想起
「クラウディア様。」
そう、この名前。
私の、この世界での名前。
「不完全な」なんていうあまり良くない意味がある割に、ここでは大して珍しい名前ではない。
かくいう私も響きが綺麗で気に入っていた。
でもなぜか引っかかる。
どこか聞き覚えがあるような…。
しかし、頭には相変わらずもやもやと靄がかかっていて、どうしても思い出せない。
私が返事もせず難しい顔をしていると、ナディアが心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「クラウディア様?
…どこか痛みますか?まさか頭が⁈」
ナディアの顔はさっと青くなった。
言うが早いか、急いでお医者様を呼びに行こうとする。
しまった。
この優しい人にこれ以上心配をかけたくない。
私は慌てて表情を取り繕う。
「違うの、ごめんなさい、大丈夫。
ちょっと考え事をしてただけなの。」
ナディアは振り返って心配そうに私の様子を伺う。
私は首を傾げてにこりと微笑んだ。
「本当よ。ずっと寝てばかりだったからちょっと退屈でぼんやりしてたの。」
嘘ではない。
体もだいぶ良くなったのに、皆、心配してなかなか動くことを許してもらえない。
7歳の子供にとって、ほとんどの時間をベッドの上で過ごすというのは退屈なものだ。
すると、安心したようにナディアも笑った。
「クラウディア様、お外は晴れていますよ。
窓を開けましょうか?」
「ありがとう。」
確かにいい天気だった。
時折そよそよと気持ちのいい程度の風が吹いて、庭の花の香りを運んでくる。
それと同時に、風に乗ってかすかに金管楽器の音色が聞こえてきた。
踊り出したくなるような楽しげな音楽だ。
ガヤガヤと、人がたくさん集まっているだろう音もする。
「今日はずいぶん賑やかなのね。」
「ええ、昨日、王太子さまがお生まれになられましたから。
今日から1週間は毎日お祝いですよ。」
「へえ、王太子さまが…。」
そういえば王様のご成婚は去年だったか。
幼馴染同士の、純愛を貫いてのご成婚にメイド達が騒いでいたのを思い出す。
若く美しい新婚夫婦を国民は皆大喜びしてお祝いしたものだった。
「お名前はギルバート様と付けられたそうです。
なんでも「輝かしい願い」という意味だとか…。
王国をますます輝かせてくれるような、素晴らしい王様になられるといいですね。」
思わず息を飲んだ。
晴天の霹靂とはこういう時に使うのだろうか。
あまりの衝撃に息ができない。
うまく動かない口を無理やり動かす。
声がかすれてしまった。
目を閉じると頭がぐらりと揺れた。
口に出すのが怖い。
言葉にしたら、きっと思い出してしまう。
けれど。
「………ギルバート、様…?」
「はい、ギルバート・ファレル・ハーバート様です。」
「ギルバート、ファレル…ハーバート…。」
「ひょっとしたらお嬢様も将来はご縁があるかもしれませんね。
なにせグレゴリー家ですもの。
結婚は同格以上の相手がふさわしいものです。
となるとありえない話ではありませんわ。
まあちょっと年は離れてますけど、クラウディア様のお美しさなら…。」
嬉しそうににこにこと話すナディアに答えることができない。
血の気が引くと体は冷たくなるのだと、頭の片隅で関係ないことを思う。
体が震え出し、それを抑えようと自分の腕で自分を抱く。
返事のない私の異変に気付いたナディアが慌てて駆け寄ってきた。
「クラウディア様⁈
どうなさったのです!
お顔が真っ青…。
やっぱりどこか痛むのですね!?」
「ち…違…。」
なんとか首を振ろうとするが、その前に手が勝手に震える。
全身が痺れ始めた。
「お待ちくださいませ。
今すぐにお医者さまを呼んで参ります。」
「いえ、だいじょ…。」
恐らく私の声は届いていなかっただろう。
それどころか声が出せていたかどうかも怪しい。
ともあれ、ナディアは疾風の如く走り出て行き、私の意識はまた遠のいていった。
なかなか年下王子が出てこず申し訳ないのですが、もう少しお待ち頂けますとありがたいです。