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記憶

それから1ヶ月、私はベッドから起き上がることを許されなかった。


両親は私を抱きしめながら大声で泣いた。

兄は、目を赤くしながら私のお転婆を叱った。

私が家に運ばれたとき、何とか息はしてたものの、頭をしこたま打ったためか意識はなく、血もなかなか止まらなかったらしい。

慌てて駆けつけたお医者様による治療が終わって血が止まっても、三日三晩高熱にうなされ続けて、と、まあひどい状態であったという。

誰も口にこそ出さなかったが、恐らくみんな一度は私の死を覚悟したのだろう。

両親だけではない、オリバーや皆の泣き腫らした目を見ればわかる。


「ごめんなさい」


小さい声で謝ると、母はまた私を抱きしめながら笑った。

微笑みながら母の肩を抱いた父の肩越しに、ナディアが涙を拭くのが見えた。

兄の笑顔を見たのはいつ振りだろう。


私はまた小さい声で謝った。

心配をかけるということはなんて罪深いのか。

心配してくれる人たちがいるということはなんて幸せなのか。


危惧していたナディアとオリバーへの処分は特になく、安心した。

あれはただの事故で彼らの責任ではないし、あの時もどうにかして私を助けようとしてくれていた。

家に運ばれてからも、ナディアは飲まず食わずで私の手を握って神への御言葉を唱えていたというし、オリバーは自主的に謹慎して教会でずっと私の回復を祈り続けていたらしい。

私の頭には小さな傷は残ってしまったものの後遺症はなく、お医者様は奇跡だとおっしゃった。

それはきっと彼らの祈りが天に届いたおかげに違いない。


奇跡ついでに、気を失っている間、蘇った記憶があった。

遠い遠い昔のような、それでいて、つい昨日のことのように思い出せる記憶。

日本での、もう一つの私の記憶。

せっかく一定期間、お勉強もお作法の練習もなくゴロゴロすることを許された私はその間、じっくり記憶を整理することにした。



私は当時、花の女子高生だった。

両親を早くに亡くした私を育ててくれたのは祖母で、厳しくも優しい彼女を私は心から愛していた。

しかしその祖母も亡くなり、私は16にして天涯孤独の身になった。


けれど、私は孤独に打ちのめされはしなかった。

もちろん祖母の死は悲しかったし、寂しさを覚えることもあったけれど、いつかこんな日が来ると覚悟していたのだろう。

私はいくつか、自分の孤独を埋めるものを見つけていたのだ。


施設に行かないで済んだのは、持ち家があった上に、お隣さんが子供達の家庭教師というバイトをくれたから。

祖母の幼い頃からの教育の賜物で成績はいつもトップクラスだった為か、祖母が亡くなって少しした時、声をかけてくれた。

そう、私は勉強が大好きだった。

新しく何かを知ることや、深く物事を考えることで、私は私の孤独を癒していたのかもしれない。


その他に、私の孤独を埋めてくれたのはゲーム。

特に恋愛乙女ゲーム。

1人で過ごす夜も、ゲームを通して登場人物たちと過ごしていれば、気づけば朝になっていた。

私にとって彼らはもはや家族のようなものだったと言える。


家庭教師先の子供達もみんな懐いてくれて、それはそれは可愛かった。

その中でも、ある1人の男の子は私を特に気に入ってくれた。

いつかお嫁さんにしてあげるとまで約束してくれたのだから、私の自惚れではないはずだ。

さすがにその言葉を本気にしてたわけではない。

相手は小学生だ。

でも、この世に少しでも自分を想ってくれている人がいるという事実は、どうしようもないほどの寂しさに襲われそうなとき、私の心を守り、温めた。

それが幼さゆえの気まぐれだったとしても、いつ彼の気持ちが変わろうともそれでよかったのだ。



勉強にゲームに家庭教師と、それなりに充実したいい人生だったのに。

それが、まさか高校からの帰り道で見たこともないような大きな鳥に追いかけられて、駆け込んだ細い路地にトラックが猛スピードで突っ込んでくるなんて。

そこで記憶が途切れているから、恐らく私はそこで死んだのだろう。

お嫁さんにしてくれると言ったあの子は泣いただろうか。



そこまで細かく思い出せたのに、どうしても日本での自分の名前は思い出せなかった。

思い出そうとするともやもやと頭に霧がかかったようになってしまうのだ。

ほかにもまだ妙に引っかかることがある。


私の、今の名前だ。

忙しさに追われて気づいたらひと月たってました。

次話からはなるべく早めに投稿していきたいと思います!

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