口の悪いお嬢様が口がきけない魔法をかけられて縁談させられる話
「カノン、私はお前が可愛い」
豪華な食事が並べられたテーブルを挟んで、立派な髭を撫でながら父は話す。
「可愛い可愛い私の娘。その娘が苦労しないように良い縁談を持ってきているのだが…………本日で一体何回目だろうか?」
わざとらしく大きく溜息をつく父。恐らく父は回数を把握しているはずだが、私に言わせたいのだろう。乗ってやろうじゃないか。
「ちょうど100回。記念日にしないとね」
「そうか、100回か。お別れ100回記念日か。ハハ、ハハハハハッ!!」
「え、その笑い止めて。まじキモいんですけど」
「父親に向かってキモいとな、ハハハハハ!!」
突然狂ったように笑いだした父に引くしかないだろう。例え原因が私であったとしてもだ。
「その笑い方止めなきゃ私をなめ回すように見て笑っていたって言いふらすわ」
「次は親を脅迫するか。本当に何故こんな子に育ってしまったんだ」
今度は頭を抱える父親に『頭の天辺薄いのがもろ分かりよ』と言いたかったが、これ以上何か言うと嫌みをまた言われるだけだろうから心のなかにとどめる。黙った私を見て父は再度溜息をつく。
「話さなければ可愛いが…………そうか、話さなければいいんだ。ハハハハハ!!」
父が何かを閃いたようにしていたが、気持ち悪かったので話が早く終わらないかと心の中で終われと唱え続けていた。そして、気がすんだのだろう、にやにやと父が笑う。
「彼を呼ぼう。最近仲良くなったんだ。出でよ、トリックくーん!!」
明後日の方向へ急に向いて叫んでとうとう血迷ったかハゲ豚親父と言おうと思ったら、そこにポン!という効果音と共に黒いローブを羽織った八重歯が特徴的な少年が出てきた。これが魔法かと初めてみる光景に言葉を失った。
この世界には全体人工の1割ほど魔法使いが存在している。魔法使いはありえない奇跡を起こすとされ、王族以外は一生のうち一回おめにかかれるかどうかぐらいの確率らしいのにだ。なんで親父がおめにかかれ、かつ知り合いになれたのか不思議でならない。魔法少年はきょるんという変な効果音と共に星の形をした魔法ステッキを翳す。
「はぁーい!トリックくんです!ベルおじちゃんなんか面白いことあったの!?教えて教えて!!」
周りにキラキラした粉?を振り撒きながら子供らしく目を輝かせてハゲ豚親父をおじちゃんと呼んでおねだりするトリックという魔法少年。なんかこの絵面犯罪じゃね?
警察に通報しようかと電話の受話器を片手に取るも、親父が捕まったら今の親のスネを齧る行動ができなくなるかもしれない。その思いが脳裏をかすり、1を押した所で止まっていると話が済んだらしい親父が私の名前を呼んだ。
「今からお前の声を封じる」
「はぁ? ちょっと待て禿げ髭豚親父!!」
「父に向かってなんという暴言を!!……まぁ、次の縁談が上手くいったら魔法解くから、頑張って。さぁ、トリックくん!やっておしまい!!」
「はぁーい!!トリック・トリック!!カノンの声をとっちゃえ!!」
「それが親の…………ん? んんんんんん?? 」
某アニメの敵役美女の言葉をキモい親父が言った後、可愛い声の魔法少年が可愛くないキラキラの魔法を私に向けて使い、私は声が出なくなった。いや、『ん』は言えるとは分からないがそれだけは言える。
「んーん!んんんんんんッんんん!!んんんんんん、んんんんんんん!!」
「最悪!このくそデブッハゲ豚!!早く戻せ、さもないと押すぞ! かぁー。何を押すか知らないけど、カノンが結婚するまで戻さないからねー」
どれだけ罵倒しても『ん』しか言えない。しかし、何故かキモい親父には通じてしまった。嬉しいような、嬉しくないような、複雑な感情が渦巻く。取りあえず、声を失っては何も出来ない。自分の一番の武器を失ったも同然だ。くそ豚ハゲ髭豚に躊躇はない。
10を押し、ポチッとな。
『はい、此方○○番です。………………………………どうされました? 』
そこで私は気づく。
ーーあ、今声が出ないんだった。
絶望に打ちのめされながら私は電話を切って電話を投げた。親父に向かって。そして脳天に見事に突き刺さり椅子ごと後ろに倒れる豚。魔法少年がケタケタと笑い転げてストライクと言っているが、どうでもいい。脳が現実逃避して、目の前が真っ暗になるのであった。
