瀕死の縁で
相変わらず強い日光が地面を照らしている。
室内でできる仕事で良かったなとつくづく思う。
ソウルキャッチャー事件。
ネットで検索してもそれらしい情報は出てこない。
全ては内密に進んでいるということなのだろうか。
自分の知らないところでなにか大きなことが動いている気がする。
けど、それは一般人である私には関係のないことだった。
親戚の家に呼ばれていたので、帰り道、よることにする。
そこで待っていたのは見合い写真の山。
「ほら見て、この人なんて銀行勤務でねー。高収入よー」
「じゃあ私なんか選ばなくていいじゃない」
「そう自分を卑下しないの」
まあ確かに自分が結婚適齢期という実感はある。
けど、なんとなく向かないなと思うのだ。
生活も一日も一人の他人に縛られる。それを我慢できるかというと多分できない。
なんとか話を躱していると、歩美が叫んだ。
「犬!」
親戚の娘が犬を抱えてやってきた。犬は地面に降り立つ。
これで話を変えられる、と私は安堵する。
歩美は犬の顎を撫でたり背中を擦ったりしている、
それを鬱陶しげに身を捻って抵抗されると、歩美も流石に触るのを辞めた。
「ゴン太。久しぶりだねえ」
「もう十七歳だからね。すっかり老犬よ」
親戚の小母の口調も和らぐ。
「ゴン太ってダサい。誰がつけたんだろ」
歩美がからかうように言う。
(私よ)
数秒の間が生まれた。
「考えてみるとかっこいい名前かも」
「あんた結構蝙蝠ね。いらっしゃい、ゴン太」
ゴン太はゆっくりとした足取りで近づいてくる。そして、私の傍に座って休憩を取る。
長くないな、と見ていてわかった。
ゴン太のハートはヒビだらけで、今にも砕け散ってしまいそうだったから。
「ゴン太はまだまだ長生きするよ。私の結婚式観てもらうんだから」
親戚の娘はそう脳天気に言う。
私は、なにも言えなくなってしまった。
「ゴン太は、その子の希望を知ってるよ」
歩美が、淡々とした口調で言う。
「その一念で、必死に生きてるんだ」
私は、胸が締め付けられるのを感じた。
「小豆ちゃん、相手はいるの?」
親戚の娘、小豆は、しばし考え込んだ。
「仲のいい男子はいるけど恋人はいない」
「そっか」
楽にしてやりたい。そんな思いがある。
けれども、小豆の失いたくないという思いも尊重して然るべきだと思う。
どうしたものだろう、とゴン太のハートに触れる。
「あんた、死神だろう?」
ゴン太が、喋った。いや、そうと聞こえたのは私だけらしく、周囲はいつもの世間話を繰り返している。
「俺を殺す前に、小豆の奴に言ってやってほしいことがあるんだ」
私と歩美は目を見合わせた。
お互いの頭上にクエスチョンマークが浮かんでいた。
+++
小豆は、窓を開けて寝ていた。
暑い夏だが夜風は心地いい。
その時、網戸が開いて、小豆は息を呑んだ。
「おーいおいおい、攻撃すんなよ。俺だ」
「誰、ですか」
震える口で、言葉を必死に紡ぎ出す。
「どっちの手に持ってるか」
そう言って、男は握った両手を差し出す。
小豆の戸惑いを察知したかのように、男は話題を変える。
「それじゃあ、君の片思い遍歴を語るとしようかね。中学校時代は陽平。陽平はデブって幻滅して瞳。瞳には彼女ができて一郎」
小豆は焦った。全て当たっていたからだ。
「わ、わ、わやめてやめて。わかったから。わかったから。あなたは、私の知り合いなのね?」
「そういうわけだ。魔術で一晩だけ人間になることを許された」
小豆は眉根を寄せる。
「にわかに信じがたい話ね。けど、納得するしかないのね? ゴン太……」
「理解がよくて助かる。流石小豆だ」
そう言って、青年は微笑んだ。
「まずはだな。お前はめんくい過ぎだ。悪い男に引っかかるなよ」
「うん。まあ、自覚はあるけど」
「宿題とか先延ばしにしておく癖を矯正しとけよ。一生枷になるからな」
「うん。善処する」
「服は友達に選んでもらえ。お前のファッションはダサい」
「今のは一番ダメージでかかった」
「これくらいか。それさえ守れば、お前は幸せになれる」
「そっか」
ゴン太を名乗る青年は、網戸を閉めると、去っていった。
どうやら、夢を見ているらしい。
変な夢を見たものだと想う。
ゴン太との別れがあったのは、翌日だった。
+++
煙突から伸びていく煙を眺め、三人と浮遊霊は黄昏れていた。
「いくら俺が身軽だからって言って二階から家に入った経験はなかったッスよ」
昨晩ゴン太役を務めた五十嵐大地が言う。
「不法侵入ね。突き出せば謝礼金出るかしら」
楓が面白がるように言う。
「ゴン太は最後の最後まで飼い主の心配してたよ。どっちが守られてるのかわからないね」
「で、翠さん。自分がソウルキャッチャーだと認める気にはなったかしら?」
「今回はたまたま犬の声が聞こえたんです」
ゴン太の魂は、私の魂と一体化された。
生き続けるのに疲れた。それがゴン太の思いだったから。
「食えない女ね」
そう言って、楓は車の助手席に乗った。
大地は運転席に乗り、私は自然と後部座席に座る形になる。
「なんか逮捕された図みたいで嫌だなあ」
私のボヤキに、返事はなかった。
第六話 完