表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/55



そもそも私は普段走ること自体が少ない。邸内や庭園を走れば行儀作法の先生から「はしたない!」と大目玉を喰らうに決まっている。外出時は馬車ばかり。


そんな私の足が速いはずがない。早々に息が切れる。完全に運動不足だ。脇腹が痛い。足がもつれる。

そうであっても、私は足を止めることはなかった。

何度かその姿を見失いかけはしたが、そこまで広くはない孤児院だ。すぐに彼を見つけ、とうとう庭の柵まで彼を追い詰めた。

その距離2メートルほど。前世で読んだ本に書いてあった、野良猫に逃げられないギリギリの距離だ。


彼は柵に手をかけたまま忌々しそうにこちらを睨みつける。

何か言わなくては、とは思うものの、情けないことに息も絶え絶えの私は声も出せない。ゼエハアと肩で息をするばかりだ。

それでも、彼に逃げられないように彼の冷たい視線から目は逸らさなかった。


先に口を開いたのは彼だった。


「どうするつもりだよ。」


何を、と言おうとして吸い込んだ息にむせて私は咳き込む。彼はそれを見てますます顔を顰め、もう一度吐き捨てるように言う。


「あんたのせいで、あのチビ達はもう二度と食えないようなもんを欲しがるんだ。これからずっと。

その度にどんな気持ちになるかあんたに分かるか?

お前のせいでずっと惨めになるんだ。」

「で…もっ……!」


だいぶ掠れてはいたけれど、なんとか声が出た。

彼から発せられる敵意に、ともすれば縮こまりそうな肩を無理矢理反らす。


「でも、食べて欲しかったの。美味しいものを、できるだけ。

喜んで欲しかったの。」

「本だって!」


彼の大声に思わず肩が震えた。


「本なんか!

ここじゃ文字が読めないやつがほとんどだ!

無駄なんだよ!あんなもの!!」


知らないわけじゃなかった。

オリバーの話を聞いて、孤児院の子供達が満足な教育を受けていないことは分かっていた。

私なりにそのことについて考えてはいたが、まだ誰にも相談できていない。まだ財産を受け継いでいない身としては、何かいいことを思いついたからといってすぐに行動に移せるはずもない。どんなことでも父や兄の承認無くしては動けないのだ。もっとも、グレゴリー家の一員としては、たとえ財産を受け継いだとしても勝手な行動は許されないだろうけれど。


それでも子供達の教育のきっかけになれば、と思って持ってきた絵本ではあったが、その考え自体が間違いだったのかもしれない。まだ彼らに何をしてあげられるのかも分からないし約束の一つもできないのに、自由になる資金も持っていないのに、貴族令嬢というだけで何かができるような気になっているだけなのかもしれない。結果としてただ希望のみ子供達に残していく、ありがた迷惑な存在になってしまう可能性も大いにあるのに。


自分でもわかるくらいに肩が落ちていく。もう彼の顔は見られなかった。

以前退治したはずの自己嫌悪が何倍にもなって襲ってくる。

ここに来るまでにブルーノやオリバー、ナディア達に励まされて手に入れたはずの自信がぽっきりと折れそうだった。


「責任取れないくせに余計なことするなよ。

それともあんたが一生面倒見られるのか?」

「それは…。」


無理な話だ。

私は将来、ギルバート様との仲が壊れたらすぐに修道院に入ろうと画策しているのだから。そして、それはそう遠くない将来のはずだ。

修道院に入った令嬢が、慈善事業とはいえ、実家の事業を一手に引き受けられはしないだろう。せいぜいできて口利きや助言程度だ。


結局は彼の言う通りなのだ。

私は彼らの将来に責任も持てないくせに彼らの人生に介入しようとしている。

彼から見ればなんて傲慢な行いか。


自己嫌悪の波に飲み込まれそうになった時に、私の背後からキッパリとした声がした。


「何を馬鹿なことを言ってる。」


オリバーが開いたままの扉からゆっくりとこちらに近づいてきた。

私に軽く微笑んでから私の肩に手をかけ、彼を見据える。


「一生面倒を見る?甘えるな。自分の面倒は自分で見るもんだ。

なんでお嬢様がビスケット一枚でお前の人生に責任を負わなくてはいけないんだ。」


その声からは怒りを感じない。

ただ淡々と、彼に説いて聞かせるように落ち着いた調子でオリバーはさらに言葉を続ける。


「今だってこの孤児院はグレゴリー家のお陰で成り立ってる。

その服も、その柵も、お前が立ってるその地面も、今のお前の生活の全てはグレゴリー家の支援があってこそだ。ここから出て行ったらどうなるか、お前も知らないわけじゃないだろう。

既に散々面倒見てもらってる分際でふざけたこと抜かすな。」


彼は柵のことを言われた瞬間に柵から手を離した。

きつく握られた手は白くなり、微かに震え出す。


オリバーはその様子をしばらく見ていたが、小さく息を吐いてから私の背中をそっと押した。


「…クラウディア様、そろそろお時間です。

帰りましょう。」


促されるまま2、3歩進む。

そっと振り向くと、彼はまだ手を堅く握ったまま微動だにしていない。

ただ、彼の目には涙が滲んでいた。


私は思わず立ち止まり、数秒逡巡したのち、オリバーの手からするりと抜け出した。

オオカミ少年にも程がある

待っていてくださった方がいらしたら本当にありがとうございます。

長らくお待たせして申し訳ありませんでした。

やっと生活も少し落ち着きを取り戻し始めました。

今後は心のリハビリも兼ねて、少しずつ楽しんで投稿していきたいと思っております。

読んでくださってありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