誕生日
私が家族の顔をまともに見られるようになったのは、王妃様の死が発表されてから3ヶ月ほど経った頃だった。
その日は私の誕生日で、だから、なんとか都合をつけて集まってくれたのだろう。
ゴットロープによって飾り付けられた桃色のバラでいっぱいの部屋に、ブルーノたちが腕によりをかけて作ってくれたご馳走の数々。
色とりどりの包装を施された、たくさんのプレゼント。
王妃様の喪中のため、黒に限定されたドレスの中で侍女たちがああでもないこうでもないと吟味を重ねて選んでくれた、小さな水玉模様の可愛らしいドレス。
まるでおとぎ話の中にいるようで、心が浮き立つ。
けれど、それも兄の顔を見るまでだった。
「誕生日おめでとう、クラウディア。」
顔色が悪い。
元から細いのに、さらに痩せたようで頬が薄くなっている。
目の下のクマはひどいし、肌荒れもしているようだ。
父がさりげなく兄の側に立って支えているのがわかる。
喉まで出かかった『早く休んでください』という言葉をぐっと飲み込む。
兄はこんな状態でも、なんとか時間を作って私の誕生日を祝おうとしてくれているのだ。
私がその気持を台無しにするのは違う。
私はわざとらしくならないように気をつけながら満面の笑みを作った。
「ありがとうございます、お兄様。」
優しく微笑み返しくる兄に、ほっとする。
「おめでとう、クラウディア。」
「おめでとう。」
「ありがとうございます、お父様、お母様。」
「もう8歳になるのね。すっかりレディーらしくなって。」
「ドレス、よく似合ってるよ。」
「ありがとうございます。
侍女たちがみんなで選んでくれましたの。」
私がスカートを広げてくるりと回ると、家族やナディア、オリバーやブルーノたちが目に入る。
良かった。
みんな笑ってる。
「じゃあ乾杯しようか。
クラウディアの幸せを願って。」
「ありがとうございます。
でも、私、充分幸せですわ。
お誕生日を大好きな人たちにお祝いしていただけるんですもの。」
母は満面の笑みで私を抱きしめた。
私はできるだけ兄に料理を勧め、兄は困ったように微笑みながらも、少しずつ口に料理を運んだ。
その代わりにと、兄のデザートは全て私に譲ってくれる。
その様子を、両親は穏やかに微笑みながら見つめていた。
「少し食べすぎたかしら。」
「お嬢様はもう少し食べられた方がいいと思いますよ。」
「でもドレスが少しきつくなってきたわ。」
「それは太ったのではなく成長です。
新しいドレスを今度作っていただきましょうね。」
部屋への帰り道、そんなことをナディアと話していると、オリバーに呼び止められた。
どうやら兄が私を呼んでいるらしい。
「ひょっとしてお茶会のお話かしら。
まだお返事差し上げてなかったから。」
「申し訳ありません。私も存じ上げないのです。」
「わかりました。参ります。」
歩き出した私に、オリバーが付いてくる。
「お兄様の具合はどう?」
「お疲れのようです。
もともとお忙しいお立場ですし、今は特に陛下をお支えするのに心を砕いておられますので…。」
「そうよね。
あまりお邪魔しないようにしなくちゃ。」
「クラウディア様がお邪魔になることはないでしょう。
アルドリック様は今日を楽しみにしていらっしゃいましたから。」
「そうなの?」
「ええ。どうしてもこの日だけは、と…まあ、多少は無理もなさったようです。」
そうだろうとは思ってはいたが、やはり無理をしていたのだ。
そこまで無理をさせたのは、以前、同じように家族が忙しかった頃、私が暇を持て余して事故にあった為だろう。
その後に蘇った記憶のことも含め、悔やんでも悔やみきれない。
「………クラウディア様、先程は、ありがとうございました。」
「先程?」
「お食事の時、アルドリック様に食べるよう勧めてくださいました。
私共が申し上げてもなかなか召し上がらなかったので。」
そう言ってオリバーは困ったように微笑む。
私が思わず足を止めると、オリバーも思い出したように足を止める。
「…ああ、そうだ。」
オリバーが懐からゴソゴソと何かを取り出して差し出した。
手のひらほどの大きさのそれをよく見る。
「…辞書?」
「簡易的なものですが。
私が昔持ち歩いていたものです。
お勉強熱心なクラウディア様のお役に立つかと思いまして。
お誕生日、おめでとうございます。」
「私に?」
「はい。公爵令嬢への贈り物がこのようなもので申し訳ないのですが。」
その表紙はもう柔らかくなっていて、折り目もたくさん付いてる。
開いてみれば、小さな文字での書き込みが所々に書いてある。
オリバーの努力がいっぱい詰まったそれを、私はぎゅうと抱きしめた。
「ありがとう。
私、頑張って勉強するわ。」
「受け取っていただけて良かったです。」
オリバーは安心したように笑った。