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王妃

今回はクラウディアの兄視点です。


廊下の窓から、騎士団の訓練の声と木剣の合わさる音が聞こえる。

今日は一段と気合が入っているのか、いつもよりも賑やかだ。


私はそれに気をとられることなく早足で廊下を歩いていた。

これから急いで経理部に向かって書類のミス部分の確認を取り、今日中に直さなくてはならない。

歩きながらも数字を確認し直す。


突然、外から黄色い歓声が上がった。

思考の邪魔をされた私は、うんざりしつつその発生源あたりに目をやる。


視線の先には訓練場には似つかわしくないほど美しく着飾ったご令嬢たちが、熱い視線を騎士団員たちに送っていた。

彼らが手合わせをするたびに彼女たちは飛び上がって頬を染めつつ声をかける。

その姿は本当に健康的で、私の目はピンで止められたようにそこから動かなくなった。


風が頬を撫でる。

気づけば書類が何枚か飛ばされていた。

慌てて拾い集めていると、華奢な靴先が目に入る。


「アルドリック?」

「王妃様?」


なぜ彼女がこんなところにいるのか。

ここは王宮の中心部からはだいぶ離れたところだ。

怪訝に思って見上げると、彼女は幼い王子を傍の侍女に預け、しゃがみこんだ。


「珍しいのね。あなたが書類を落とすなんて。」


そう言って、彼女の足元にあった書類を拾って私にはい、と渡した。

この国の1番高貴な地位にいるこの女性は、こちらが戸惑うほどにその地位にありがちな高慢さはない。

よく言えば気さくなのであろうが、それが王妃という立場にはふさわしくないと非難する方も少なくない。


それでも、何が何でも彼女でなくては駄目なのだと年若い王はありとあらゆる障害をはねのけてご結婚された。

腐れ縁の運命か、私も随分手伝わされたものだ。

家に帰る暇もなかった。

しかし、王子を生んだ今も彼女を非難する声は止むことはない。

さすがに王の目が届く範囲では態度には出さないが、女性のみの場所などではあからさまに無視をされたり聞こえよがしに悪口を言われたりとなかなかひどいらしい。

我が家は王妃様をお守りする立場を取っている為、母が守れる時はできるだけ守っているようだが。


しかし、実のところ彼女の行動や言動など、大した問題ではないのだろう。

そこが攻撃材料として丁度良いと思われただけに過ぎない。

結局は、彼女では己が権力を握るのには不都合だというだけなのだ。

それが証拠に、一部の家では早速側室を差し出そうとして、王の怒りを買ったと聞く。


「申し訳ありません。

失態を。」

「何を見ていたの?

女の子?

誰か意中の方でも?」

「いえ、そういうわけでは…。

王妃様はこちらに何か御用がございましたか?

差し支えなければ私が承りますが…。」

「ただの散歩よ。」

「しかし、こんなところまで…。

具合があまりよろしくないと伺いましたが。」

「もう大丈夫。ゆっくり休ませてもらったわ。

産後は体重落とさなきゃいけないし。

それに。」


王妃は侍女から王子を受け取り、微笑みながら頬を寄せた。

幸せそうな姿はまるで教会にある母子像だ。

恐らくこんな姿が見たくて、王は毎日毎日怒涛のスピードで仕事をこなして日が沈む頃には自室に帰っていくのだろう。


「この子に色々見せなければいけないと思って。

この子が将来、この国を背負うのだから。

この国の人も、命も。」

「ギルバート王子も大きくなられましたね。

もう半年くらいですか?」

「そのくらいね。

あなたにはこの子をしっかり導いてもらわなきゃ。

あなたみたいに頭が良くなるように。

私に似ないといいのだけど。」


王妃は笑いながら私に向かって王子を差し出してくる。

慌てて書類を脇に挟んで、緊張しつつ王子を受け取る。

クラウディアが幼い頃、何度かあやした経験のおかげか、ギルバート王子が思ったよりも大人しかったからか、問題なく抱っこをすることができた。

王子は私を不思議そうにまっすぐ見つめてくる。

クラウディアの幼い頃を思い出して、思わず微笑むと、王妃が笑った。


「あなた、赤ちゃんの抱っこが上手なのね!

意外だわ。」

「年の離れた妹がおりますので…。」

「ああ、そうだったわね。

妹さんは今おいくつ?お名前は…。」

「7歳になります。名はクラウディアと申します。」

「クラウディア、綺麗なお名前ね。

それに、アルドリックの妹さんだもの、可愛いのでしょうね。

近いうちに是非お会いしたいわ。

いつがお暇かしら。あなた、聞いておいてくれる?」

「いえ、妹は…。」


言いかけた瞬間、書類が脇から滑り落ちた。

その音で腕の中の王子はびくっとする。

驚いて私の顔を見ているが泣く気配はない。

足元に散らばった書類を王妃の侍女が拾う。


「今、妹は、少し…その…。

お会いするのが難しいかもしれません…。」

「……あ……。

そうよね、私に誘われても困るわね。」


王妃は悲しそうな顔で俯いて、しかしすぐに笑顔で私を見上げた。


「私、もう少し王妃様らしくできればいいのだけど。

ごめんなさいね。

忘れて。」

「ち、違います!

妹にとっては光栄なことですし、妹は王妃様のことを悪く思ってなどおりません。

妹がお会いできないのは…妹個人の問題でして…。」

「個人の?どうかなさったの?怪我は治ったのではなかったの?」

「その節は色々便宜を図ってくださってありがとうございました。

怪我は治っております。

ですが…。」


また外で歓声が上がる。

先ほどのご令嬢の1人の頬が赤くなっている。

私にはそれが健康の象徴のような気がして、思わずため息をついた。


「…女性には…。」


窓の外で嬉しそうに笑うご令嬢たちから目が離せないから、王妃がどんな顔をしているのかはわからない。

そもそも彼女のような、自分より上の立場の方に聞くような質問ではないのだろう。


けれど、もう考えても考えてもわからないのだ。

部屋から出てこなくなってしまった、修道院に入れてくれと懇願する妹の笑顔をもう一度見る方法が。


「女性には、そんなに美しさというものが重要なのでしょうか…。」

仕事が立て込んでおりまして、更新が今までよりもゆっくりペースになります。

お待たせして申し訳ありません。

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