夢の中で私は一生結婚できず、話せないまま死ぬというものを見た。何でも話すことがある意味生き甲斐な私にとっては恐怖の夢であった。そんな将来は嫌だ。そのため、この話せない魔法を解くには次の縁談を成功しなければならないということだ。
ーーいいだろう、受けてたとうじゃないか。
成功して魔法をとかせて禿げ髭豚にし返ししてやろう。
こうして、私の難度の高いミッションが始まった。
格式の高いドレスを着せられ、窮屈に思う。不満を訴えるように眉間にシワを寄せながら声が出せないため親父を睨むも、親父は笑顔で一週間行ってらっしゃいと手を振るだけだった。
車に乗せられ、結構時間が経った所で目的の場所へ着いたらしい。
敷地が広く緑がそこかしこにある庭園。管理が大変そうだと思うものの、綺麗に揃えてあり、庭師は何人も居ることがわかった。
それに王族が住みそうな荘厳な建物が奥にドンと構えてあった。
これほど立派な場所に住んで金など豊富に持っているだろうに、私のようなある意味厄女と縁談するほど相手は物好きだろうか。それとも何か別の理由があるのかと思う。
くそ髭豚親父は一応相手は皆良い人材というのか、そういう人を選んでいたが、私は全て蹴った。というより相手が失望して破談になった。
しかし、ここは今までの相手よりも数倍は上の位だろう。
そんな引く手あまたのはずの男が何故。容姿が醜いとかだろうか。それとも年老いたじじい……流石にそれはあの親父のことだからないなといろいろ考えてみるも分からない。
そして、玄関の前で車が止まり、相手の執事らしき人が挨拶する。
「私はルーベと申します。ジーグぼっちゃま執事をしております。本日、ぼっちゃまはお加減がすぐれないため、私がご案内させて頂きます」
ジーグというのは今回の縁談相手の名前だ。
お加減が優れないというのは何か持病があるのか、はたまた会いたくないという意味で使われることもある。今回はどっちだろうなと思いつつ声は出ないため頷くだけだった。
そこで気づく。今は話せないことを伝えてあるのかと。
ルーベはいきなりよよよとハンカチを出しながら涙を流した。
「パッヘルベル様からお聞きしております。破談に破談を重ね、ショックから声を閉ざしたと……。綺麗な薔薇が霞んでみえるほどお美しいカノンお嬢様。今まで縁談なされた男性は皆恐れ多かったのでしょう」
いや、私の美しさではなく口の悪さが恐れ多過ぎて皆破談したんだ。
そう言いたい所だったが、声が出ないため目を伏せることしか出来なかった。それを勘違いしたのか更に泣く執事。はっきり言ってうざいが、声が出ないため言うことなど出来ず。早く泣き止んで案内をしてくれと思うのだった。
案内された場所は立派に思える客室であった。客のためにこれほどの調度品を揃えるのかと思うほどの緻密に細工されている。それほど上流階級を相手にしているのかと今さらながら逃げたくなった。
いや、しかしこの縁談が破談となってしまっては私は一生話せないまま過ごすことになってしまう。ここは我慢だと、食事の時間が来るまで本棚にあった本を手に取るのだった。
結局一日目はそのジーグぼっちゃんという人物に会うことが出来なかった。一応1週間泊まり込みで相手を見極めるということになっているが、相手に会えなければ縁談もなにも進まず破談となってしまうだろう。そもそもお断りするための文句だったのかもしれない。
それにしても私はじっとすることが苦手なタイプだ。しかも、ずーっとお腹が引き締まっているドレスを着ているためラフな格好に着替えたいという欲が出てくる。
自身付きのメイドに部屋の外へ出るように言って、ひそかに持ってきた荷物を開けるのだった。
外の解放感。
そして、薔薇の仄かな香りが漂う場所で私は笑っていた。
花は私の口の悪さにとやかく言わないし、丁寧に育てた分だけ綺麗な花を咲かせてくれる。それが好きだった。
ここの庭師はすごいな。会ってみたいなと思うものの一応私は客人であり、運が良ければ奥様という立場に者になるものだ。会ったとしても話せないだろうなと思っていると遠くでキュルキュルという変な音がした。そこへ目を向けると、車椅子に乗った少年がいた。少年は肌が白く、薄いブルーの瞳にサラサラの白髪をしていた。一応美少年という部類だろう。しかし、私は『顔色悪すぎ。今にも死にそうだわ』としか思えなかった。
