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ブローチ




部屋に着くと、兄は椅子にもたれかかって天井を仰いでいた。

こんなに憔悴しきった兄の様子を見るのは初めてだ。


「お兄様。」

「ああ、来たか。」


こちらに向けて笑った顔には、やはり疲れが色濃く滲んでいる。


恐らくあの時、侍女たちが噂していたことは本当なのだろう。

どのように命を奪われたのかは分からないが、少なくとも公式発表の『王妃様がご病気で亡くなられた』というのは嘘なのだと思う。


促されるままに向かいの椅子に座ると、兄は机の上に小さな箱をことりと置いた。

綺麗にラッピングをされたそれはプレゼントのように見える。

けれど。


「お兄様、先程お兄様からはもうお誕生日のプレゼントを頂きましたわ。

可愛らしい豚のぬいぐるみを。」


私ももう8歳だ。

そろそろぬいぐらみという歳でもないと思うのだが、きっと兄の中では私は小さい頃から全く成長していないのだろう。

例年のように人形を抱きしめてお礼を言ったばかりだ。

しかし兄は笑って箱を開けるように促す。

その笑顔には影がかかっていて、私は不安を覚える。


「これは私からではない。

お前をお茶会に招いてくださった方からだ。」


驚いて箱を開けると、そこに入っていたのは小さなブローチだった。

白いお花に小さなてんとう虫が乗っていて、とても可愛らしい。

思いがけない方からの可愛いプレゼントに私はとても嬉しくなったて、兄に笑顔を向けた。


「可愛い!大事にいたします。

お兄様、相手の方にお礼のお手紙を書きますからお渡しいただけますか?」

「いや…手紙は書かなくていい。」

「ええと…お兄様からお伝えいただけるということでしょうか…?

でも、できれば私の言葉で御礼を申し上げたいのですが…。」

「いいのだよ。

…………もう、渡せないのだから。」

「?それは…どういう…。」


言いながらも私の頭の中で点と点がつながる。


まさか。

でも、国王陛下と懇意にしている兄ならばありえない話ではない。

私の表情を見て、兄は薄く笑った。


「王妃様は、気の早い方だったから、お前の返事を待たずに用意してあったらしい。

せっかちすぎてこんなに早く逝ってしまわれた。

まあ、お前も亡くなった方からの贈り物で思うところはあるかもしれないが。」

「そんなこと…。

そもそも私が早くお返事を差し上げれば…。」

「気にしなくていい。

王妃様が返事はいつでも良いとおっしゃったんだ。

当時の、お前の事情もご存知だった。」


当時、というのはお誘い頂いた頃のことだろうか。

私がくだらない自尊心のために引きこもったあの頃、ひょっとしたら困り果てた兄が王妃様にお茶会に誘ってくださるようにお願いしたのだろうか。


私は箱の中のブローチに目を移す。

てんとう虫。光を求めて明るい方へと羽ばたく虫。

幸運を運んでくる虫。

王妃様が私にこのブローチを選んでくださったのには、きっと意味があるのだろう。

私は箱をそっと手のひらで包み込む。


「私…ずっと大事にいたします。」

「ありがとう。

あいつも、喜ぶ。」


兄はホッとしたように微笑んだ。

『あいつ』とは恐らく兄の親友、陛下のことだろう。


「陛下と王子…ギルバート様はどうされてますか?」

「まあ…気丈に振る舞ってはいるが…。

ギルバート様だけでも助けられてよかった。

でなきゃ今頃どうなっていたことか。」


兄の眉間にしわがよる。

陛下は突然のことにどれだけお心が弱っていらっしゃるか。

ギルバート様もまだ幼かったはず。

お二人のことを思うと痛む胸の痛さに逆らうように私は背筋を伸ばした。


「お兄様。」

「ん?」

「私、もう8歳になりましたわ。」

「?そうだな。」

「ナディアもオリバーも、他にもみんな私を支えてくれていますし、これからもっともっと一生懸命頑張ります。」

「ああ、頑張ってると報告は受けている。」


兄は私の真意がつかめないらしく、訝しげな視線を向けてくる。

その顔を私はまっすぐ見つめる。


「頑張って早く一人前になります。

お兄様にご心配かけないような立派なレディーになります。

ですから、どうか私のことは気にせず、陛下を支えて差し上げてください。」


兄は驚いたように目を丸くしたかと思うと、ゆっくりと椅子にもたれて再び天井を仰いだ。


「そうか…もう8歳か…。」


それから小さく息を吐き、座り直して私に向き直った。

浮かべた笑顔からはもう影は消えていて、私はほっとする。


「…もう人形という歳ではなくなってしまったな。」

「いいえ。可愛くて嬉しゅうございました。

あのお人形も、大事に致します。」

「それは良かった。

豚が好きなのだろう?」

「え?」

「ハンカチの刺繍。上手な豚だった。

ありがとう。」

「………………いいえ。

こちらこそ、ありがとうございます。」


にっこり笑う私から少し離れた所で、オリバーが困ったように笑いをこらえている顔が見えた。



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