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謙遜と卑下

「…婚約?」


寝耳に水だった。


「お父様、でも、私はまだ7歳で…」

「お前よりも早く婚約してるご令嬢はたくさんいる。

むしろ、相手とゆっくりと愛を育むのには丁度いい年齢だと思うが。」


それは知ってる。

とりあえず抵抗できそうなことを言ってみただけだ。


一般的なご令嬢、しかも公爵家とあらば多少不美人であったとしても引く手あまた、婚家からも大切に扱われるであろうし、周りから羨まれるような結婚をすることは可能だろう。

しかし私の場合は違う。

どんなに気をつけていたって悪役令嬢になる可能性が非常高いのだ。

婚約相手がどなたであれ、相手も自分も不幸になることは間違いない。


私自身が不幸になるのはいい。

いや、よくはないが、とりあえず一旦脇に置いておくとして。

まだ見も知らぬ他人を私の因果に巻き込むわけにはいかない。


「なに、今すぐ決めろというわけではない。

少しずつ考え始めてはどうかという話だ。」

「でも、お父様…。

私のような不出来な者をもらっていただくのは相手の方に申し訳なくて…。

やっぱり私、修道院で生涯を送りたいと思うのです。」


父は眉尻を下げてため息をついた。

少し離れたところでナディアが俯く。


周りを困らせて悲しませているのはわかっている。

でも、自分と家族、相手を守る方法が他に思いつかない。

私は申し訳なさで思わず目を伏せる。


そんな私の頬に、そっと父が触れた。


「クラウディア…。

お前は私にとって大切な娘なんだ。

私はただ、お前に幸せになってほしいだけなんだよ。」


ますます申し訳なくなって目が潤む。

私は父の手に自分の手を重ねてうなづいた。





次の日、兄が部屋にやってきた。

仕事は休みをもらったのか、お昼間に。

今や若き王様の片腕として毎日忙しいはずなのに。

それもきっと私のせいだろうと、また申し訳なくなる。


兄は天気がどうとか、勉強の進み具合がどうとか、珍しく饒舌に話しかけてくる。

私はそれに相槌を打ちながらも、いつ婚約の話になるのかと内心怯えていた。


「それで、クラウディア、今度の休みは空いているか?」

「ええ、特に予定はございませんけれど…」

「実はお前とお茶を飲みたいという方がいるんだ。」


私の顔色が変わったのがわかったのか、兄は慌てて取り繕ったように手を振った。


「いや、気がすすまないなら断って構わないと言われている。

ただ気分転換になればと思ってな。」

「お兄様…でも…。」

「相手の方は私も親しくさせていただいている女性だ。

気さくな方だからクラウディアも緊張せずに話せると思う。

美味しいお菓子も用意して下さるそうだし。」


美味しいお菓子に少しぐらっとしかけたが、やはり気は進まなかった。

怖いのだ。

何が悪役令嬢へのきっかけになるかわからないのが、どうしようもなく怖い。

それで部屋からすら出られなくなってしまっている。

兄の心配はありがたい。

けれど、悪役令嬢になってしまったら兄にかかるであろう迷惑を考えると動けない。


「お兄様…。ありがたいお話ではあるのですが、私のような不出来な者が行けばお兄様の顔を潰してしまいます。

申し訳ないのですが…。」

「不出来とは誰が言ったのだ?」


かぶせるように、兄はまっすぐに私の目を見ながら私に問うた。

もちろん誰かに言われたわけではない。

勝手に私が断る言い訳に使っている、ていのいい言葉なだけだ。

困ったように視線を揺らしても、兄は視線をそらすことはない。

兄にごまかされる気は無い証拠に、重ねて聞いてきた。


「誰に言われた?」

「いえ…誰にも言われておりません。

私がそう自覚しているだけで…。」


兄は私の答えに眉根を寄せて小さくため息をついた。


「お前は公爵家の長女としての身分もあり、家庭教師について公爵家令嬢にふさわしい礼儀作法や教養、学問を身につけているはずだ。

もちろんまだ学んでいる途中だろうが、家庭教師たちからは今のところ特に問題があるとは聞いていない。

むしろ何事にも熱心で、教えられたことはその都度しっかり習得していると報告を受けているが、それは家庭教師たちの嘘だったのか?

私の機嫌を損ねるまいとした詭弁か?」

「いえ、彼らはそのような人間では…。」

「では自らのどこに不満があるのだ。

お前の立場になりたくてもなれない者はたくさんいる。

恵まれた環境にいるにもかかわらず、そうしてくよくよとしてばかりいるのは傲慢ではないのか?」

「…傲慢…。」


兄に返す言葉もない私をオリバーがかばう。


「アルドリック様!お言葉が過ぎるかと…!」

「いえ、いいの。ありがとう、オリバー。

おっしゃる通りだもの。」


傲慢。

そう、私は傲慢だ。


何が父に、兄に、家族に申し訳ないだ。

結局はそれを言い訳にして、自分が不幸になりたくないだけで、自分のために心を砕いてくれている人を拒否しているのだ。

そして自分は可哀想な人間だと殻に閉じこもってメソメソ泣いている。

大して努力もしないくせに。


「…すまない。言いすぎた。」

「いえ。お兄様は正しいです。

私は本当に馬鹿でご心配ばかりおかけして…。」

「クラウディア、お前は馬鹿ではない。

まだ7歳なんだ。

間違えてもいいし、失敗してもいい。

その都度正しい方に動ければそれでいい。」


兄は私に諭すように、言い含めるように、ゆっくりと穏やかに言った。


「まあ、急ぎすぎたのも悪かった。

お茶会の件はとりあえず保留としておこう。」

「よろしいのですか?

相手の方に失礼では?」

「あの方はそんなことは気にしない。

お断りしてもいいと言っただろう。

ああ、でも。」


兄は少し笑って可笑しそうに言った。


「きっとクラウディアがお邪魔したら大喜びなさるだろう。

妹が欲しかったのだとおっしゃってたからな。」

「妹…。私なんかでよろしいのでしょうか…。」

「それだ。」


どれがそれか分からずきょとんとする私に、兄は機嫌悪そうに指摘する。


「私『なんか』などと、自分を卑下する言葉を使うんじゃない。

謙遜と卑下は違う。」


すとんと兄の言葉が腑に落ちた。

なるほど、と素直にうなづく私を見て、兄は続ける。


「そうだ。私の自慢の妹を二度と馬鹿にするんじゃない。」


兄の後ろで、オリバーが満面の笑みを浮かべた。


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