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オリバーの手を離れた私は踵を返して彼の目の前に立った。

彼は驚いたように、どこか怯えたように私の顔を見る。

オリバーは少し離れたまま、私たちを見守っていた。


運が良かっただけなのだと今はわかる。

彼がその堅く握った拳で私を殴ってもおかしくはなかったのだ。

分かっててその危険をあえて犯した、というわけではない。ただ単にそういった可能性を思い付かなかっただけだ。我ながらなんと平和ボケしたオジョウサマなのだろう。

けれどオリバーが動かなかったあたり、彼に敵意はあれど私を直接害そうとするような攻撃性は無かったのだろう。


「私はグレゴリー家の一員ではありますが、ご覧の通りまだ子供です。

そして近い将来、どういう形かはわかりませんがグレゴリー家から出て行く身です。」


彼は何を言っているのか分からないという風に私から目を逸らした。

涙はもう乾いたようだ。


「ですから正直に申しますと、私に大した力はありません。

でも、皆さんの環境が良くなるように働きかけていくつもりです。私がグレゴリー家から出た後も、皆さんの生活が保障されるように。」


彼の瞳は少し揺れたように見えた。いや、見えただけかもしれない。彼はこちらを見ないままだ。

我ながらなかなか鬱陶しいとは思いつつも、私は彼の視界に入るように彼を覗き込む。


彼とは生まれも育ちも周囲を取り巻く環境も何もかもが違う。前世で天涯孤独になったからといって私に彼の気持ちは完全には分かり得ない。同じように彼も私の気持ちは分からないだろう。どんなに努力したとしても「分かったつもり」になれるだけだ。


ならば、聞くしかない。

恥を忍んで、相手に尋ねるしかないのだ。


「だから、教えてくださるとありがたいです。

何が足りないのか。何が必要なのか。

私なりに考えてはおりますが、気づけないことがたくさんあると思います。

だから…。」

「うるさい!いい人ぶるな!!」


そう言って彼は私の肩をドンッと押した。


「クラウディア様!!」


彼はそんなに強く押したわけではない。私が完全に油断してただけだ。

おそらく彼が思うよりも大きくぐらりと傾いだ私の体を、慌てて駆けつけたオリバーが支えた。

私に何もないことを確かめてから、オリバーは彼に怒鳴る。


「お前…!」

「オリバー!大丈夫。私はなんともないわ。」


オリバーは私の顔を探るように見た上で、承知したというように彼の方に向かいかけた体を戻した。

それでも、何かあればすぐにでも連れて帰ろうと思っているのだろう、私の肩を掴む手には先ほどよりもしっかりと力が入っていた。


彼は体を縮こまらせて、私を押した方の手首をもう片方の手で掴んでいた。

顔は背けられたままだ。


私は彼に向かって微笑んで小さく頭を下げた。


「ごめんなさい、うるさくして。

ご迷惑かもしれませんが、また近いうちに参ります。」


もちろん返事はない。

こちらを見ようともしない。


完全に嫌われてしまっただろうか。自分でもしつこかったかなと思う。

どうせなら彼に色々と教えてもらいかった。彼は私の身分に遠慮しないだろうし、嘘をつかなそうだから。

けれど、こうなってしまったからにはもう叶わないだろう。


仕方ない。

彼の意見を聞くことは叶わなくとも、理解はしてもらえなくとも、ここに来ることを許してもらえたら。私のすることが気に食わないまでも、彼がここを出ていくまで見て見ぬふりをしてくれたら。


そう諦めかけた私の耳に、鳥の声でもしたらかき消されてたであろうほどの、微かな声が届く。


「……………水。」

「…え?」


振り返ると彼と一瞬だけ目が合ったが、またすぐに逸らされてしまった。

しかし、今度は確かに言ったのだ。


「…水。」

「…水、ですか?その、足りないものは…。」

「お嬢さんは知らないだろうけど、井戸の水がどんどん少なくなってきてる。」


彼の言葉にオリバーを見上げると、オリバーは少し迷ってから小さく頷いた。


「彼の言う通りです。

ここの井戸だけではありません。

この国の水は、少しずつではありますが枯れかかっています。」


想像していたよりも相当大きい規模の話に、私は息をのむ。

足りないもの、必要なものがまさか国単位でのものとは。

これは大きな話になってきた、と怖気付かないでいられるほど子供でもなかった。


しかし、そんな気持ちを隠すように、私は彼に向かって小さく礼をする。


「ありがとう、教えてくださって。」


嫌々ながらであったとしても、彼が私の思いに応えてくれたことは確かなのだ。

思いには思いを返さねば。


顔を上げて目が合った瞬間、彼はまた大きく顔を背けた。

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