優しく諫めると、シエルは俺の腕から手を離す。
「じゃあ、いい」
納得してしまった。
し、シエル……。それって、パパよりもパメラのお弁当の方を選んだってことか。
ぱ、パパ、ちょっと悲しいのだが……。
ちなみにシエルのために森の下見をしに行くってわかっているのだろうか。
この食いしん坊具合、ちょっと将来が心配になってきたぞ。
「じゃあ、頼んだわよ、ゼレットパパ」
「パーパ、がんば!」
「……………………はい」
なんかちょっと納得行かなかったが、俺は森へと行くことになったのだった。
☆☆ コミックノヴァにてコミカライズ更新されました ☆☆
本日コミックノヴァにて、コミカライズ第3話が更新されました。
こちらも是非楽しんでくださいね。2日後の日曜日にはニコニコ漫画の方でも更新予定です。
コメントと一緒に読みたい方は、そちらの方もどうぞ。