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逃げる

「お前、この国の王子と結婚するのか?」


ずいぶん久しぶりの訪問になってしまった孤児院で、突然声をかけられた。

一瞬戸惑ってしまうほどのストレートな質問にポカンとしたまま顔をあげれば、例のあの男の子が私の隣に座ってこちらを見ている。

彼が自分から近づいてきたなんて!と、私はまた驚いてしまい、一向に言葉が出てこない。

まるでずっと威嚇してきていた野良猫が突然愛想良く近づいてきたような感動だ。


「…おい、聞いてんのか?」


痺れを切らしたような彼の言葉に慌てて答えようとすると、その前にオリバーが後ろから彼の頭を軽くはたく。


「グレゴリー家のお嬢様に対して『おい』とか『お前』とかいい度胸だな。

礼儀知らずにも程がある。自分の立場を…。」

「いいのよ、オリバー。私、まだ自己紹介できてなかったもの。

名前が分からないなら仕方ないじゃない?」


そう言う私に、オリバーは呆れたと言わんばかりの視線を送ってくる。

それから、ため息をつきつつ、彼と私の間に体をねじ込むようにして座った。


「私、クラウディアといいます。

ここのみんなはディアとかディーって呼んでくれてるわ。」

「…知ってる。」

「オリバーだ。」

「それも知ってる。」


オリバーから離れるように、体をのけぞらせながら彼は少し後退した。むすっとした口元は少し不機嫌そうにも見える。

けれど、彼は少し顔を赤くしながらもごもごと口を動かした。


「…ユリウス。

ユリウス・ベッガー。」

「そう、ユリウス、改めまして、よろしくね。」


そう言って私は手を差し出す。

何せ嫌われてると思ってた相手が自分から近づいてきた上に私の名前まで覚えていて、なおかつ自分から名乗るなど、想像もしていなかった。

本当に嬉しかったのだ。


けれどユリウスは私の手を見て困ったような顔をする。

少し馴れ馴れしくしすぎたかな、と私が手を引っ込める前に、オスカーが彼に目配せをした。

ユリウスは少し考えた後で、腰のあたりで手をごしごしっと軽くこすってから、私の手をそっと掴む。そして何秒もしないうちにすぐに離して、私の目を見てまた問うてきた。


「で?どうなんだよ。」

「え?あ、ああ、そうね…。」


この国の王子と結婚するのか、というのは簡単なようで私にとってはこの上なく難しい質問だ。


確かに現時点で私は第一王子様の婚約者ではある。

とはいえ、あくまでも「現時点では」。あくまでも「婚約者」。

確実に結婚する保証はない。


もしゲームの通りにことが進めば、ギルバート様は18歳で運命の相手と出会って愛を育まれるだろう。ゲームどおりにならなくとも、ギルバート様が年頃になればご自分と歳の近い、可愛い令嬢に心を移される可能性は高い。

もちろんその運命に抵抗するつもりなどないし、ギルバート様の恋を潰してまで彼や地位にしがみつきたくはない。

彼は彼の愛する人と幸せになるべきなのだ。諦めなどではなく本当にそう思っている。もはや私の中で大事な人の1人となりつつあるギルバート様の障害になりたくはないのだ。


ただ私は、私の悪役令嬢としての運命にだけは逆らいたいと思っている。

私1人が不幸になるのも嫌だというのに、周囲を巻き込んで不幸になるのはもっとごめんである。


黙りこんだ私の顔を、ユリウスは眉間に皺を寄せて覗き込んできた。


「本当だ。

お嬢様はギルバート様とご結婚されて王妃になられる。」


私が困っていると分かったのだろう。オリバーが代わりに返事をしてくれた。

ユリウスはその言葉を聞いて思い切り顔を顰める。


「…ギルバート王子ってまだ5歳だろ。」

「そうね。」

「お前は…。」

「12歳になったばかりだわ。」

「…7歳差!?そんなの、お前絶対に捨てられ…!」


ごすっと鈍い音と共に、オリバーがユリウスの頭にげんこつを落とす。

相当痛かったのか、ユリウスの目には少し涙が浮かんでいる。


「痛ってえ…。」

「うるさい。」

「あんたもそれでいいのかよ。クラウディアの従者だろ。

不幸になることがわかってるのに。」

「お嬢様を呼び捨てにするな。

それと、不幸になるなんて決まってない。そういう人が多いからって、お二人がそうなるとは限らない。」

「でも可能性は高いだろ。」

「あの、でも、私は…。」

「もうずっと前に決まったことだ。すでにお二人は良い関係を育んでいらっしゃる。

今更しゃしゃり出てきて勝手なことを言うな。」

「今更とか関係ない。

まだ結婚してないなら間に合う。逃げればいいだろ。」


私を無視したまま進んでいく2人の会話についていけず、内容も把握しきれないまま2人の顔を交互に見るしかなかったが、そのユリウスの言葉は妙にすとんと私の中に落ちてきた。


「…考えたこともなかったわ。」

「クラウディア様?」

「今から考えればいい。」


ユリウスは真剣な顔で私をまっすぐ見据える。


「逃げればいい。

あんたが1人じゃ不安だって言うなら俺が…。」


再びごすっと、先程よりも大きく鈍い音がする。

オリバーがひどく怖い顔でユリウスの頭にげんこつを落としたのだ。


「まだ独り立ちもできてないガキが馬鹿言うんじゃない。」

「ガキじゃない。」

「お前、まだ11か12だろ。十分ガキだ。」


ユリウスの目には先ほどのように涙が滲んでいた。

けれど、その原因は痛みだけではないのだろう。

それは証拠に初めて会った時のように、オリバーをきつく睨みつけている。

私は取りなすようにあえてにこりと笑った。


「ありがとう、ユリウス、心配してくれたのよね。」

「それもあるけど…。」

「でも大丈夫。

私、ギルバート様が大好きなの。ギルバート様はすごく素敵な方だわ。

私、一緒にいてとても楽しいの。」


それから、私はオリバーに目を移す。


「それに、私に何かあればオリバーが守ってくれるわ。

そう約束したの。ね。」

「ええ。お嬢様のおそばでいつまでもお守りいたします。」


オリバーと目を合わせて笑い合うと、ユリウスは少し拗ねたように口を尖らせた。


「…本当に仲良いんだな。」

「ええ!オリバーは私の騎士だもの。」

「光栄です。」


ユリウスは私とオリバーをじっと見てから、への字口でふーん、と呟いた。

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