魔女
バァァァァァァン!!!
と、それはそれは大きな音とともに入ってきたのは、婚約式の時にお会いした皇帝陛下その人だった。
よほど勢いが大きかったのだろう。扉はまだびりびりと振動している。
「おい、こちらに…!」
陛下は大声を出しつつ、焦っているかのように部屋の中に鋭い視線を送る。
怒っているのだろうか。
私の手を握っていたセバスチャン様の手に、力がぎゅうとこもった。私は立ち上がりながらそっとセバスチャン様の手を引き、私の後ろへと誘導する。
陛下の目が私で止まる。
「!クラウディア嬢!!」
「はい、陛下。グレゴ…。」
「お怪我は!」
「え、いえ、ございません。」
「先ほど倒れていたであろう!
どこか痛むところはないか!頭や胸、腹は!」
「ど、どこも痛みません。あれは…。」
真っ青になりながら私に勢いよく近づいてきた陛下は、畳み掛けるように質問をしてくる。
そして私の説明を聞く前にくるりとカステヘルミ様に向き直り、大声を出した。
「なんでここにクラウディア嬢がいる!」
「陛下、落ち着いてください。今、私がご説明いたしますから…。」
侍女がカステヘルミ様の前に歩み出たことで、陛下の勢いは若干弱まる。
しかし眼光はまだ鋭く、尚も2、3歩、カステヘルミ様に向かって詰め寄ろうとする。
それを見てセバスチャン様が私の手を離し、カステヘルミ様の前に走り出ようとした。
「大人しくしていると言ったではないか!
そなたは異質なのだから。
だから魔女だなどと噂が立つのだ。」
セバスチャン様の足がぴたと止まった。
カステヘルミ様は無表情で陛下からは目を背けている。あの、可愛らしく悪戯っぽい笑みのかけらも見当たらない。いっそ冷酷に見えるほどの表情で一言、悪かった、とそれだけ言った。
それを見た陛下は急に困ったようにオロオロしだす。
「…あ、いや、違、あのな…。」
ああ、カステヘルミ様のあの表情を私は何度も公式行事で見たことがある。
その度に美しいと。美しいけれど冷たい表情だと、そう思っていた。
けれど違うのだ。
あれはカステヘルミ様の心を守る鎧だったのだ。
私は大きく息を吸い込む。
「太陽の御子、皇帝陛下にご挨拶申し上げます。
グレゴリー家が長女、クラウディアでございます。」
私はカーテシーをしてから縮こまりそうになる背筋をきゅっと伸ばす。それからできるだけまっすぐに声が通るようにお腹のところで両手をぎゅっと合わせた。
本来ならば陛下が他の方に話をしているのを遮るなど最悪のマナーだ。
けれど。
「恐れながら申し上げます。
こちらへは第二王子殿下にお礼を申し上げたく参りました。」
「…礼?」
「私が第一王子殿下より賜った品を拾っていただきましたゆえ。」
「あ…ああ…。そうか………。」
「先ほど床に倒れたように見えましたのは、私が体勢を崩しただけでございます。お優しい第二王子殿下は私を助け起こそうとしてくださいました。」
陛下がセバスチャン様に目を向けると、セバスチャン様はびくっと肩を震わせ、慌ててカステヘルミ様の後ろに隠れ、ぎゅうとドレスの裾を握った。
陛下はそれを見て、先ほどの勢いはどこへやら、意気消沈したように肩をがっくりと落とす。
「……騒いで悪かった。
ギルバートから珍しく使者があった故、慌ててしまい…。」
「バート様が…。」
「いや、本当に…だからといって申し訳ない。」
「…いや、原因は妾にあろう。」
カステヘルミ様がくすりと笑う。
「妾は『異質』で『魔女』なのだから。」
陛下を責めるようでもない、ただふと呟きが漏れたかのようなその言葉は、私の胸を締めつけた。
陛下は困ったように頭を抱えている。
『異質』とはなんなのだ。
国が違うことか?
言葉が?宗教が?習慣が?服装が?
肌や髪の色が違う?
それとも立ち振る舞いが違うこと?
それが『魔女』と言われる所以?
そこまで考えて、ふと、私は先ほどお菓子に手を伸ばさなかった自分を思い出す。
あれは『魔女』扱いではないの?
『異質』なものを警戒して、私もカステヘルミ様を『魔女』扱いしてしまったのでは?
それなのに私は正義漢ぶって、まるで自分はお二人の味方です、というような顔をして…。
「…子だぬきが心配しておろう。迎えもきているのだろう?
引き止めて悪かった。」
「いいえ!」
私は自己嫌悪から思わずカステヘルミ様の言葉に強く反応してしまう。
カステヘルミ様は驚いたような顔をしていたが、くしゃりと可愛らしく笑った。その顔は先ほどの無表情よりはよほどマシだが、けれどあの笑顔ではない。
「本当に楽しゅうございました。
是非、またお誘いくださいませ。」
本心からの言葉だ。
私はお二人に好意を持ち始めている。
このまま少しずつ交流を深めていって、お互いの人となりを知ればいつかは…。
しかし、カステヘルミ様は寂しそうな笑顔を浮かべる。
「いや、それは子だぬきが許すまい。
…妾も楽しかった。」
そして、あの可愛らしい、悪戯っぽい笑顔で『さようなら』と言った。足元にはセバスチャン様の悲しそうな顔が見える。
扉は、閉められた。