少年は目を見開けたと思ったら幸薄そうに儚く笑ってキュルキュルと車椅子を動かして過ぎ去って行った。
おそらくここの人だが、ラフな格好をしている私に何も言わないなんて変な人であり、気配が薄かったので幽霊のようだと失礼なことを口には出せず、思うだけだった。
その日の夜だった。
唐突に執事が来て、夕食はジーグ坊っちゃんと一緒にとることとなってしまった。
メイドに無断で外に出たので怒られながらまた窮屈なドレスに着替えさせられる。あー嫌だと思うものの、反対にチャンスだと思った。やっと会えるのだ。これで縁談方向へ進めば声を取り戻せるかもしれないと我慢するのだった。
「初めまして、カノンさん。僕はジーグです」
昼間にあった車椅子の少年が食事の席についていた。
あの断り文句は病弱の方だったかと、しかし、これほど美少年だが、結婚していないのが可笑しいと疑問に思う。病弱以外にも理由があるのかと席に促されて座るのだった。少年はどうぞと食事を私にすすめながら話す。
「昨日は会えず、申し訳ありませんでした。この通り、体調の良い時しか動けず不自由なんです」
何だか胡散臭い笑みを浮かべながら話すジーグに本当だろうかと思う。体が弱いのは本当だろう。顔色は悪いし白過ぎるから。しかし、会おうと思えば会えるはずだ。部屋に私を呼びつければいいだけだからだ。
そう言いたいが口にはできないため、そうでしたかという風に頷くことしか出来なかった。
そして、食べているときに気づく。
話せないのにどうやって縁談を進めるのかと。
「んんん、んんんん!」
やばい、詰んでる!食事に関わらず声が出ないながらも叫んでしまう。それに驚いた執事やシェフが料理が口に合わなかったのかと口々に言うがそれどころではない。どうやって相手を惚れさせればいいんだと少年を睨む。
すると、少年は何故か朗らかに笑った。
「安心してください。貴女との縁談は進めますから」
何故ゆえにそうなった?
あまりにも驚いて、持っていたスプーンを床に落としてしまうのだった。
それからと言うもの、ジーグとお昼には庭園を散歩して、夕食は一緒にとる日々が過ぎた。
私は話せないため彼が一方的に話すか、はたまた沈黙だった。庭園では花を愛でるというより何故か私を見ていて気持ちが悪いと思うしかなかった。
食事でさえにっこりと笑いながら私を見る。変態なのかと見るなと思いながら必死に食事を飲み込むのだった。
そして、此方に来てから5日目。今は客室で一人で休んでいるところだ。文句を吐き出せないのは中々ストレスが溜まる。それに加え、縁談を進めてくれるとしても、結婚となって私が声を取り戻したら相手は幻滅するに決まっている。そもそもあんな儚げな少年に暴言を吐いたらぽっくり逝ってしまいそうだ。
相手を騙している形にもなっているため色々と辛い。
声を取り戻したいが騙していることが辛すぎて迷っていると、ポン!っという忌々しい効果音が部屋に響いた。すかさず音の主の手を掴む。
「んんんんんん!」
声をもどせ!そういったものの、魔法使いであるトリックは首を傾げた。
「ごめんね!僕にはカノンがなんて言ってるのか分からないの」
それからキョルンという不思議な音を響かせながらトリックは便箋を取り出した。
「今日はベルおじちゃんから手紙を預かって来たのー!僕偉い!」
それをひったくるようにして奪いながら内容を読む。
『可愛い可愛い私の娘へ。あと2日だけど大丈夫かい?父は心配だよー。そこで、トリックくんにお願いしたんだ。縁談が纏まったら何でも治す薬を渡してって。ご褒美があれば頑張れるでしょう!じゃーねー!格好いい父より』
相変わらずうぜぇ。そう思いながらグシャグシャに紙を丸め、ゴミ箱へシュートする。はしたない行為だが、今はトリックしかいないため大丈夫だろう。
それより本当に声を戻せる薬なのかとトリックに詰め寄る。
「んんんんんんん!」
「んーわかんないやぁー」
そりゃそうよ!普通は私の言ってることなんて読み取れないわ!
