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ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第一章 私は一般人でいたいのだ
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鉄化、そして正体がバレる時

 今年は色々あったな、と自虐的に振り返る。

 剛が死んで同居人ができて氷の刃に襲われて老犬の願いを叶えた。


 これ以上、なにかあったらその時は神を恨もうと思う。

 私は一般人でありたいのだ。


 そんな思いも裏腹に、夜に見たくない名前からの電話がかかってきた。スマートフォンの画面には、楓とある。

 無視するかとるか数秒迷う。

 自分の知らないところでなにかが動いて行くというのは面白くない。

 私はスマートフォンを通話モードにした。


「もしもし」


「もしもしー、今暇ー?」


「そりゃ夜だし仕事も終わってるし暇ですけど」


「ならさー、ちょっと手伝ってみない? 私達の仕事」


「お断りします」


 即答だった。


「いいのかなあ。この前の老犬の一件での借りがまだ残ったままじゃないのかなあ」


 それを言われると、弱い。


「明日七時、あなたの職場の裏の公園に動きやすい格好で集合」


「なんで私の職場がわれてるのかわかりませんがわかりました」


 通話をオフにして溜息を吐く。

 どんどん、自分が非日常の人間と化している気がする。

 私は一般人でいたいのだ。




+++



「やあ、待った?」


 場所は職場裏の公園。

 気温が十度ほど下がった気がした。


「五分ほど」


「五分前行動だ。偉いねー」


「嫌味な先輩はそれでも文句を言ってきたりしますけどね」


「嫌なことは考えないに限る」


「あなたのような特殊な職場でも?」


「私達は例外を除いて仲良しさ。だから同胞殺しには拘るのさね」


 そう言って、楓が歩き始めた。私は、その後を続く。


「ねえ。なにが起こってるか聞かなくていいの?」


 浮遊霊歩美が心配そうに聞いてくる。この声は、私にしか聞こえていない。


(後戻りできなくなりそうだからなあ……)


「今回の犯人は、鉄化の超越者」


 二人の心を読んだように楓が淡々とした口調で言う。


「その力を使って、婦女暴行事件を起こしている最低の犯罪者」


 楓の顔は見えない。

 けれども、怒っているように見えた。


「鉄のデコレーションをつけたハートを見つけたら、真っ先に教えてね。ソウルキャッチャーちゃん」


「私は一般人です」


「そうかしら。犬と喋る一般人なんて聞いたこともないわ」


 ぐうの音も出ないとはこのことだ。




+++




 一時間ほど、探索した。犯人は見当たらない。

 私は疲れてしまって、ベンチに腰を下ろした。


「情けないわね」


「デスクワークなんで。あと、楓さん足速い……」


「っそ。もうちょっと周りを見てくるから、あなたは休んでなさい」


「はーい」


 楓が去っていく。


「こういう時、幽霊って楽ね」


 歩美が呑気な口調で言う。


「食費も光熱費もかからないしね」


「それは理想的な話だな」


 突如背後から割り込んできた男の言葉に、私も、歩美も、臨戦態勢に入った。


「食費と光熱費を抑えることができたらどんなに素敵か。お嬢さんは特別な秘密をお知りで?」


 幽霊、という単語を聞かれたか? 慎重に相手の様子を伺う。


「ああ、俺は怪しい者ではないよ。警察の捜査官だ」


 そう言って、彼は手帳を取り出し、中に貼られた写真と名前を示す。

 中原相馬。そう書いてある。


「私達も、怪しい者ではないです。楓さんに頼まれて捜査の協力をしている最中なんです」


「なるほど……」


 しばしの、沈黙が流れた。


「随分、殺したな」


 それが、相馬の第一声だった。


「動物か人間かわからない。あんたの魂は複数のものが連なっている」


 見透かされている?

 私は、今ほど楓の到着を望んだことはない。


「あんたは存在を許されない人間だ。生きれば生きるほど寿命は伸び、生きれば生きるほど強くなる」


「なにを言っているか、わかりません」


「そうよ! それに、翠が吸った魂は皆死にかけだったんだから!」


 聞こえぬのも忘れたのか、歩美が声を上げる。


「くふふ」


 相馬が声を上げて笑った。


「懐かれているようだな。大事にしてやってくれ」


 そう言うと、相馬は去っていった。

 確信したことがある。

 それは、相馬がこちら側の人間だということだ。


(一般人やってたいんだけどなあ……)



