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二面性

私はハンナマリ嬢を見上げてにこりと笑いかけた。


「ハンナマリ様、こんなところにいらしたのですね!

探しましたわ。

ナープリ語を教えてくださる約束でしたでしょう?」


突然現れた話したこともない人からそんなことを言われて戸惑わない人がいるだろうか。いや、いない。

ハンナマリ嬢も当然、分かりやすく狼狽える。私はそんな彼女の手をぱっと取って『行きましょう』と言った。


「…ア…。」

「あら、ごめんなさい、お話中でしたのね。」


今気づいたとばかりにくるりと周囲を見れば、令嬢たちは目を伏せつつ手を振る。


「あ、いえ、大丈夫ですわ。」

「そう、たいした話ではなかったのでお気になさらず…。」


彼女たちの表情(かお)がどこかほっとしたように見えるのは私が穿った見方をしてしまっているからだろうか。その表情が先ほどの言葉を聞かれてないだろうことに安心したからなのだとすると、あの言葉たちはやはり悪意によって発せられたものなのだろう。


聞かれて困るような話ならばしなければ良いのに。

そう嫌味の一つでもお見舞いしてしまいたいという気持ちがむくむくと出てきそうになるが、そのせいでハンナマリ嬢がまたいじめられても困る。彼女の父親はカステヘルミ様の母国、隣国ナープリの外交大使だ。いじめが度重なっていけば、下手をすれば外交問題にまで発展する。

貴族ならばその辺の感覚も持ち合わせているのが普通だと思っていたが、どうやらそうでない方々もいるようだ。録音でもしていればその行いを糾弾して正すこともできようが、糾弾したところで彼女たちがどこまで(いじめ)の危険性を理解できるかはわからない。それどころか学校という環境の特殊性のせいで、ますますハンナマリ嬢の立場が難しくなるかもしれない。

と考えれば、ここは彼女を連れてさっさと退散するのが正解だろう。


「そうでしたか。では、失礼致します。」


微笑みを浮かべて去ろうとしたその時、1人の令嬢が私の腕を掴む。


「ク、クラウディア様!」

「え…はい、何か…。」

「あの、私、クラウディア様に…その、昔から憧れていましたの!」


思ってもみなかった言葉に、私は声も出せず固まってしまった。

そんな私に気づいてないのか、彼女は頬を桃色に染めながら瞳を潤ませて、畳み掛けるように顔がどうとか入学式の時の代表挨拶がどうとか言い続ける。


「特にその絹のような黒い髪、とても美しくていつも憧れてましたの!」


さっきまでハンナマリ嬢の髪を蔑んでいた口が、今度は私の髪をを褒めそやす。こんなわかりやすい二枚舌にお目にかかれるとは、さすがゲームの世界である。

彼女の言葉は嘘ではないのかもしれない。

けれどいくら私を賛美する言葉であったとしても、誰かを貶した言葉の後では嬉しさもありがたさもなく、ただただうんざりするだけだ。

私は下がりそうになる口角を必死に上げる。


「ありがとうございます。

ええと…ヘザー様でしたかしら。」

「はい!」

「ヘザー様の髪も素敵ですわ。銀色に輝く月のようですわね。」


その言葉にヘザー嬢ははにかむように頬を染めて俯いた。他の令嬢もキラキラとした目で彼女を見ている。はにかんだ彼女はとても可愛らしいし、嬉しそうな彼女を見守る2人の姿からは彼女たちの間にある美しい友情が感じられる。


その様子に私は感心さえしてしまった。

彼女たちは先ほど口を歪めてハンナマリ嬢を蔑んでいた令嬢と同一人物なのだろうか。そう疑ってしまうほどに雰囲気も表情もちがう。

一方では人を蔑み、一方では人を賛美する。その行動は、彼女たちの中では矛盾していないのだろう。


「どうしたらそんなに美しい髪になれますの?使ってらっしゃるオイルが違うのかしら。」

「いえ、侍女任せで大したことは…。」

「私も黒髪に染めてみようかしら。」

「私もそう思ってましたの!きっとみんな真似したがりますわ!」

「黒髪って聡明に見えますし、どこかミステリアスでもありますわよね。これも聡明なクラウディア様が黒髪だからそう思ってしまうのかしら。」


私そっちのけできゃあきゃあと盛り上がる3人は、私に手を握られながら私の後ろに隠れるように立っていたハンナマリ嬢に視線を向ける。


「ね、ハンナマリ様もそう思うでしょう?」

「…ハンナマリ様も、黒髪に染めたほうがよろしいのではなくて?」

「そうね、きっと美しく見えますわ。()()()も。」


その含みのある言葉に、ハンナマリ嬢の手がびくりと震える。

俯いたままの表情は今にも泣き出してしまいそうだ。


「…あら、私はハンナマリ様の髪に憧れていますから、ハンナマリ様はそのままでいてくださいな。」


令嬢たちは驚いたような表情(かお)で私を見ている。ハンナマリ様もだ。

私は微笑みながらハンナマリ嬢の髪にそっと触れる。

ハンナマリ嬢の肩がびくりと震えた。


「だって美しいのですもの。ハンナマリ様の髪にはイチゴみたいな可愛らしさがあってすごく魅力的ですわ。まるで可愛らしいお菓子の妖精のよう。

ね、皆様もそう思うでしょう?」


くるりと彼女たちを振り返れば、3人はちらちらとお互いに目配せをしながら曖昧な笑みを浮かべる。


「そう、ですわね。」

「ええ、まあ…。」

「ね、そうですわよね。

同じナープリ出身でもカステヘルミ様の髪色とは少し違いますのね。カステヘルミ様の髪は炎のようで情熱を感じます。『赤い髪』ってエキゾチックで素敵ですわね。」


カステヘルミ様の名前を出した途端、ハンナマリ嬢以外の令嬢たちが眉を顰めて少し身を引く。


空気がピリリとしたものに変わった。

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