懇願
今回はクラウディアの兄,アルドリックからの視点です。
また,今回,少々話が過去に遡ったものになっています。
「……馬鹿にしてるのか?」
「まさか!」
「なら、俺を側近から外したいんだな。
わかった、今すぐ外れよう。」
「待て!アルドリック、頼む、話を聞いてくれ!!」
足早に去ろうとする私の前に必死な顔をしたこの国の王、ランベルトが立ち塞がった。
私はその顔を軽蔑したように睨む。
彼は頭脳派の自分とは違い、筋骨隆々の見るからに頑強な男である。
おそらくランベルトにかかればヒョロヒョロの自分の動きを封じることなど訳はないだろう。
だからといってこの件に関して自分は折れることはあり得ない。
「お前には妹の話をしてあったはずだが?」
「もちろん!何度も聞いてるさ。
努力家で優しくて素直で少しおっちょこちょいで可愛いって。
学生時代からだ。もう耳タコだよ!」
「そう、それに加え、妹の自己肯定感の低さについても話したはずだが?」
そういえばアレはこいつの結婚の頃だったか。
男爵家の娘を正妃として娶りたい、側室はいらない、というこいつの我儘に巻き込まれ、それを叶えるためのすったもんだにどれだけ付き合わされたか。
あの時期,必要に迫られて必死に謀略、小細工、いかさま一歩手前のあれこれを身につけた。
そう思えば無駄な努力ではなかったのだが、それでも未だに後悔してもしきれないこともある。
あの時期、少しでも家に帰っていれば。話を聞いてやっていれば。食事だけでも一緒にとっていたら。
そんなことをしても何も変わらなかったかもしれないが、それでもあの時、何かできたことはあったのではないかと今でも思ってしまう。そうすれば、クラウディアは、命の危険にさらされることもなく、なんの憂慮もなく、今頃一点の曇りもない幸せの中で暮らしていたのではないだろうか。
あんな風に、修道院に入りたいのだと、若干7歳で人生を悲観することもなく。
「でも、第一王子の婚約者で将来はこの国の王妃だ。
それは彼女自身が認められたのだと、そう思ってもらえれば…!」
「へえ、で、お前はそんな一時の充足感のために俺の妹に人生を捨てろと言うのだな。」
「人生を捨てるって、そんなことには俺が絶対に…。」
「妹をハンナ様の二の舞にさせる気はない。」
ランベルトの顔が途端に泣きそうになる。
分かってて彼の1番痛いところを突いたのだ。
王妃の座につくことは栄誉なことではあれ、そこには尋常ではない危険がつきまとう。毎日毎日、命をかけて王妃という仕事をこなしているようなものだ。
「ハンナのことは…俺は今でも自分が許せない。
守ってやると言ったのに,結局俺の力が足りなかった。今後何年かけてでもハンナの仇をうつ。
でも,ハンナは男爵の出だった。だから敵も多かったし,俺やお前や俺の側近しか守れる者がいなかった。
だが,公爵令嬢ともなれば…。」
それはそうだろう。
もちろんハンナ王妃の時も我が公爵家が全面的にバックアップしてはいたが,何せ敵が多すぎた。ほぼ有力貴族全員が敵だったと言っても過言ではない。24時間体制で守ってもどこかに穴ができてしまった。
その点,万が一,クラウディアが王太子妃ということになればそもそも手を出してくる奴はまずいない。その上で護衛はもちろん,暗殺者や刺客などを充分に雇い確実にクラウディアを守るだろう。ハンナ様の時のような悔しい思いを二度としないためにも。
ただし,問題はそれだけではない。
「そうだな,もしクラウディアがそういう立場になったら俺も両親も死ぬ気で守るだろうよ。」
「だろう?」
「だが,命があればいいというもんじゃない。
ハンナ様はそれでも幸せな時期もあっただろう。お前に鬱陶しいくらい愛されてたからな。
だが,妹はどうなる?7歳も年下の王太子と夫婦になってうまくやっていけるとでも?」
「歳は関係ない。」
