もう一人のソウルキャッチャー
「始まりはそうですね。半年前の寒い日でした」
楓はとつとつと語りだす。
独特の緊張感が居間に広がっていた。
パスタ冷めちゃうな、なんてことを心の片隅に起きつつ、話に聞き入る。
「市内のパイロキネシストが一人死亡しました。心臓発作でした」
「し……」
自然死では、と言いかけて、私は言い淀んだ。
ニュースで見た、この市で起こった火災事件。
発火原因は、未だ不明のままだ。
その事件と、パイロキネシストが死んだ時期は一致する。
「そう。彼はなんらかの方法で魂と自らの持つ超能力を抜かれた。その後何度も起きた事件から、我々はそう考えました」
「何度も、起こったのですか?」
何度も、人が死んだ。何度も、人が悲しんだ。もう一人のソウルキャッチャーはろくな性格の持ち主ではないらしい。
「そこで浮かび上がってきたのが、石動剛さんの事件です」
私は口籠る。あれは、自分と剛だけの秘密だ。
「石動剛さんも心臓発作だった。若くて働き盛りだった彼が何故? それを、私は確認しに来たわけです」
楓は目の前に置かれたカップに入った茶を一口飲み、言葉を続けた。
「当たりだったようですが」
楓は目を細めて微笑む。
「翠さん。あなたはソウルキャッチャーでしょう」
私は自分の膝下で握りしめられていた手に視線を落とした。その力が、不意に弱る。
顔に笑顔を浮かべる。
「違いますよ。私は一般的なOLです」
「なら、習ってもいない空手技や、氷にヒビを入れたサイコキネシスは?」
「空手は剛に習いました。サイコキネシスはよくわかりませんが、たまたまでは?」
楓は真っ直ぐに私の目を見る。私は視線を逸した。
楓は、一つ溜息を吐いた。
「わかりました。今後困ったことがあったらこちらに連絡をください」
そう言って、楓は名刺を渡してくる。私も、咄嗟に名刺を取り出して名刺交換になった。
「はい、ありがとうございます。けど、超能力者なんてそんじょそこらにいるもんなのかなあ」
「それも私の懸念するところなのですが……」
楓は、暗鬱な表情になる。
「この半年で、急激に増えているのですよ。超越者が」
「超越者……?」
「人を超越した存在。神の位に近づく不埒者。それを狩るのも、我々の仕事です」
そう言って、楓は茶の入ったカップを置いた。
そして立ち上がる。
「翠さん。今回は不問にしましょう。しかし、監視はつくものと思ってださい」
「はい」
これでいいのだろうか。不完全燃焼感がある。
「ソウルキャッチャーは魂が見えるんですよ」
私は、咄嗟にそう口にしていた。
外へ出ていこうとした楓の足が止まる。
「特殊能力を持つ魂は、その属性の象徴でデコレーションされています。だから、超越者は外出を控えたほうがいいのかも」
「……あなたも、見えるんですか?」
「噂話ですよ」
たっぷり二十秒考え込んで、楓は再び歩き始めた。
「では」
「はい」
家の扉が開き、人が出ていく音がする。
発車する音が聞こえて、遠ざかっていった。
「はぁー」
私は背後のソファーに体重を預けた。
「もう一人のソウルキャッチャーかぁ」
歩美が、どこか虚ろな口調で言う。
「疲れた?」
「霊体の私はサイコキネシスは身を削って使ってるようなもんだからね。回復にちょっとかかる」
「そっか、ごめんね」
「そういう時は、ありがとうって言うの」
正座で膝を軽く叩いて、彼女は言う。
そして、思うのだ。色々な能力を吸収したソウルキャッチャーと対峙した時。
自分は、生き残れるのだろうか、と。
背筋が少し、寒さに震えた。
しかし、寒さの根源が去り、部屋は暖かさを取り戻しつつあった。
あらためてこう思う。私は一般人でいたいのだ。
第五話 完
次回『瀕死の淵で』
ほのぼの話になります。