発端
それは振り向いた瞬間だった。
バサリと大きな音がしたから何の気なしに振り向いたのだ。
と、同時に体が浮いた。
慌てて周りを見回すと、メイドのナディアと従僕のオリバーが目を丸くして私を見ていた。
突然のことで彼らもどうしたらいいのかわからなかったのかもしれない。
しかし、その顔には確実に恐怖が刻まれていて、嫌な予感に襲われる。
バサバサという音が耳元で響き、私の顔に風が当たる。
恐る恐る見上げれば、なんとも巨大な鳥が私の背中側の襟をくわえて飛んでいるではないか。
どんどん地面と離れていくのが、足元の頼りなさでわかる。
首も締まって苦しい。
足の裏がそわそわする。
まさか楽しいはずのピクニックでこんな目に合うなんて。
どうしても外に出たいとわがままを言ったことを今更ながらに後悔する。
両親も、年の離れた兄も、ずっと忙しそうに出かけてばかりでつまらなかったのだ。
仕事だから仕方ないことは分かっていたが、もう限界だった。
せっかく久しぶりのお出かけだからとお気に入りのキラキラの宝石付きのドレスにしたのがいけなかったのかもしれない。
あわあわしているうちに首が苦しくなってきて、私は喉と服の間に指を突っ込んだ。
それでも、指の痛さの割りに首の苦しさはあまり変わらない。
オリバーは私に向かって駆け出したが、とても間に合いそうにない。
「クラウディア様!」
ナディアが石を投げようとしたが、私に当たると思ったのか躊躇した。
このままならきっと食べられる。
目玉をつつかれて皮膚を少しずつちぎられて。
いや、このままならその前に首が絞まって死んでしまう。
限りなく現実になりそうな想像に身震いして、私は思い切り叫びながら手足を振り回した。
しかし、努力むなしく喉が締まっていて声は出ない。
当然何の効果もなく、鳥はますます高度を上げていく。
ビリ
がくりと体が落ちる。
一瞬だけ首が楽になって、また締まった。
ビリビリビリ
衿が破けたのだと察した時はもう遅かった。
私の体は地面めがけて一直線に落ちていた。
それでも。
落ちた先が植え込みの上や草むらだったらまだ良かったのかもしれない。
まさか丁度そこに石があって、私の頭にクリーンヒットするなんて。
「クラウディア様!!」
ああ、私、ここで死ぬんだわ。
若干7歳、蝶よ花よと誰からも傅かれて幸せに育ったのに鳥なんかのせいで…。
…あれ?
こんなこと、前にもあった。
鳥に追いかけられて、トラックに轢かれて…。
トラック?
トラックって何?
そうよ、私は…。
やけに眩しい光が目の裏に焼き付いて、私は重たい瞼をどうにかこうにか持ち上げる。
「クラウディア様!クラウディア様、私が分かりますか!?」
「早く!お医者さまを!」
「旦那さまと奥様に知らせてきます!」
「クラウディア様!よくぞ頑張られました!」
なんだかとても騒がしい。
大喜びするメイドや従僕たち、泣き崩れるナディアや走りこんでくるお医者さまを目で捉えながらも、私はどこか遠いところでそれが起こってるような気がしてぼんやりしていた。
そうだ。
「私、死んだんだわ。」
「生きておられます!ああ、クラウディア様!本当に良かった!」
違う、私は確かに死んだのだ。
ここではない世界。
日本で。