「ギルバート様がそう思う保証がどこにある。
俺は妹に不幸な結婚生活を押し付ける気はない!」
最後の方は怒鳴るみたいになっていた。
自分にとってもギルバート王子はもはや甥のようなものだ。どうにかして守り切るつもりだし,国民を守り,国民の敬愛に値する王になれるよう,精一杯近くで支えていくつもりだ。誰が王妃になろうとだ。
だがそのために妹を犠牲にするつもりはない。
大きくなった心臓の音をどうにか沈めようと目を閉じて大きく息を吐く。
だが,目を開けた時にランベルトがひざまづいている姿が見え,ますます憤りが増す。
「立て。無駄だ。」
彼は私の声など聞こえないように,そのまま頭を地面に擦り付けた。
「クラウディア嬢が嫌なら断ってもいい。」
「聞くまでもない。」
「頼む。本人に一度話をしてくれ。」
「クラウディアを追い込むことになる。あの子の性格では断れない。」
「ならば命令ととってくれても構わない!」
思い切り軽蔑した目を向けると,彼は泣きそうな顔を上げ,もう一度土下座をした。
「ギルバートは今後,複雑な立場に置かれる。
俺も表立っては守ってやることが難しい。
お前たちに託すしかないんだ。」
再婚相手の姫の出身,隣国の手前,確かにランベルトがギルバート様の方を優先するわけにはいかない。
ならば再婚をしなければ,というわけにもいかない。この婚姻はもはやこの国の存亡に関わる重大な政治的案件だ。愛も恋もそこには当然無い。国民を守るための,王としての仕事のようなものである。
「…クラウディアが婚約者でなくともギルバート様のことは守るつもりだ。」
私はひざまづいている,体の大きさの割に小さく見える友の前にしゃがみ込む。
するとランベルトは私の肩をガシッと強く掴んでくる。
「クラウディア嬢がいいのだ。」
「…決めるのはお前じゃなくてギルバート様だろう。」
「あの子が生き残るには政略結婚しか道はない。
ならば,クラウディア嬢がいい。」
「だから…。」
「お前の妹だからというだけじゃない。
あの子は優しい!」
思わず黙ると,ランベルトは唾が飛ぶほどの勢いで言葉を続ける。
「8歳になったばかりで自分はもう大丈夫だと言える子なんだろう?」
「それは…。」
「どんな者にも優しく向学心にあふれ,周囲のことをまず考える子だと聞いている。
その上,最近じゃ孤児院へ定期的な訪問をしたいと考えているそうじゃないか。」
「…調べたのか?」
「調べたさ!クラウディア嬢だけではなく全ての有力貴族の御令嬢をな!
…俺も父親だ。ギルバートには幸せになってほしいんだよ。
そして,それができるのはクラウディア嬢しかいないと,そう,確信した。
妹を大事にしてるお前がひどく怒るだろうとは思ったが,それでも,ギルバートに相応しいのはあの子しかいないと思ったんだ。
…すまない。」
涙をこぼす友に、ハンカチを手渡す。
彼はお礼を言いながらそれを受け取り,乱暴に拭った。
「…聞くだけだ。」
ランベルトはガバッと顔を上げた。
私は立ち上がってその顔を見ないようにしながら深くため息をつく。
「クラウディアが嫌そうな素振りを見せればこの話はナシだ。」
「ああ,ああ、もちろんだ!」
「もちろんこの縁談が壊れた時のクラウディアの補償も今全て約束してもらう。
クラウディアの将来に傷一つつかぬよう,皇室で全面的に責任を持て。」
「もちろんだ。
何があろうと俺がクラウディア嬢の味方になる。」
そんな怒鳴り合いからもう何年経っただろうか。
ギルバート王子は今、私の隣で緊張した面持ちで母と話をしている。
今でもこの婚約に心から納得はしていないが、とギルバート様の横顔を見る。
その時,扉をノックする音が聞こえてきた。
ギルバート様の方がびくりと跳ねた。
更新が夜中になって申し訳ありませんでした。
日曜日に間に合わなかった…!




