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おひめさま

施設長の挨拶は、こちらが恐縮してしまうほど、それはそれは丁寧なものだった。

オリバーが間に入ってなだめなければ、いつまでも彼女は頭を下げ続けていたことだろう。

彼女がそうなった原因は私の身分も、手土産の日持ちする食材もあろうが、一番の理由は立派になったオリバーを見て感激したからだろう。

彼女の目じりには涙がにじんでいた。


その後、私たちは子供たちが昼間過ごす、広間のようなところに案内された。

窓は少なく小さいためか、部屋は全体的に暗い。

ところどころテーブルや壁には傷や欠けがみられ、床は歩くとギイギイと音を立てる。

それでも妙なにおいが漂うということはなく、ほこりも目立たない。

老朽化していることは否めないものの、シスターたちの尽力で室内は清潔に保たれているようだった。


悪い環境ではなさそうだ、と、どこかほっとしながら施設長の案内に合わせて周りを見回していると、服にわずかな引っ掛かりを感じた。

思わず下を見ると、小さな2人の女の子が私のスカートを手元に引き寄せるように引っ張っている。

けれど、彼女たちは私を見ているのではない。

スカートの生地をまじまじと見ているのだ。


「あっ、汚れた手で触っては…!」


慌てて子供たちを止めようとした施設長を手でそっと制す。

それから、私は少女たちと同じ目線になるようにしゃがみ込んだ。


「はじめまして。」


ちゃんと優しく笑えたはずだった。

けれど、少女のうちの一人は顔を赤くしたかと思うと何も言わずに走り去ってしまった。

そのことに軽いショックを受けていると、もう一人の少女がにこりと笑ってくれた。


「おひめさま。」

「え…?」

「おひめさま、きれい。」

「ありがとう。でも私は…。」


お姫様ではない、と言おうとしたけれど、少しずつ他の子供たちも近寄ってきてスカートを握った。


「きれい。」

「おひめさま、はじめまして。」

「…私もほしい。」

「おうじさまもいる…。」


そんなにきらびやかな服を着てきたわけではない。

紺色で、多少の刺繍が施されている程度の、リボンやフリルのついていない、スカートのふくらみも大きくない、私の服の中では一番地味な服だ。

彼女たちの服はといえば、洗濯を繰り返したからだろう、もう元の色が分からない程の色落ちをした、ヨレが目立つ薄いものだった。


きっとこれが一端なのだ。

お兄様が昔、私に言った『自分の立場に感謝を』と言った理由の、ほんの一端。

当時の私は見事に自分の立場にあぐらをかいて、悪役令嬢としての運命を呪ってばかりいた。

何と愚かな子供だったのだろう。


私はにこりと笑って彼女たちに答える。


「私、クラウディアっていうの。

そう呼んでもらえる?」

「クラ…でぃ…。」

「…そうか、私の名前、呼びにくいのね。

じゃあ、そうね…ディーでいいわ。」

「でぃー?」

「おうじさまのなまえは?」


オリバーが困ったように笑いながら手を振る。


「私はディー様にお仕えしている者です。

オリバーと申します。」

「おりばー。おうじさまじゃないの?」

「残念ながら。」

「ディーはここでなにしてるの?」

「みんなと遊ぼうと思ったの。

遊んでくれる?」


すると、途端に彼女たちの目はキラキラと輝く。

一人の女の子が私の手を握って部屋の奥へと連れていく。


「ディー、私のお人形見せてあげる!」


彼女が得意げに見せてくれたそれは、黄色い毛糸の髪がほつれ、服もつぎはぎだらけのぬいぐるみだった。

人形の名前はアメリアというらしい。

そのアメリアを、彼女は愛おしそうに抱きしめた。


「あなたのお名前は?」

「アン。」

「アメリアはとてもかわいいわね。ありがとう、アン。」

「でぃー…。」


もう一人、小さな女の子が私の手をきゅっと握る。


「こんにちは。お名前は?」

「チェルシー。」

「そう、チェルシー、かわいい名前だわ。」

「でぃー、なにか、おはなしして?」

「ええ。もちろんよ。」


床に座りながら、私は視線を動かして本棚を探す。

けれど、本棚らしきものも、本らしきものも、見つからない。

私は気を取り直して、とっさに頭に浮かんできたおとぎ話を話し出す。


「昔々、あるところに、シンデレラというお姫様がいました…。」


当然ながら、この世界にもおとぎ話というものはある。

私自身も小さなころから母やメイドたちに聞かせてもらって育ってきた。

だから、この世界のおとぎ話も知ってはいる。

知ってはいるのに、とっさに口から出たのは前世の記憶にある物語の方だった。

まあ、口から出てしまったものを取り消すわけにもいかないし、おとぎ話には違いないし、大した問題ではないだろう、とそのまま話を続けていく。


施設長もオリバーも聞いたことのない話だからか、私が子供たちとしていることが気になるのか、興味深げにこちらを見て話を聞いている。

すると、何か面白いことがでもしているのかと子供たちが少しずつ私の周りに集まりだした。

先ほど逃げて行ってしまった女の子も少しずつ近づいてくる。

後から来た子のために何度も話の同じ部分を繰り返すことになったが、子供たちは飽きることなくじっと耳を傾ける。

シンデレラがいじめられているところでは皆、悲しそうな顔や怒った顔をする。

魔法使いが現れたときは目をキラキラと輝かせて、王子様との舞踏会の場面ではうっとりし、ガラスの靴が脱げてしまったときは息をのむ音がした。

最後、王子様がシンデレラを見つけ出した時には大きく拍手をして、次の話をせがんでくる。

みんな笑顔だ。良かった。


しかし、そのにぎやかさを破るように、突然広間に大きな声が響いた。


「うるさい!」


驚いて振り返ると、私と同じ年くらいの男の子が立っていた。

怒りで顔は赤くなっていて、拳は固く握られている。

彼は私の周りの子供たちから私に怒りの目を向ける。


「貴族のお嬢様がこんなところに何の用だ。」

「ユリウス!」


施設長が大声で彼を制しても彼の勢いは止まらない。

どんどん声が大きくなっていく。


「きれいな服を見せびらかしに来たのか。

かわいそうな子供たちに慈悲をかけてあげますってか。」


施設長が慌てて彼のもとに走り寄り、オリバーはそっと私と彼の間に立ちはだかる。

私は、といえば、情けなくも驚いてしまい、言葉を出すことができなかった。


「これ以上お貴族様の自己満足に付き合ってられるか!」


そう言い捨て、彼は施設長の手を払って逃げ出した。

施設長は私に大声で謝ってから、慌てて彼の後を追う。


私は、間抜けなことに、動けないまま。

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