超越者キラー
「どう思う?」
相馬の質問に、楓は鼻を抑えながら答える。その瞳には、憐憫の色が宿る。
「生半可な敵に殺される手合ではなかった。私が言えるのはそれだけ」
二人はある一室にいた。
血まみれの部屋。倒れている死体。
そう、殺人現場だった。
殺されたのは五十嵐大地。飛行能力を持つ超越者だった。
まだ、若い。
それを思うと、楓の胸は苦しくなる。
玄関のチャイムが鳴った。
「はーい」
相馬が答える。
「葵です。来ました」
「おう、よく来てくれた。部屋に触るなよ。指紋がつく。この部屋に、痕跡はあるか?」
葵は部屋に入ってきて、血まみれの部屋に顔をしかめる。
そして、ある一点に目を止めて、そこに手を近づけた。
サイコメトラー。物の記憶を読み取る超越者。それがこの葵という少年なのだ。
「薄暗くてよく見えない……いや、シルエットからするに少女だ」
相馬も、楓も、目を丸くした。
この惨状を、一人の少女が作り出したというのだろうか。
「大地さんは無防備に寝転がっている。気が向いたら帰れよ、なんて言ってる」
葵は口元を抑えた。
「背後から少女が不意打ちした。形状から察するにダガーナイフだ。首を一瞬で掻っ切っている。手慣れた動作だ」
葵はそう言って、口元から手を離した。
「見えるのは、以上です」
「十分だ。よくやってくれた。後は鑑識を入れよう」
「そうね。本来は鑑識が最初に入るべき現場だし」
そう言って、三人は部屋の外に出る。
「去年からここんとこ、呪われてんのかと思うぜ。ソウルイーター事件も解決していないしな」
相馬はぼやく。
「そういえば、翠が休暇で戻ってきてるところね。飲みにでも誘おうかしら」
「恭司といちゃついてるとこだろ。邪魔してやんなよ」
「それもそうね」
楓はしばらく黙り込んで、嫌味っぽく微笑む。
「あんたにも気を使うって機能が備わってたのね」
「一般論だ」
「まあまあ」
葵が、間に入る。
鑑識班が到着した。荷物を持って、部屋の中に入っていく。
「少女、かぁ……」
楓は、呟くようにそう言った。
「せめて顔がわかればなあ」
「そうですねえ」
「まあ、贅沢は言えないか。よくやったよ、葵」
「皆さんには友人を救ってもらった恩があるんで」
「友人? 恋人だろ」
「またそんなガキみたいなからかい方をする……」
相馬の一言に、楓は呆れ混じりに言う。
葵は赤くなって、俯いてしまった。
微笑ましい少年だな、と楓は思う。
県下で起こった超越者殺害事件はこれで三件目。
連続殺人事件であることは明白だった。
+++
夕闇の空の下を、恭司は歩く。
今日は、翠が帰ってくる日だ。
恭司の家に泊まって、一緒に食事をとる約束をしている。
そうやって歩いていると、ふと、目の前にマントのフードを目深にかぶった不審者がいることに気がついた。
背格好から、年齢は測れない。背丈は女性にしては高く、男性にしては普通だ。
以前にも、こんな奴がいた。
フードを目深にかぶって暴れていたあいつ。
ソウルイーター。
嫌な連想だった。
相手は顔を上げる。
夕闇の中で、目に青い光が輝いていた。
「あなた、超越者ね」
少女の声だった。
恭司は黙り込む。
恭司が超越者であることを知っているのは、警察だけのはずだ。
「沈黙は返事と受け取った」
そう言って、少女はダガーナイフを両手に構える。
「佇め、撫壁!」
恭司の前にカイトシールドが現れる。
それは、絶対的な防御を誇る恭司の切り札だ。
それを破った人間は、未だいない。
しかし、あの少女の青い目はなんだったのだろう。
命がけの実戦だ。不安は尽きない。
少女の駆ける音がした。
そして、ダガーナイフが振るわれた。
撫壁が真っ二つに割れる。
恭司は驚愕に目を見開いていた。
信じられなかった。
ありえないと思った。
ソウルイーターでさえ、鬼でさえ、翠でさえ、壊せなかった撫壁。
それを、この少女は豆腐を切るように斬り裂いたのだ。
もう一本のダガーナイフが、恭司に襲いかかる。
恭司は撫壁の残った部分を持ち上げた。
横の攻撃は防げなかった。
突きは止めれるかもしれない。
なにより、カイトシールドを持ち上げることによって相手は狙いを絞りづらくなる。
破壊音がした。
撫壁が粉々に砕け散った音だ。
少女のダガーナイフは、真っ直ぐに伸び、恭司の腹部を深々と貫いた。
悲鳴が上がった。
「警察呼んで、警察!」
「おい、あんた、なにしてんだ!」
周囲の人々が異変に気がついて叫び声を上げる。
少女は周囲を見回し、少し迷ったようだが、そのままその場を後にした。
「なんだよ……一体……」
ダガーナイフが抜かれた腹から血液がどんどん溢れてくる。
通りすがりの人が服を使って抑えてくれたが、駄目だ。
あっという間にその服は血まみれになった。
(あれ? 俺、死ぬの? こんなところで……)
恭司は、漠然とそう思いながら、空を眺めた。
月と太陽が、離れた位置で強い存在感を放っていた。
+++
「それが遅刻した理由?」
病室で事情を説明した翠の反応が、それだった。
「悪かったと思ってるよ」
「三時間待った」
翠は恨みがましげに言う。
そして、表情を緩めた。
「私を呼んでくれればすぐ治療できたのに。なんでそうしなかったの?」
「いやー、騒動でスマホ落としちまってな。それは後日警官が届けてくれたんだけど」
「けど、まともにやって恭司に勝てるわけがないわ。撫壁はソウルイーターの吸魂でさえ弾いた。絶対的な壁だった」
「豆腐みたいにすぱっと斬られたよ」
「うーん」
翠は考え込んでいるようだった。
「超越者連続殺人事件と関係しているのかしら。今回の子」
「だとしたら、どうする?」
「私が捕まえる」
強い決意が篭った目で、翠は言う。
「俺との休暇は?」
「恭司を刺したんだよ? 許せないよ。被害者が増えるのも一般人として放置しておけない」
一般人。
よく言ったもんだと思う。
「治療は終わったわ」
そう言って、翠は恭司の腹部から手を離す。
「んじゃ、私は楓さんと合流して捜査に行ってくるから」
そう言って片手を上げると、翠は去っていった。
「友達から、かぁ」
恭司は、病室に入ってきてからの翠の態度を振り返る。
「先は、長いなあ……」
思わず、溜息が漏れた。
そして、不安になる。
あの、青い光を放つ目。
あの少女と戦って、翠が勝つ保証はあるだろうか。
恭司は、勝てると思って挑んだ。けど、勝てなかった。
考えれば考えるほど不安になったが、考え直す。
「楓さんと相馬さんがいるから滅多なことにはならないよな……」
自分を誤魔化すように、恭司はそう呟いた。
第二話 完
次回『平穏の中で』




