思い出
焼き立てのビスケットを、意気揚々と私はあちらこちらに配り歩いた。
ナディアにビアンカにカーラにゴットロープ、他にも会う人会う人に配り歩く。
みんな、口々に笑顔で、少し大げさに美味しい、上手だと言ってくれる。
それがお世辞であることは分かっても、自分が作ったものを誰かが食べてくれることの幸せを私は噛み締めていた。
しかし、オリバーの反応はみんなとは少し違った。
彼は少し困ったように少しの間ビスケットを見つめた後、そっとそれを口に含み、ゆっくりと噛んだ後で、小さく息を吐いてから優しく微笑んだ。
「………ありがとうございました。
とても、美味しかったです。」
オリバーは微笑んでいるはずなのになぜか泣いてるように見えて、私の浮かれた心はやっと落ち着きをとりもどす。
ビスケットの味には問題はないはずだ。
なにせブルーノのお墨付きであるのだから。
ということは。
「…あの…ひょっとして甘いものは苦手だったかしら。
ごめんなさい、私、自分が嬉しいからって押し付けてしまって…。」
「いえ!」
思ったよりも大きな声が降ってきて、私は少し驚く。
顔を上げるとオリバーの顔は目の前にあった。
私の目線に合わせるためにしゃがんでくれたようだ。
「本当に美味しかったです。
ただ…少し、昔を思い出しまして。」
「昔…。」
「ご存知のように私は孤児院におりましたから、あまり甘いものを食べる機会がなく…。」
「甘いものは苦手?」
「…そうですね。そう、思っておりました。」
オリバーはおかしそうに笑う。
やはりその顔は少し悲しそうだ。
「苦手なはずなのに、美味しかったので驚いたのです。
甘くて、香ばしくて。
苦手なふりしてるだけだったんだと、気づいてしまいました。」
「ふり?」
「…望んで手に入れられる環境ではなかったので、そうやって自分を誤魔化していたようです。
すっかり私は甘いお菓子は苦手なものだと思ってずっと口にしようともしませんでした。
なのに頂いたビスケットがあんまり美味しかったものですから…。
自分を哀れんだわけではないのですが…申し訳ありませんでした。」
「謝るようなことじゃないわ。」
「…ありがとうございます。」
オリバーは微笑んで俯いた。
やはり悲しそうに。
私は少し考えてから、ゴソゴソと紙袋を開けて、中に残ったビスケットの数を数える。
「オリバー、今、何歳?」
「?今年で18になります。」
「ごめんなさい。あと3枚しかないわ。」
私は袋ごとオリバーに差し出した。
しかしオリバーは受け取らず、困惑したように首を振る。
「私はもう先ほど1枚いただきましたので…。」
「それは今のあなたの分。」
私はオリバーの手を取って、袋の中からビスケットを取り出し、その上に一枚ずつ載せていく。
「これは0歳のオリバーに。
これは1歳の、これは2歳のオリバーに。」
オリバーは驚いたように固まったまま私を見つめている。
私はそれに構わずにビスケットを再び袋に入れ直してからまたオリバーに無理やり持たせた。
「また作ったら今度は3歳のオリバーの分を渡すわ。
もちろん18歳のオリバーの分も。
私、今のあなたにも甘いものを食べて欲しいけど、小さい頃のあなたにも食べて欲しい。
今からじゃ遅いのは分かってるけど、小さいオリバーにも食べて欲しいの。
今度は私が一人で作るから美味しくできないかもしれないし、私の自己満足なのは百も承知だけど…受け取ってくれる?」
オリバーはゆっくりと紙袋に目を移してから、くしゃりと紙袋を強く握って、また泣きそうな顔で俯く。
やはり迷惑だったか、と私は慌てたが、オリバーはすぐに顔を上げ、袋を抱きしめるように持ち直した。
「…楽しみにしております。
3歳の私も、きっと。」
夕食後、私はしばらく机の前で考え込んでいた。
もしも将来修道院に行くとしても、誰かに嫁ぐとしても、知ろうとしないことはきっといけないことだ。
自分の立場に驕ってはいけない。
兄に、そう言われたことを思い出す。
私は便箋を取り出し、ペンにインクをつけて書き始めた。
兄様へ、と。