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ありがとう

今回もクラウディアの兄、アルドリック視点でのお話です。

小さくみっつ、扉がノックされる音が聞こえた。

途端に、隣の席に座っているギルバート様がびくりと肩を跳ね上げ,落ち着かなげに膝の上の手を組み替えた。

その目線は扉にまっすぐに向かっている。

ためらいを一切感じないその視線は熱を帯びているようでもあり、思わず笑みが(こぼ)れた。

そう遠くない昔、同じものを見たことがある。


扉が開くとクラウディアが微笑みながらふわりと頭を下げた。


「お待たせして申し訳ありません。

ようこそいらっしゃいました、ギルバート様。」


そう言って、クラウディアが顔を上げてにこりと笑った瞬間、王子は縫いとめられたように動かなかった視線をパッと逸らした。ご丁寧にも眉間には小さく皺が寄っている。


何もこんなところまで似なくてもいいのに、と私はまた笑う。

とはいえ、何も知らないクラウディアから見れば、幼い婚約者が自分を見た途端にしかめっ面で目を逸らすのだ。その場は気にしていない(てい)を装えるかもしれないが、本心では嫌われていると誤解してもおかしくはない。

私は不自然にならない程度に明るい声でクラウディアに声をかける。


「ああ、来たか。

こんな早くに急に悪かったな。」

「いいえ。今日はたまたま予定が空いていて退屈しそうでしたの。

ですから来ていただけてとても嬉しいですわ。」

「クラウディア、こちらにお座りなさい。

ギルバート様が花束を持ってきてくださったのよ。」


母がテーブルの上の花を示して笑う。

それはなんということのない、その辺の野原で摘んできたような素朴で小さな花束で、それに合うようにだろう、飾り気のないガラスの花瓶に生けられていた。


あまりにも野性味に溢れているそれは、一部の者、特に上流階級と呼ばれる者にはそこらに生えている雑草の束のように見えるだろう。

何も知らない者に、これはこの国の第一王子から婚約者である公爵令嬢への贈り物である、と言ってもおそらく誰も信じるまい。そちらの方にはとんと疎い自分でさえ、女性への贈り物としては落第点の代物であろうことは分かる。

もしこれを婚約者から贈られれば、大概の御令嬢は婚約者に嫌われていると解釈するだろう。そしてそれはその後の二人の関係に大きく影を落とすきっかけとなるに違いない。


だからギルバート様付きの従僕や侍女は薔薇やダリヤや他の、贈り物に相応しい花を持っていくよう提案していたのだ。最後の方はほぼ全員で必死に説得しているといってもいい程だった。

けれど、ギルバート様は頑として首を縦には振らず、自ら庭で摘んできたこの花束を持っていくのだと言って譲らなかった。

おそらくそこには彼なりの何か、理由のようなものがあるのだろう。


とはいえ、その理由がクラウディアに通じるかどうかはわからない。

案の定、クラウディアはこの花を見て驚いたような表情を見せた。


「クラウディア、この花は…。」


何かフォローを、と慌てて口を開くも、それを聞く前にクラウディアは花を見てふわりと微笑んだ。それはそれは嬉しそうに。


「…私の好きなお花ばかりですわ。」


そう言って、クラウディアはギルバート様の隣に腰掛けた。

ギルバート様もおずおずとクラウディアに視線を合わせる。


「摘んできてくださいましたのね。ありがとうございます。」

「…ありがとう。」


『ありがとう』に『ありがとう』で返され、意味がわからなかったのだろう。

クラウディアは微笑んだまま首を少し傾げた。


「ありがとう。大切にする。」


もう一度、ギルバート様は繰り返した。手に、クラウディアが縫ったハンカチを握って。

クラウディアもそれに気づいたのだろう。


「…もしかしてそれを言うために来てくださいましたの?」


ギルバート様は一度頷いた後で、自分の隣に置いた箱をクラウディアにぐいっと差し出した。


「これも。『どうぞ』。」


クラウディアは勢いよく目の前に差し出された贈り物に驚いたようではあるが、そっとその箱を受け取り、『開けてもよろしいですか?』と尋ねた。

ギルバート様が再びこくりと頷いたのを確かめてからクラウディアが箱を開けると、そこには花や鳥やハートの形の、可憐な飾り付けをされたクッキーが入っている。

クラウディアの後ろにいる母上からもそれが見えたのだろう。『まあ、可愛い!』と口を押さえた。


「とても可愛いですし、美味しそうですわ。

食べるのがもったいなくなるくらい。

いただいてよろしいのですか?」

「この間、美味しいって言ってたから。」


そう、ギルバート様に言われた途端、なぜかクラウディアの顔から笑みが消えた。

じっと見入るようにクッキーの箱を見つめるクラウディアの目には涙さえ浮かんできているようで、私は訳がわからず困惑する。


先ほどまでの和やかな空気は、ひょっとしたらクラウディアが無理して作り出したものなのかもしれない。

しかし、雑草のような花束にはあんなに嬉しそうにしていたのに、精巧で可愛らしいクッキーを見てこの反応とは一体どういうことなのか。

ギルバート様もクラウディアの反応に違和感を覚えたらしく、心配そうにじっとクラウディアを見つめる。


何が原因で、クラウディアの心の中で何が起こったのかはわからない。

わからないが、その原因を究明するよりも、とりあえず今はこの張り詰めた空気をどうにかしなくては。

そう思って口を開こうとした、その直前、クラウディアがゆっくりと顔を上げた。

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