どうすればいいのか、あ、そうだ。手紙という手があったと紙と鉛筆を探しだし、薬と書いてトリックに見せる彼はポンっという音とともに電球のようなものを頭に出した。
「薬のことだねー。何でも治す薬なんだ!声を取り戻すなんておちゃのこさいさい!不治の病だって治せるよー!」
不治の病だと……
その言葉を詳しく聞こうとした所でトリックは時間だーと言う。
「どうなるか楽しみだよー!ばいばい!」
ポンっという音と共に消えるトリック。私は数時間ほど呆然とするのだった。
ぼーっとしていて何も始まらない。私はメモという武器を手に入れたため、片っ端から情報を収集した。皆は私の口が悪いことは知らないため、ポロポロと話してくれた。
ジーグは生まれた時から身体が弱く、車椅子生活らしい。しかし、次期当主としての手腕は確かなもので、交渉など自身に有利に運べるらしい。
あの胡散臭い笑みは染み付いたものだったのかと感心する。
その他に何故今まで結婚をしていなかったのか聞くと、何でも今まではなにかと理由を付けて相手に会わずにそのまま破談となっていたらしい。
何故私には会って、しかも直接縁談を進めると言ったのか疑問が残る。
そして、一番重要なことを聞きたかった。不治の病のことについて。
執事のルーベを呼び出すと彼はハンカチを出してよよよと泣き出した。
「もう、時間がないのです。もって一年ほどだろうと主治医が……」
まさかのあの儚げなジーグはあと一年の命だったのかと。いや、確かに死にそうだとは思っていたが、そんなに早く死ぬとは思わなかった。
何処か達観したような、私が話さないのに分かっているようなふしを見せるジーグ。しかし、私はそんな彼を騙しているのだ。
短い人生をこんな最悪で口の悪い私と結婚するなんて駄目だろう。
しかし、私が生涯話すことが出来ないなど恐怖でしかない。どうすればいいのか。考えが纏まらず、その日は気分が悪いとメモに書いてジーグと会わないのだった。
7日目の朝がやって来た。
私は結局寝ずに考えていた。
そして、文を持ってジーグと面会を取り付けるのだった。
「体調は大丈夫ですか?カノンさん」
相変わらず胡散臭い笑みを浮かべるジーグ。それに手で握っていたためかグシャグシャになった文を差し出す。彼はそれを不思議に思いながらも嬉しそうに開いた。
『私は口の悪い女。何でも思ったことを口にする。今は声を封じられていて話せないが、必ず幻滅する。縁談を進めない方がいい』
そう言ったような内容を書いた。早く破談にしてくれと願うものの、ジーグは病弱であることを忘れるかのように大声で笑った。それに驚いていると、すぐにジーグはゲホゲホと咳き込む。無茶するな馬鹿か、そう思いながら背中を擦ろうとするとジーグは私の手を取った。細い腕なのに振り払えないほど強く握る。一体何がしたいのか。ジーグは今までの胡散臭い笑みを取り払って明るく笑って言う。
「無茶するな馬鹿か、一体何がしたいのか」
それに思わずビクッと震える。声に出ていたのかと。いや、声は封じられていて出ないはず。恐ろしくなって冷や汗を流していると、ジーグは続けた。
「僕の身体は病弱だけど、そのおかげか人の考えていることが手にとるように分かるんだ。カレン、最初に会ったときから君のことは分かっていたよ」
え、なにそれいきなり気持ち悪い。そう思うが、その思ったことすら分かってしまうのかと、慌てて口を押さえるように手をやるも通じてしまったようだ。ジーグは更に笑みを濃くする。
「本当に正直な人だ。だから、君と結婚したいんだ」
は?
