心配
部屋を出ると、ギルバート様の護衛騎士が固い表情で私を待っていた。
「ギルバート様がお待ちです。」
「…はい。」
彼の言いたいことは分かる。
そうでなくても気に入られていないのだ。
案の定、人気の無い廊下に差し掛かった時、彼は私にボソリと言った。
「あまり不用意な行動を取られますな。」
確かに私のした行動は迂闊だ。
自分の身に危険は及ぶまいとも思ってはいたが、それでも第一王子殿下の婚約者としては迂闊な行動だったと言えるだろう。
だから素直に謝罪の言葉を口にする。
「申し訳ありません。」
「それはギルバート様におっしゃってください。
お止めするのにどれだけ苦労したことか。」
「え?」
「陛下のお手まで煩わせるなど、もってのほかです。」
「…分かっております。」
「よりにもよって『魔女』の元に…。」
思わず足が止まってしまう。
これは怒りだ。
私は彼女がそれを言われた時の表情をもう見てしまった。
だから、彼女を傷つけた、その嘲りを含んだ醜い言葉にひどく怒りを覚えたのだ。
「あなた、それって…。」
「今後、勝手な行動はお控えください。
これ以上ギルバート様にご負担をかけられぬよう。」
そう言って、彼はこちらを見もしないで廊下をつかつかと進んでいく。はなから私の言葉など聞く気は無いのだろう。
もはや言葉にされずとも分かる。ギルバート様がどうこうではなく、彼は私という人間を認めていない。
あまり人にそういった感情を抱かない私が、この時は明確に思った。
私はこの人が嫌いだ。
それからは一言も口をきかなかった。
カステヘルミ様を『魔女』呼ばわりしたことを許せない気持ちもあったが、この男に話して聞かせる気にはならなかった。
『喧嘩は好きな相手と分かりあうためにするものだ』と教えてくれたのは祖母だったか。嫌いな相手との喧嘩なんてエネルギーの無駄だからやめておけと、彼女が笑ったのを覚えている。
しかし、この男以外にもカステヘルミ様を『魔女』と呼ぶ者はいるだろう。彼らは本気でそう思っているのかもしれないし、みんながそう言ってるからという軽い気持ちで呼ぶのかもしれない。
けれど、その言葉はきっとどこかでカステヘルミ様の耳に入り彼女を傷つける。
私には何ができるだろう。
そんなことを考えているうちに、もうすぐギルバート様のお部屋、というところまで来てしまった。
心配をかけた自覚があるだけに、一体どのような顔をしてお会いすればいいのか分からない。心なしか足取りが重くなる。
扉を開けたら何と言おう。
すぐに頭を下げるべきだろうか。
やはり陛下についてきていただくべきだったかもしれない。
ああ、あと一つ角を曲がったらお部屋が見える。
そう、俯いて悩んでいたから全く気づかなかった。
私めがけて一直線に走ってきた、その姿に。
「ディア!」
「…バート様!」
焦ったような表情でギルバート様が私のそばに走り寄って、ぎゅっと私の手を握った。
そのまま私の全身を見ながら矢継ぎ早に質問を繰り出す。
「怪我はしてない?痛いところは無い?何か変なことは無かった?」
「何も、どこも何もございません。」
「何か口にはしなかった?」
「何もいただいておりません。」
「そうか…。良かった……。」
そう言うと、ギルバート様は握ったままの私の両手をこつりと彼の額に当て、大きくため息をついた。
小さく震える肩が、どれだけ彼に心配をかけたのか、私に伝える。
カステヘルミ様のお部屋で何も口にしなくて良かった。けれど、それはカステヘルミ様のお気遣いのおかげでもある。そして、それは彼女を傷つける行為でもあった。
それをどう伝えればいいのだろう。
「あの…。」
「そうだ、ディア!」
ギルバート様はばっと顔を上げ、私を見上げた。
「今日は泊まって。」
「え…。」
思いがけない提案に、私の思考は完全に止まり返事ができずに固まってしまった。
いくら婚約者といえどもお相手のお宅に宿泊するのは問題である。口さがない貴族に何と言われるか分かったものでは無いし、ギルバート様の年齢的にありえないとはいえ、この国では少しでも肉体的に関係を持ったと疑われれば重罪に問われてしまう。
それはギルバート様でも同じことだ。
ご心配をおかけした手前断りづらいが、はいそうですかと諾うわけにもいかない。
ギルバート様はそんな私の心中を知ってか知らずか、真剣な表情で私に言う。
「ディアが本当に大丈夫かきちんと見ておきたいんだ。
遅効性の毒もあるからね。
ここなら、国で一番の医者もいる。何より私が1番ディアのそばにいたい。」
「で、ですが、家族が心配いたしますし…。」
「それは大丈夫。
後でアルドリックが来るから。」
「お兄様が…?」
「先ほどアルドリックが同じ部屋にいるならと、グレゴリー卿にも許可をいただいた。父上もお許しくださってる。
もちろん緘口令もしいてある。
それならいいだろう。」
もう既に埋められ尽くしていた外堀の上に立って、私は再び言葉を失う。
いいのだろうか、本当に。淑女として、嫁入り前の娘として。
何か面倒なことになるのでは?悪役令嬢としての断罪の一歩となるのでは?
そう迷う私を、ギルバート様が心配そうに覗き込んでくる。
外堀を完全に埋めはしても私が承諾するかは自信がないのだろう。ギルバート様の瞳が不安そうにきらりと光る。
私は、この瞳に弱いのだ。
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