感心
結局、私は今日は王宮に滞在するという提案に頷いた。
とはいえ、やることはいつもと特に変わらない。
お茶を飲みながら2人で話をして、数式の問題の解き方を一緒に学んで、一緒に戦略ゲームを楽しんで。
けれど一つだけ違うことがある。
ギルバート様が時々私の顔をじっと見るのだ。
もちろんこれまでも私を見ることは多かったが、それとは違う。何かを探るような、見つけようとするかのような視線でじっと見てくる。
おやつをいただく時も、お茶をいただく時も、数式の問題を解く時も。
そして、しばらくした後で安心したように笑って『今日の夕飯は何が食べたい?』などと聞くのだ。
数十分おきに、何度も、何度もそれが繰り返されている。
ギルバート様のお母様は表向き、病気で亡くなられたと発表されている。しかし亡くなられてから今までずっと毒殺の疑いが囁かれていることも事実だ。
だからギルバート様が私が毒殺されるのでは、とご心配になるのも分かることは分かる。分かるが、こちらとしてはあのキラキラとした瞳で、あの美貌でじっと見つめられるのだから目のやり場に困ってしまう。最初の何回かは目を合わせてじっと見つめ合うような形になったものの、あまりにそれが頻繁なので今や気付かないふりをしてやり過ごしている。
失礼かとも思うが、恥ずかしいのだから仕方ない。
今もまさにだ。
ギルバート様は私がお茶を飲むのを先ほどからじっと見つめている。
けれど、と私は思う。
カステヘルミ様達と交流することは、ここまで警戒すべきほどのことなのだろうか。
ギルバート様はカステヘルミ様が何かをなさると思っているのだろうか。
王妃様がご存命の頃はカステヘルミ様はまだこの国にいらっしゃっていなかったのに。さっきだって、カステヘルミ様もセバスチャン様も侍女の方も、決して私を害しようという素振りはなかった。好意的にさえ思えたほどだ。
では、ギルバート様はカステヘルミ様を誤解なさっているのか、それとも他に何か…、誰か…?
「アルドリック様がいらっしゃいました。」
その言葉で、私は思考の迷宮からふっと戻される。
顔を上げれば兄が優雅に挨拶をしながら部屋に入ってくるとことだった。オリバーも一緒だ。
「失礼致します。」
「アルドリック、いらっしゃい。今日はありがとう。」
「いえ。妹がお世話になっております。」
「ディアは私の婚約者なんだから『世話をする』はおかしいよ。」
ギルバート様の言葉に笑いながら私の隣に座った兄は、やはり先ほどまでのギルバート様のように私をじっと見つめる。
「お兄様、ご面倒おかけして…。」
「どうせ宮中にはいつも泊まってるから気にするな。
それよりクラウディア、何か変わったことはないか?」
「?変わったこと?」
「体が変だとか、頭がくらくらするとか…。」
「ございません。いつも通り元気ですわ。本当に何も…。」
兄までこんなに心配をするなんて、と困惑しながらも返事を返す私の目を、兄はしばらくじっと見つめる。それからふっと笑ってギルバート様に向かって小さく頷いた。
「ギルバート様、おそらく妹に問題はないでしょう。
このまま家に帰ったとしても…。」
「だっ!」
兄の言葉を聞いて慌てたようにギルバート様が立ち上がる。
テーブルの茶器がガチャと音を立てて、カップの中の紅茶がこぼれる。
それにも構わずにギルバート様はまくしたてるようにお兄様に訴える。
「アルドリック、ここには最高の医者がいる。ディアに何か異変があればすぐ治療ができる。もちろんグレゴリー家付きの医者も優秀だろうが、全体的に考えればここの方が安全だ。
ディアに不自由な思いはさせないし、望むことはなんでも叶える。
もちろんディアに不都合な噂は立たないようにする。この部屋に問題があるならアルドリックの執務室に移動する。私は床で寝るから問題ない。家から侍女でも侍従でも好きなだけ呼んでもいい。だから…。」
あっけにとられている私たちの顔を見てギルバート様ははっとしたように言葉を切る。
少し迷うように視線を彷徨わせ、それから少し小さな声で、けれどしっかり兄と目を合わせて、言った。
「…どうかディアと今日は一緒にいさせてくれないだろうか。
傍に、いたいんだ。」
兄は驚いたような顔で、けれどどこか感心したように顎に手を当てた。
「…父も許したことですし、クラウディアがそう望まない限りは家に連れて帰るつもりもありませんでしたが…。
いや、失礼。少々驚いてしまって…。」
「…すまない。無理を言っていることは分かってる。」
「いえ、そちらに驚いたのではなくて…。
ギルバート様は本当にクラウディアを大事に思ってくださっているのだな、と。」
真顔で恥ずかしげもなくしみじみと言う兄の言葉にギルバート様は真っ赤になる。
きっと私も同じか、それ以上に赤くなっているだろう。頭全体に血が上ったように熱くなる。恥ずかしさのあまり俯けば手は真っ赤で、頬もこれ以上に赤くなっているだろうことにますます熱が上がっていく。
あんなに綺麗な顔立ちをしているのに兄に浮いた噂一つない理由には、兄が仕事人間である以外にもあるのだと思わざるを得ない。
そんないたたまれない沈黙の中で、「うん。」と答えるギルバート様の小さな小さな声が聞こえた。
心臓の音がますます大きくなった。
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