憂慮
今回のお話はオリバー視点になります。
「よろしいのですか?」
そうクラウディア様に確かめた時から少し違和感を抱いていたのだろう。
クラウディア様は不思議そうに首を傾げた。私はできるだけ声をひそめながらそれとなく尋ねる。
「もちろん私がずっとそばにはおりますが、クラウディア様が気づまりであるならば私が適当に理由をつけてグレゴリー邸へお連れすることも…。」
「ディア、お茶をどうぞ。」
私の言葉を切るようにギルバート様がお茶を勧めてくる。
意味ありげに私に微笑みかけてくるあたり、わざとなのだろう。
「ええ、いただきます。」
笑顔でそう返事を返しつつ、クラウディア様は私にこそっと耳打ちをする。
「大丈夫。
少し緊張するけどオリバーが一緒なら安心だわ。」
可愛らしい微笑みでそう言われては私もこれ以上言い募ることはできない。
そもそも不安だったのだ。この話が出た時から。
第一王子殿下、しかも7歳年下。それに加えて複雑な事情持ち。
いくら将来王太子妃になるであろうと言われても、条件が悪すぎる。
確かに美しい方ではある。噂になっているように天才でもあるのだろう。少なくとも早熟ではあるようだ。クラウディア様にバレない程度に向けられる私への含みのある冷たい視線は5歳児のものとはとても思えない。
クラウディア様はギルバート様を「弟」のようだと言っていたが、ギルバート様はそう思っていないことは誰の目から見ても明らかだ。あれは「姉を取られて嫉妬する弟の目」ではない。
「愛しい恋人に近づく男を牽制する男の目」だ。
彼女の前ではあまりそういったところは見せないのか、クラウディア様がただただ鈍いのか、その両方なのだろうが、こんな裏のありそうな王子にうちの可愛い姫様を託して良いものか。
グレゴリー家の皆様をはじめ、使用人皆で珠のように守ってきた方だ。
わざわざ傷つく可能性の高い場所に置きたいと誰が思うだろう。クラウディア様ならもっと、年頃も合う誠実な方との縁も望めるはずだ。
縁談が持ち込まれた頃、クラウディア様はいっそ不自然にも思える程に不安がっていた。ご両親も諸手を挙げて賛成してはいないと聞いていたし、アルドリック様はあれでいて随分なシスコンだから妹が不幸になると思えばすぐに婚約破棄に向けて動かれるだろうと思っていた。
けれど予想に反してお二人は心を通わせ、仲睦まじく過ごしていらっしゃる。
それが証拠にギルバート様は言わずもがな、クラウディア様はギルバート様の話をする時幸せそうに笑う。
だから許したのだ。
自分たちの姫様を託すことを。
けれど、本当に良かったのだろうか。
ほとんど音も立てず、隣室の扉が開く。
そこからひょこりと顔を出したのはギルバート様だ。寝られないのか、クラウディア様が寝るのを待っていたのか。
私は内心呆れながら声をかけた。
「ギルバート様、お休みになれないのですか。」
するとギルバート様は口に人差し指を当てて静かにしろと伝えてきた。そして小さな声で言うのだ。
「ディアが起きてしまう。」
やはりクラウディア様が寝るのを待って出てきたのだろう。
私はちらりとドアの隙間から部屋の外に目を向ける。アルドリック様が書類の処理をしている様子が見える。
アルドリック様に伝えようかとも思ったが、案の定、ギルバート様は私に向かって黙っていろとでも言うように首を横に振った。
そしてベッドの横の椅子に腰掛け、クラウディア様の手をそっと握る。
仲睦まじいのは素晴らしいことだ。我が主人を大事に思ってもらえるのもありがたい。
けれどいささか執着が行きすぎている気がする。
まるで初めて見たものを親だと思ってついて回る鳥の子のようだ。若干5歳だからなのか、5歳なのに、か、とにかく彼の心のほとんどをクラウディア様が占めているのは確かなようだ。
そんなことを考えていたから、まさか彼が私に話しかけてくるなど思ってもみなかった。
「お前はいいな。」
「は…。」
突然何を言われたのか分からず、私は言葉を失う。
彼は私の方は見ずに続けた。
「ディアといつも一緒だ。」
「…従者でございますので。」
「…そうだね。」
ギルバート様はやはりこちらを見ずに、クラウディア様の髪を一房指に絡ませる。
どこか寂しそうに。
「来年…。」
その言葉で私ははたと思い当たる。
来年、クラウディア様は学校に通われる。私やナディアもついていくとはいえ、基本は寮で過ごされて、家に戻られるのは週末のみだ。
きっとクラウディア様の世界は大きく広がり、ご友人もたくさんできるだろう。これまで以上に忙しくなるであろうし、お会いできる日も少なくなるかもしれない。
それが寂しいのだろう。
「…クラウディア様が学校に通われるようになってもこちらにはお約束通りいらっしゃるでしょう。
クラウディア様もギルバート様とお会いできる日を楽しみにされていますから。」
「…そうだね。」
思いがけなくギルバート様の年相応なところを発見したような気がして、私は微笑んだ。
けれど次の言葉にその微笑みは消えることとなる。
「お前はディアの…。」
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