表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソウルキャッチャーズ~私は一般人でいたいのだ~  作者: 熊出
第一章 私は一般人でいたいのだ
2/391

彼といたかった

スランプあけの一作目。

のんびりやっていこうと思います。


※映画、『海の上のピアニスト』のネタバレがあります。

 冗談みたいに雪が降った平成の冬。雪の白に負けないほどの白一色の病室で、私は彼を見舞った。

 頭に巻かれた包帯が、彼の過ちの象徴に思えた。

 窓の外は一面の白。広々とした外の世界の住人の何人がこの男の過ちを知っているだろう。


 私はベッドに腰掛けて、彼の顔を見た。彼は、どういう表情をしたものか迷っているようだった。


「なんで飛び降りなんてしたの?」


 氷のように冷たい声で、端的に問う。

 彼、石動剛は、飛び降り自殺に失敗して生き延びたのだった。


「いや、色々理由はあるんだけど」


 彼は視線を上下左右に落ち着かなく動かす。


「ちょっと魔が差したって感じかな」


「ふうん」


 そうは見えない。

 剛は一ヶ月前に、作業中のミスで会社をクビになり、婚約者にフラれた。

 それが理由だと言われたほうがしっくりとくる。

 しかし、それを出さないのが彼なりの男の見栄というものなのだろう。


「次に魔が差す可能性は?」


「な、ないよ」


 剛は即答した。

 しかし、どこか声が上ずっている気がしたし、彼の自殺願望が消えていないことは私にはわかっているのだ。

 私には剛の心の状態が手に取るように分かっていた。


「そう願うね。家が隣同士の腐れ縁だ。心が締め付けられるような思いはもうまっぴらさね」


「悪いことをしたと思ってるよ。もう自殺なんかしないさ」


「精神病棟に移れば? 少しは悩みが薄れるかもしれない」


 それも単なる時間稼ぎにしかならないだろう。私はそうと確信している。


「俺は心の病気じゃないよ」


 不貞腐れたように剛は言う。


「心に隙間があったから自殺なんてしたんじゃない?」


 剛は俯いて黙り込む。結び合っていた視線が解けた。


「ま、いいわ。私は帰るけれど、養生しなさいよ」


 そう言って、私は勢い良く上半身を浮かせた。


「なあ、翠」


 呼び止められて、振り返る。

 斎藤翠。私の名だ。


「いや、なんでもない」


 剛は気弱げにそう言うと、再び俯いて、股の辺りで組んでいる手の一点に視線を落とした。


「……っそ」


 素っ気なくそう言うと、私は家に帰った。


 私、斎藤翠は表向きは一般的なOLだ。けれども、一つだけ特殊能力を持っている。

 人の魂が見えるのだ。

 胸の前にハートが見え、その形や色でその人の状態が見える。

 普通の人間は赤々とした色をしているそのハートが、剛の場合は真っ黒だった。

 完全なる闇。虚無。


 だから私は、剛が近々また自殺未遂を起こすのではないかと踏んでいた。

 それが杞憂に終わることも祈っていた。



+++



 剛が退院したのは一月で一番雪が降った日だった。

 車の音を聞いて部屋から外を覗き、家に入っていく剛を見守る。

 そして、なんとなく剛の家へと訪ねてみることにした。


 ダイニングで剛と向かい合わせに座る。

 剛は紅茶を入れてくれた。

 剛の両親は既に逝去している。一人ぼっちで広い家に暮らす剛の心は、私にはわからない。


「まったく、あんたは昔から問題児ね」


 ぼやくように言うと、剛は苦笑した。


「そうだったね」


「中学校時代も不登校になって。私が無理やり連れ出してた」


「異性の幼馴染ってそういう時期に疎遠になるような気がするけどな」


 剛は中空に視線を逸して言う。


「もう腐れ縁でしょ」


「そうだね」


 剛は再び苦笑を顔に浮かべた。


「今度飲みに行きましょうよ。ちょっとは気が晴れるかもよ」


「就職活動終わったらでどうかな。就職祝いも兼ねれる」


「その時はその時でまた飲めばいいのよ」


「そうだね。じゃあ、予定はいつにする?」