唐突に言われた言葉に頭が追い付かない。正直って、初めて言われた。結婚したいって初めて言われた。
嘘だろう。逃げたいと思ってもしっかり掴まれたままの手。クスクスと上品にジーグは笑いながらツラツラと話す。
「初めて君と会った時、僕の目をしっかりと見てくれたよね。そのときに惚れたんだ」
「僕は病弱で人から同情の目を向けられることが多い。……わざとそれを利用して取引を上手く運べることも多いけど……嫌なんだ」
「だけど、君は僕を同情の目ではなくはっきりと見てくれた。例え、嫌悪感であったとしてもだ。君の瞳はしっかりと僕の目を見てくれた」
「因みに初めて会ったとき君は僕を見て。『顔色悪。今にも死にそうだわ』って言ってたよね」
やっば。あのくそ髭豚以外に通じる人がいたのか。しかし、くそ髭豚に通じた時は複雑な感情があったが、今は恥ずかしさと後悔が勝っていた。ジーグは続ける。
「それと僕は自身が長く生きられないことを知っている。自分の身体は自分が一番よく知っているんだからね。それなのに嘘八百を並べる医者達。両親でさえ、言葉を偽るんだ。ほら、目は口ほどに物をいうって言うだろう?そんなの分かるのにさ」
「そんな人達に囲まれた世界で生きてきたら嘘なんてすぐに分かる。そんな中で君は……嘘をつかない。例え君の言葉が周りから酷い言葉だと言われても僕には分かる。君は嘘をいわない。正直者だって」
綺麗な空色の瞳が真っ直ぐに此方を見る。それにボロボロと涙が溢れるのだった。
初めてだ。口の悪い私を見てくれた人は……。
車椅子の彼の膝にすがり付くようにして泣くのだった。
病弱で今にも倒れそうな白い顔をしているのに、何だか頼もしく見えるジーグに私は恋をした。
ジーグはそんな私を見て嬉しいよという。
「一年しか生きられないけど、カノンはそれでも本当にいいのかい?」
いいに決まっているだろう。ジーグはありのままの私を受け入れてくれるんだからと。
彼も僕もだよと言って二人して笑う。
そこで、私は重要なことを思い出した。
トリックが言っていた薬は不治の病も治せると。
あわててメモにそれを書いてジーグに見せると彼は本当なのかと驚く。しかし、首を振った。
「僕のために君の好きな声を無くすことはない。カノンの声を聞けないのは辛いよ」
少年のように幼い身体。しかし、性格も大人びている。いや、諦めているのだろうか。
でも、私は決心した。声は無くてもジーグがいる限り私で居られるのだ。
早く結婚しようとジーグに言い、執事から、やがて私の親に伝わった。
そして翌日……客室にいるとポンっという不快な音。いや、今となっては救世主だ。トリックに早く薬をくれと手を差し出す。
彼は無邪気な笑顔を浮かべて星のステッキを振った。小さな花火が飛び散る。
「わーい結婚おめでとー!これが薬だよー!」
小さな小瓶が宙から手元へ落ちる。中には虹色の液が入っていた。
「飲めばたちまち元気になるくすりだよー!」
それを聞き流しながら急いでジーグの元へ急ぎ、瓶の蓋を開けて、驚くジーグの口を無理矢理開けて飲ます。
ジーグは抵抗したものの、体力は私の方がある。
最後の一滴まで飲ますと、ジーグは涙目になっていた。
「く、苦しかった……」
息切れをしながら苦しそうに胸を押さえるジーグ。ちょっとエロいなと思いつつ、効果はどうなのかとドキドキしながら待つ。
「何をそれほど期待して……って、もしかして今のが魔法使いの薬?何で僕に飲ませたんだ!君の声が聞けると楽しみにしていたのに!」
怒りの衝動で私の方へ動くジーグ。あれ、私より大分背が高いのね。と呆然とする。なんと、ジーグが目の前で立っているのだ。
ジーグも驚いて自身の足元へ目をやる。足を上げ、下げを繰り返してから私へと目を戻した。
「僕の足で立ってる……立ってるよ」
よほど嬉しかったのか、私に抱きつくジーグ。しかし、以外と重たかったジーグに私は押し倒される形になった。
鼻が今にも付きそうな位置にジーグの綺麗な顔がある。私はキスをしたい衝動にかられた。彼も同じだったらしい。
軽いバードキス。だけど、それはとても甘かった。
