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足りないもの

私は大きく息を吐いた。

手に持ったバスケットの中身は昨日焼いたビスケット、もう片方の手にはぬいぐるみ。

持ちきれない分のぬいぐるみと絵本、ボールや食材はオリバーと御者のゼップにも持ってもらってる。

顔を上げれば、簡素で冷たそうな鉄の門。

その横には『グレゴリー孤児院』と書いてある。


大丈夫、大丈夫。

ブルーノも美味しいと太鼓判を押してくれたのだ。

きっと大丈夫。

私はぐっと気合を入れて足を踏み出した。


そう、気負いすぎていたせいなのだろうか。

院長先生とのあいさつが済んで、広間に移動したときには既に頭がくらくらし始めていた。


「…今日は贈り物だけ置いて帰りますか?」


そう、オリバーが聞いてきた時だった。

足元にぽふりと軽い衝撃がある。


「ディー!!」


前回の訪問時に宝物の人形、アメリアを見せてくれた子が笑顔で私に抱き着いていた。


「アン!覚えててくれたの?」

「もちろん!

ずっと待ってたんだもん!」


彼女のくったくのない笑顔とまっすぐな歓迎の言葉に、私は軽く感動を覚えた。

現金なことに、心なしか具合もよくなってきた気がする。

しゃがんでアンをそっと抱きしめると、他の子たちも走り寄ってきた。


「ディーだ!」

「やっと来たー。」

「今までどこにいたの?」

「今日のお洋服もきれい…。」

「ディー、またお話聞かせて!」


彼らの矢継ぎ早の質問に忙しく答えながら、私は歓迎されていることに心底安心していた。

周囲をさりげなく見回すが、先日の男の子はどこにも見えない。

やっぱりな、とがっかりしつつもどこかほっとしている自分に幻滅する。


しかし、落ち込む暇も与えられないほどに子どもたちは元気に私にじゃれついてくる。

私は子供たちに手を引かれて広間の奥へと進み、その後を微笑みながらついてくるオリバーの動きに合わせて甘い香りが漂った。

それに気づいた子供たちが鼻をひくひくさせながら、香りのもとを探るようにきょろきょろし始める。

その様子を見て、オスカーが私にバスケットを差し出した。

私がバスケットにかかっている布をとると、子どもたちは私たちの周りに集まってきてバスケットの中をきらきらとした、期待に満ちた目で覗き込もうと背伸びをする。

オスカーがバスケットを彼らに見えやすいように傾けると、中身が見えた子どもたちからは歓声が上がった。


「ビスケットよ。

私が作ったものなの。」

「ディー様は他にもぬいぐるみや絵本、ボールをたくさん持ってきてくださったんですよ。」


院長先生がそう言うと、歓声はもっと大きくなる。

子どもたちの喜びようはすさまじく、私が声を出しても自分の声さえ聞き取れないほどだ。

この状態でビスケットを配るのはさすがに…と思っていたら、院長先生が私の隣で大きく手をたたいた。

ゆっくりと間を開けつつパン、パン、パン!と音がする。

三回目のパン!の時には、子供たちは静かになって気をつけの姿勢で院長先生の方に体を向けていた。


「皆さん、お食事の前には?」

「「「「「てをあらう!」」」」」

「よろしい。

きちんと手を洗ってから、順番にディー様の前に並びましょう。」

「「「「「はい!」」」」」


走ってはいけないと教えられているのだろうか、子供たちは競歩のような急ぎ足で流し台に向かっていく。

それを確認した後で、院長先生は私に向かってにっこりと笑った。


「騒がしくて申し訳ありません。

きっと、うれしくて仕方がないのです。

並び始めたら配ってやってくださいませ。

私はここに来てない子どもたちを呼んでまいります。」


院長先生の優しげな微笑みとキリリとした声からは確かな教育者としての威厳が感じられ、私は敬意の念を込めてお礼を言った。

院長先生と入れ違いのように戻ってきた子供たちにビスケットを配り始めると、彼らは大きな声でお礼を言いながらきちんと自分の席に座って食べ始めた。

気になって様子を見ていると、一口食べたとたんに満面のえみを浮かべる子、頬を赤くして一心不乱に食べている子、「おいしー!」と思わす声に出した子、反応は様々だったが、私のうぬぼれでなければみんな嬉しそうに見える。


あのビスケットがブルーノの言ったような『誰かのきっかけ』になれるわけではないかもしれない。

けれど、今、きっと彼らは美味しいと思ってくれているのだろう。

ブルーノが言ったように、美味しいものを食べることは幸せなことなのだ。


「…みんな嬉しそうですね。」

「うん。」


オスカーと顔を合わせて微笑みあったその時、オスカーの後ろに人影が見えた。

その影は私と目が合った瞬間、さっと食堂を走り出ていく。

それを見失わぬよう、私は急いで追いかける。


「クラウディア様?」


あの子だ。

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