手紙
水…
水…、水源…、地下水……、雨水…………。
「…だめだ……………。」
私は開いたままの図鑑の上に突っ伏する。
水不足だと孤児院の男の子に教えてもらって以来、私はぎゅうぎゅうのスケジュールの間をぬって図書館にこもって水について調べている。
調べてみてはいるが、解決策として出てくるのは「木を植えて森をつくる」とかいう、何百年単位のものばかり。
たとえ今すぐ木を植え始めたとしても、あと50年後には水資源が枯渇すると言われるこの国には間に合わない。
もちろん専門家の先生方の意見が全てではないから、50年よりも長持ちする可能性もあるし、もっと早くにその時が来るのかもしれない。
けれど、この国に時間の猶予がないことは確かだろう。
いっそのこと、海水を真水に変えるような魔法でもないもんだろうか。魔法は存在しない世界ではあるが、私の頭脳ではもはや他に解決策が見出せない。
「クラウディア様、こちらにいらっしゃいましたか。」
「オリバー。」
「ナディアが探しておりましたよ。お作法の時間が迫ってるとか。」
「ああ!」
調べ物に夢中になりすぎてすっかり忘れてた。
コンスタンチェ先生に、真綿で首を絞めてくるような優しい口調と笑顔でまたお叱りを受けてしまう。
慌てて本を閉じると、オリバーがさっとその本を本棚に戻してくれる。
軽くお礼を言って図書室を出ようとした私に、オリバーが何やら差し出してきた。
「孤児院の子供たちからのお手紙です。
先程、食料を届けた折に預かってまいりました。」
「お手紙!?」
水問題については解決の糸口さえ掴めていないが、あの後、両親の承諾を経て、孤児院に教師が定期的に派遣されることが決まった。
教育といっても色々とあるだろうが、今のところまずは文字を教えてもらうことにしている。
それだけでも、彼らの将来には光がさす可能性が高まると思うからだ。
もちろん文字を習得した後には、彼らが就きたい仕事に就けるよう専門的な学習指導に移っていくべきだと思っている。
まだまだ手探りではあるし、彼らに必要なものをどれだけ与えられるかも不透明ではあるけれど、将来、彼らが夢を抱いたときに、それを諦めずに済むよう、少しでも間口を広げておきたいのだ。
何度か授業の様子を見に行った時には、みんなキラキラした瞳で先生方の話を聞いていた。
私の存在には気が付かないほど真剣に文字を練習していたし、授業後には私に絵本を読んで聞かせてくれたものだ。
たどたどしく、一文字一文字時間をかけて読む彼女たちの様子に、私は目頭を熱くせずにはいられなかった。
彼女たちはそんな私を心配し、『痛いの痛いの飛んでいけ!』をしてくれ、ますます涙が出たのを思い出す。
あの男の子も授業にはしっかりと参加しているようだった。
相変わらず私とは目も合わせてくれないけれど、そんなことはどうでもいい。
なかなか優秀だ、頑張っている、と先生から様子を聞けたことだけで嬉しかった。
封筒の宛名を見ると、一生懸命書いてくれたのだろう、『デイアへ』という少々いびつで大きい文字の周りに赤いクレヨンでハートがたくさん描いてあった。
じんわり心があったかくなる。
「クラウディア様。」
「あ、ごめんなさい。授業が終わった後でじっくり読ませてもらうわ。
その後で返事を書くから…。」
「もちろんお届けいたします。子供たちが大喜びする様子が今から目に浮かびます。」
「ありがとう。」
最後に孤児院を訪問できたのは2ヶ月ほど前だっただろうか。
できることならば手紙を書くのではなく直接会いに行きたい。
彼らが頑張っている様子を見て、勇気を分けてもらいたかった。
けれど、それは叶わない。
「そろそろコンスタンチェ先生が到着された頃かもしれません。このまま直接お作法の授業に向かわれますか?
手紙は私がナディアに預けておきましょう。」
「ええ。お願いします。」
「クラウディア様。」
「なに?」
「ご無理はなさらないでくださいね。」
その声がやけに真剣に聞こえて顔を上げると、心配そうな顔のオリバーと目が合った。
私は口角を上げて、にこりと微笑んで見せる。
「ありがとう。大丈夫よ。」
オリバーに手紙を預けてから私はお作法の授業が行われる応接間に向かって歩き出す。
大丈夫、大丈夫と、自分に言い聞かせながら。
孤児院には行けていないし、水についてもまだ何も分かっていない。
空き時間がほとんどないほどスケジュールはぎゅうぎゅうで、毎日クタクタになって倒れるように眠り込む。
けれどオリバーが心配していたのはきっと違うこと。
来月、とうとう私とギルバート王子の初顔合わせがおこなわれることになったのだ。