+++



 楓はジュースのペットボトルを二本持ってやってきた。

 一本を受け取り、蓋を開けて中身を飲む。

 ベンチに隣り合って座っていると、ウォーキングしている友人みたいに見えたかもしれない。


「相馬さんと会いました」


「なんか言われた?」


「まあ、色々と」


「ヤなやつでしょ」


「まあ、身も蓋もない言い方をすればそうですね」


「こちらの知らない情報を知っているように振る舞う。それでいて、肝心なことは言いやしない。うちの問題児だわ」


「同僚なんですか?」


「先輩。そろそろ、歩き始めるか」


 楓は会話を振り切って、歩き始める。

 人混みに躍り出る。

 相馬が、ある一点を指差しているのが見えた。

 それは、大股で歩いている男。ハートは、鉄でデコレーションされている。

 私は、息を呑んだ。


「見つけました。犯人です」


「本当?」


「私、霊感は強いんですよ。魂の吸収とかはわかんないけど」


「ふうん」


 楓が足取りも軽く人混みをかき分けていく。

 そして、男の前に立って歩き始めた。


 男は、楓のつま先から頭部を眺めると、下卑た笑みを浮かべた。

 二人は歩いて行く。人気のない所へ。


 そして、男が動きを見せた。

 楓の腕を取って、廃工場へ引き込んでいく。

 私は、慌ててその後を追った。


 中では、激戦が繰り広げられていた。

 舞い踊る氷の刃。

 それを殴って壊す鋼鉄の拳。


「なんだよ。俺と同じ奴がいるのかよ。お前も、奴から力をもらったのか?」


「奴……?」


 刃をなくした氷の柄の動きが、一時止まる。

 その瞬間、その腹部に蹴りが突き刺さっていた。

 楓は数歩後退し、血の混じった唾液を吐く。


「違うとなれば天然モノか。お前は美人だからな。飼ってやってもかまわないぜ」


 楓は、唾液を男の頬に吐きつけた。それは、ゆっくりと頬を撫で、地面に落ちた。

 楓は氷の剣を作り出すと、杖にして立つ。

 無理だ。膝が笑っている。


 私は一般人でいたい。

 けれども、困っている人を無視するような一般人にはなりたくない。


「待ちなさい」


 私の声が、廃工場に響いた。

 男の視線が、こちらに向く。


「なんだい、お仲間かい」


「いいえ。私は普通の一般人よ。けど、この場をどうにかする力を持っているだけ。だから、戦う」


「戦うときたか。勇ましいね」


 私は男に接近すると、心臓部に掌底を放った。

 堅い。

 私の打撃ではとても通用しないだろう。

 しかし、それで彼の注意は私に向いた。


 蹴りが放たれる。それを、紙一重で躱して攻撃につなげる。

 骨の折れる鈍い音がした。

 男の腹ではない。私の手だ。


「正攻法じゃどうにもなんないわね」


 痛みを堪え、後退しつつ、ぼやくように言う。


「なら、搦め手で行こうじゃないの」


(歩美と考えが重なるって面白くないけどね)


「私はあなたの心を読んだだけ」


 その次の瞬間だった。男の左手が、肘からあらぬ方向に折れ曲がった。

 右手は、関節部に氷の刃が突き刺さっている。


「いくら鋼の体であれど、関節部は自在に動く柔軟さを保持していなければならない!」


 楓の叫び声が響く。

 そして、私は駆けた。

 右手が熱を帯びるのを感じる。

 そして、私は叫んでいた。


「スナッチャー!」


 指が男のハートを掠める。そして、男の鉄のデコレーションは、私の右手に奪い取られていた。

 手を握り、異能を吸収する。


「そんな! 俺のスキルが!」


 男は絶望したように膝をつく。

 私は硬化した足で、その股間を思い切り蹴ってやった。

 五分ほど、男はもんどりうっていた。


「ありがとう、ご苦労様」


 楓がねぎらいの言葉をかけてくる。

 不味いシーンを見られたかな、と背筋が寒くなる。


「けど、あこから勝ち筋もあったのよ?」


 楓は悪戯っぽく微笑んで言う。


「膝が笑ってたのに?」


「そう。私はソードマンにして、マジシャンなの」


 楓は右手の氷の剣を振った。

 男の体が氷の棺桶に包まれて沈んでいく。

 あれでは身動きはとれないだろう。

 楓は指を鳴らした。

 氷は雪のように、月明かりに輝いて散っていった。


「そういうこと」


 そう言う楓は、案外負けず嫌いなのかもしれない。



+++



 楓が酒の沢山入ったビニール袋を持ってきたのは、犯人逮捕の数日後だった。


「事件解決に協力ありがとう」


「どうも」


 今日は早めに寝たかったのになあ、と心の中でひとりごちる。


「大人の付き合いも大変ね」


(そうね)


「で、本題から入るんだけど」


「ええ」


 嫌な予感しかしなかった。


「あなた、ソウルキャッチャーよね」


 沈黙が場に漂った。

 楓は、不敵な表情で私を見ていた。

 これ以上悪いことなんて起きないと思っていた。私は神を恨んだ。



第七話 完

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