「好きだよ、僕の命が続く限り君を愛し続ける。可愛い正直者な僕のカノン」
少年から大人に変わるような、憎たらしい顔を浮かべるジーグ。私は今さら恥ずかしくなって気持ち悪いと訴え、ジーグの顔が離れるよう手で抵抗するのだった。
××××××××××
美男美女の結婚式。噂が噂を呼び、人々が押し寄せ盛大に行われている。
その主役の二人を遠くで見守りながらグラス片手に飲んでいると、ポンッと言う不可思議な音と共に男の子が現れる。
「でも、良かったの?ベルおじちゃん」
普段の無邪気な顔ではなく、不気味な笑みを浮かべる小さな魔法使い。得たいの知れない存在。不可能を可能にする魔法というもの……。
それに協力する形となったが、私はこれで良かったと思う。
「娘が幸せになったんだ。これ以上の喜びはない。それに娘の声が必要だったんだろう。茶番にも付き合ってくれるくらいだ」
「なぁーんだ。ベルは分かってたんだね。そうだよ。僕が欲しかったのは彼女の声。カノンの声は魔法に干渉するものだったから。だけど、魔法使いは中々此方の世界に干渉出来ないから大変だったよ」
「彼の不治の病は……トリック様の魔法ですか」
「そうだよ。彼にはなにもなかったからこっそり付けて上げたんだ。だけど、そのおかげで特殊な能力が備わったみたいだね、良かったよ!」
子供がはしゃぐように声を上げる魔法使い。彼の気紛れで人生が狂ったかもしれない彼にすまないと思う気持ちと、これは墓まで持っていこうと心に決める。知らない方が幸せなこともある。
そもそも可笑しいと思っていたのだ。カノンの言葉に。彼女の言葉はとても心に来るものだった。私はずっと幼い頃より知っていたからそれほどでもなかった。
しかし、美しい容姿、見るものすべてがうっとりするほどの美女であるにも関わらず、縁談は必ずと言っていいほど破談になったのだ。
可笑しいと思っている所に目の前に現れた魔法使い。王族しか目にかかれることはないと言われる彼が急に現れたことで納得したのだ。
娘の運命は決められていると。
最初は絶望にも似た感情を抱いたが、幸せそうに笑っている娘を見て少し罪悪感が和らぐ。どうか、これ以上は娘には干渉しないで下さいとトリック様にお願いすると、彼は不敵に笑った。
「大丈夫。僕はもう何もしない。だけど、彼女が自ら突っ込んでいく可能性はあるかもしれないね……。じゃ、僕は行くね!もう会わないことを祈るよ!」
悪魔のように笑い、小さな魔法使いは消えた。私はグラスを落とし、泣き崩れるのだった。
「娘達が幸せに過ごせますように……」
××××××××××
私のミッションは失敗した。しかし、声を失ったもののジーグが居てくれるだけで私は幸せだった。
だけど、くそ髭ハゲ親父を殴ることは忘れていなかった。
「んんんんん!んんんんんんんんんんんんんっん!」
「いったぁーい。え、何々。ぶたやろう、てめえのせいでひどいめにあった。まぁ、そうだけどさぁ……少しは愛をくれてもいいんじゃないかい?」
悲しげに目をうるうるさせて此方を見るきもい親父。きもいけど、少しは感謝している。普通なら100回も破談していたら勘当されていても可笑しくなかったと思うからだ。
「んんん、んんんんん……んんんんん」
「すこし、すこしだけ……感謝するってえええええええええ!娘がデレた!ひゃっほーい!嬉しい!さすが我が娘!可愛い!」
キモい!と再度殴るも親父は嬉しそうな顔をしながら倒れていった。
一応感謝するが、相変わらずのキモさは変わらないのかと消毒しようと近くに居たジーグに抱きつく。
栄養を付けたジーグは少年ではなく、青年と呼べるまで身体付きがしっかりとしていた。
それに嬉しく好きだとアピールしていると、ジーグは照れ臭そうにして笑った。
「可愛い君との子供……欲しいな……」
それは早過ぎるわ!とジーグも殴って逃げる。
ああ、恥ずかしい。声が出なくなってからは手が出るようになってしまった。だけど、声が出なくても伝わることが嬉しいというのもあって……。
アイデンティティーだと思っていた声を失ったが、そのおかげで大切なものを手に入れることが出来て嬉しく思うのだった。