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着飾る理由

結局、ギルバート様にお手紙は書かなかった。


先日、ついに完成した猫とイニシャルを刺繍したハンカチは、結局、兄からギルバート様にお渡しいただけるよう、昨日手紙でお願いした。

それは結局は私が不安を払拭できなかったからに他ならない。

オリバーに手紙とハンカチを託す際、オリバーは『本当にいいのですか?』と聞いてきた。『直接お渡しになった方が御喜びになると思いますよ。』と。

けれど、私の不安を耳にしたからだろう、私が首を振った後はもう何も言ってはこなかった。

ナディアはあの後からたまに気遣わしげな視線を送ってくる。


たまに、心の中にあのきらきらと色を変える瞳が浮かぶ。

その度に心のどこかが痛むけれど、これでいい。

最初の予定通りになるだけ。妙な期待をしないで一年に何回かお会いすれば、それで義理を果たしたことになる。

しばらくはこの痛みと付き合うことになるだろうけれど、きっと時がたてばそれも薄れていくだろう。

それは少し寂しくもあるけれど。


「クラウディア様、今日の髪型はどうされます?」

「そうね、今日はお作法と語学とピアノの授業だけだから邪魔にならないように…。」


ばたん、ざわざわ、パタパタ…

どこからかかすかに騒がしい音が響いてくる。

屋敷内ではありそうだがだいぶ遠いから、玄関あたりだろうか。


「なんだか騒がしいですね。」

「ええ、何かあったのかしら。」


それからすぐに、部屋の扉が3回、少し速めにノックされる。

侍女が扉を開けると、妙に緊張した顔のオリバーが妙に肩に力を入れて立っていた。


「クラウディア様、早くから申し訳ありません。

…先程、アルドリック様がお帰りになられました。」

「お兄様がこんな時間に?」


そもそも家にはあまり帰ってくることすら珍しい兄だ。

それが午前のこんな早い時刻から帰ってくるなんて…と私が驚いていると、オリバーが緊張した面持ちのまま続けた言葉はもっと耳を疑うものだった。


「それと…ご一緒にギルバート・ファレル・ハーバート様、第一王子様がいらっしゃいました。」

「え…。」


思いもよらないことに頭は真っ白になる。

何も頭に浮かんでこない。

口を何度か開け閉めして出てきた言葉は大変間抜けなものだった。


「…な、何をしにいらしたのかしら…。」


少し、オリバーの目が呆れたものになった気がする。


「…まあ、ともあれ、今は奥様が応接間で御対応されています。

クラウディア様にもお越しいただくようにとのことでした。

ご準備ができましたら声をおかけください。」


それだけ言うと、オリバーは扉の外に出ていく。

私は脳の処理速度が突然落ちてしまったように、状況を把握できないままぼんやりと椅子に座っていた。

そんな私に構うことなくナディアは私の髪に素早くラベンダーオイルを塗り込んでいく。

私はぼーっとしたまま鏡を見て、今日のナディアの手の動きはとんでもなく速いなと、そんなことしか頭に入ってこなかった。

ナディアは私の髪を上半分だけまとめ、あとは美しく垂らすと、クローゼットの中のドレスをいくつかベッドの上に放り出して吟味を始める。

その辺りでやっと頭が動き始めた私は慌てて立ち上がった。


「なんでもいいわ、お待たせしちゃうから…。」

「なんでもよくありません!」


ピシャリと私の言葉を遮ったナディアはあれでもない、これでもない、と素早くドレスを選別していった。

その中でやっとナディアのお眼鏡にかなった白く控えめな、小さな花柄のドレスを手際良く私に着付けていく。

いつになく怖いほど真剣なナディアの様子に気圧されて、私はおとなしくされるがままにする。

ナディアは手を休めることなく、私に言い聞かせるように言った。


「クラウディア様、不安な時は綺麗に着飾らなくてはいけません。」

「…着飾る?…不安な時に?」

「不安は恐ろしいものですわ。靄のようにご自分の価値を見えなくしてしまいます。

そうするとご自分に価値がないように思えて自信がなくなって、ますます不安になっていくのですわ。

美しく着飾ることはその悪循環を防ぎます。自分を守る心の鎧となるのです。」


ナディアは最後のボタンを留め終わると少し離れて私を上から下までじっくりと眺めて、うん、と頷いた。

それから、クローゼットの奥から小さな箱を取り出す。

その中の、ギルバート様にいただいた薔薇の髪飾りを私の髪につけて、ナディアは私を鏡の前に立たせる。


「ご覧ください。

クラウディア様は本当にお可愛らしいのですわ。」


ナディアはそう言ってくれるけれど、私は自分の顔が好きではない。

髪は真っ黒で量が多くて真っ直ぐで野暮ったい。

茶色がかった瞳も面白みがないと思うし、肌の色もそこまで白くない。

丸い頬といい、小さめの鼻といい、好きではないところばかりだ。


けれど、鏡の中の私はナディアの手で美しく整えられた髪と見繕ってもらったドレスのおかげで、確かにそれなりに可愛く見える、気がする。

鏡越しに私を見るナディアは私を元気付けるようににこりと笑う。

私は肩に置かれたナディアの手の上に私の手を重ねた。


「ナディア…ありがとう。」

「さ、いってらっしゃいませ!」

「…ええ!」

世の中、大変な状況になっていますが、皆様、お元気でお過ごしでしょうか。

私は仕事もやっとひと段落つき、体もだいぶ癒えてまいりました。やっとそこそこコンスタントに更新していけそうです。

お待たせしてしまった方には本当に申し訳ありませんでした。

待っていてくださって、本当にありがとうございます。

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