「そうねえ。週末の土曜日でどうかしら」


「いいよ、飲みに行こう」


「よし、予定入れとく」


 スマートフォンを取り出し、アプリを起動し、予定を入力する。


「ねえ、翠」


「ん、なに?」


 スマートフォンから視線を上げる。

 剛があんまりにも真剣な表情をしていたので、思わず心音が高鳴る。

 しかしそれは一瞬のことで、剛はすぐにいつもの気弱気な苦笑を顔に浮かべた。


「いや、なんでもない」


「病院でもそれ、やってなかったっけ。なんか言いたいことがあるなら聞くわよ」


「いや、本当になんでもないんだ」


「……そう」


 会話も一通り済んで、私と剛は玄関に移動した。


「私、嫌よ。死体の第一発見者になるなんて」


 靴を履きながら言う。


「わかってるよ。わかってる」


 けど、そう言う剛のハートは漆黒な闇のままだ。

 どうして、と思う。

 どうして、私ではその器は満たせないのか。

 帰って、ベッドに寝転がって、考える。


(近すぎて、異性と思われてないんだろうな……)


 枕を抱きしめる。

 自分の匂いしかしなかった。



+++



 虫の予感とでも言うべきか。

 深夜に目が覚めた。

 剛のハートの気配を感じる。弱っている。

 肌の上に降ってきた雪のように、消えようとしている。


 私は家を出て、剛の家のチャイムを押した。

 反応はない。深夜だ。出てこないのも不自然ではない。

 けれども、私は剛のハートが弱っているのを感じ取っていた。


 庭に周り、大きなガラスを割る。

 そして、ダイニングに行くと、腹に包丁を刺した剛が胡座をかいていた。

 何度も刺したのだろう。服は下半分が真っ赤だ。


「痛い……痛い……」


 剛は、呻くように言う。


「そりゃ痛いよ。なにやってんのさ。第一発見者は嫌だって言ったじゃないか」


「すまない。けど……」


 剛は真っ直ぐに私を見た。

 心音が高鳴る。


「昔はわからなかった。今はわかる。映画の海の上のピアニスト。ピアニストは地上に降りるのを拒否して船に残る」


 剛はゆっくりと、言葉を紡いでいく。


「世界は広大すぎるピアノだ。どのキーを叩けばいいかわからない。僕にはお手上げだ、と」


 剛は項垂れる。


「今の俺も、同じ気持ちだ。どう生きればいいか、わからない」


 思わず、言葉が喉元に込み上がってくる。

 私じゃ、駄目なのかと。

 駄目なのだろう。だから、彼は私の言葉に耳を貸さず、再び自殺を図った。


 私は、一つ息を吐いた。


「わかったわ、剛。苦しんだね。今、楽にしてあげる」


 私は、そう言って手を伸ばした。剛の黒いハートに触れる前に、一度躊躇いから手を止める。

 剛は戸惑った表情をしていた。彼の苦しみも、彼の痛みも、私にはわからない。

 私達二人は、一緒に育ったというのに、悲しいほどに分かり合えない。

 ならばいっそ、と、ハートを掴む。

 そして、剛から引き剥がした。


 その瞬間、剛の体が支える力を失って背後に倒れた。

 開いた瞳は焦点があっていない。

 その瞼を、私はゆっくりと閉じさせた。


「お疲れ様、剛。ゆっくり眠ってね」


 剛のハートが体の中に流れ込んでくる。ストックするか、吸収するかを選択しなければならない。

 私は吸収を選んだ。

 私の中で苦しみながら生きるのは酷だろうと思ったのだ。


 体が軽く感じられる。

 剛の身体能力が私に宿ったのだ。

 これで、剛と私は一つになった。


 こんなケースでしか、一つになれなかった。

 私は、しばし泣いた。



+++



 質素な葬式が行われ、剛の体が焼かれた。煙が煙突から旅立っていく。

 それを見上げて、私は思う。

 どうしても剛が欲しかった。一部分だけでも。魂だけでも。

 それが、歪んだ形であれど、達成された。

 私は、目を閉じて、しばし剛との思い出を噛み締めた。



第一話、完

次回、水子の霊

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