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悪夢

何人も人が倒れている。倒れながら奇妙に笑っている。

どこも見ていないように、恍惚とした表情で。


妙な匂いが鼻をつく。腐りかけの果実のように甘く、不快な匂いだ。

辺りは白っぽい靄で包まれていて、きっとそれが匂いの元のなのだろうとぼんやりと思う。


ふと、倒れている人の中に良く知った金の巻き毛を見つけて私はぞっとする。

笑っている人々の中で、ギルバート様は目を閉じて死んだように倒れている。

その顔は真っ青で、息をしているのかもわからない。

けれど、私はなぜか確信していた。


今ならまだ()()()()


「~!」


私は大声をで彼の名前を呼んだ。

けれど、声は出ず、体も動かず、目の前で倒れているギルバート様に近づくことさえできない。

もどかしさと情けなさで涙が出そうになる。


早く。早くしないと。


震える手で無理やり伸ばした手に何かが触れた気がした。

暖かく柔らかいそれに包まれたかと思うと、私はぐいっと引っ張られる感覚を覚える。

まるで、悪夢の中から私を救い出そうとするかのようにそれは私をふわりと持ち上げた。

私は導かれるようにゆっくりと目を開ける。


光が見える。







「…ア…、ディア。」


気づけば私はベッドの上で、目の前には焦ったような顔のギルバート様がいて、部屋は暗く、見慣れない天蓋が目の端に見える。それが見慣れた自分の部屋ではないことが不思議で、これは夢の続きなのだろうかとぼんやりギルバート様の顔を見つめた。


「ディア、目が覚めた?」

「……は、い…。」


喉がからからでなかなか声が出ない。

絞り出すような私の返事に、ギルバート様の眉根が寄る。オリバーが、これまた焦ったような顔でコップに入った水を持ってくるのが見えた。


「飲める?」


私がこくりと頷きながら体を起こそうとすると、ギルバート様は半分ベッドに乗るような格好で背中を支えようとしてくださる。そしてオリバーからコップを受け取り、私に差し出した。

私がそれを飲んだのを確認してから、ギルバート様は私をのぞき込む。正確には、私の瞳を。


「大丈夫?」

「………ギルバート様?」


私はまだ寝ぼけていて、空になったコップをギルバート様がそっと受け取ってくださったことにお礼も言わないままぼんやりとそう聞いた。ギルバート様はにこりと笑って私の手をそっと握る。


「うん。具合は悪くない?」

「…なぜ…。」

「今来たんだ。ディアがうなされる声が聞こえたから。」


『うなされる』という言葉で私は夢の内容を思い出して身震いする。暑くもないのにじわりと汗がにじんだ気がした。

その様子を見たギルバート様は、安心させるように私の手をぽん、ぽん、と優しく叩く。


「大丈夫。私はここにいる。

アルドリックも、オリバーも。」


視線で促された方を見れば、小さく開いているドアの向こうには灯りがついている。その向こうには兄が仕事をしている姿が見えた。

暗くて表情はよく見えないが、ギルバート様の後ろにオリバーもいる。


「大丈夫。

みんないる。女官達も呼べばすぐ来る。大丈夫。

…何か欲しいものは?水、もう少し飲む?」


私は首を横に振り、ギルバート様を見る。

声が震えてしまう。


「……ギルバート様…。」

「うん?」

「悪い…、怖い夢を見て…。」

「大丈夫。ただの夢だよ。ディアは僕が守るから。」


そう言って微笑んだギルバート様は、握った手に少し力を込めた。


ギルバート様はご無事だ。

笑ってる。大丈夫だ。()()()()()


とてつもない安心感が私を包み、涙が出そうになる。

ギルバート様はまた笑みを深め、身を乗り出してキルトを私にかけた。


「ディア、寝ていいよ。まだ夜中だ。」

「バート様…私、夢で…。」

「うん、怖かったね。でも、大丈夫。」


目の上に小さな手が置かれる。

それは優しく私の目を閉じて、そっと離れていった。


「ここにいるから。ずっと傍にいる。

……おやすみ、ディア。」 


手に柔らかく温かいものがふわりと触れ、優しく包まれる。

さっきまであんなに怖かったのに、ギルバート様が手を握ってくださってるおかげだろうか、私は心ごとぬるま湯のような安堵で包まれた。

起きなければ。起きて話さなくては。頭のどこかではそう思っているのに、意識が少しずつ遠のいていく。


私はふわりと意識を手放した。







朝、目覚めた時にはもうギルバート様の姿はなかった。

ギルバート様付きの侍女たちに身なりを整えてもらい、徹夜明けらしき兄とオリバーに朝の挨拶をしていた頃、ギルバート様は起きていらっしゃった。


兄は私が夜中にうなされていたとは知らないように見える。ギルバート様もオリバーも、そんなことは無かったかのように振舞う。それは私に気を使っているようにも見えたし、あえてその話題を避けているようにも見えた。

冗談を言って笑ったり、数式の話をしたり。そんな和やかな雰囲気の中、朝から昨夜の気持ちの悪い夢の話をして皆の笑顔を曇らせることもためらわれ、私は言葉を飲み込む。


兄とギルバート様と3人で一緒にお食事をいただいて、庭を散策する間、私は何度もタイミングを見計らって話をしようと試みた。けれど、結局私は夢のこともカステヘルミ様のこともギルバート様にお伝えすることはできなかった。

私自身、思い出したくもないような夢の内容であったし、きっと疲れが出ただけだろうと思ったからだ。カステヘルミ様のことはまた中庭でお会いするなどしてお話しする機会もあろう、と。



数年後、私はそんな甘い考えをひどく後悔することになる。

少し仕事に追われているので、次の更新が少し遅れてしまうかもしれません。

申し訳ありません!

なんとか来週の土曜日に間に合わせるように頑張ります。

急に寒くなったので皆様、お身体ご自愛ください。

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