夜空の下で、二人
相馬は上空から全てを見ていた。
楓と敵の遭遇。そして、楓の逃走も。
「一応はコンビだからね」
そう言って相馬は懐から拳銃を取り出す。
「威嚇射撃はいらないな」
トリガーを迷いなく三度引く。
男を取り囲む巨大な腕の数本が、それを受け止めた。
本体にダメージがいった様子はない。
パーカーの下に隠れた赤い目が、こちらを向いた。
「銃でも駄目、か」
腕が伸びてくる。相馬を捕まえようと、いや、魂を奪おうと襲い掛かってくる。
それを回避しつつ、相馬は徐々に距離をおいていく。
「部隊の再編成が必要だな」
ひとりごちて、相馬は警察署に向かった。
対策本部では既に楓が熱弁を奮っているところだった。
「何十本もの巨大な腕。防御にも攻撃にも使えるそれに対して多くの術者は無力です」
本部長が苦い顔でそれを聞いている。
「今の編成では足りんかね」
「犠牲者を増やすだけですね」
「ふむ……」
本部長は椅子に腰を埋め、しばし考え込む。
「有効であるとすれば敵が腕を展開する前の不意打ち。しかし、敵が動かねばそれが犯人だとは判別できない」
本部長は一つ溜息を吐いた。
「難儀だな。相馬君も話があるのか?」
「私も件の敵と遭遇して、少し小競り合いをしました」
「ほう」
本部長は目を丸くする。
楓は数秒唖然とした表情をしていたが、すぐに怒気に顔を歪めた。
「つけてたわね!」
「一応、コンビだからな」
「ストーカー!」
「一般市民を巻き込んでいるお前ほど世間に迷惑はかけていないさ」
「まあまあ。で、どうだった?」
本部長が二人の喧嘩を遮り、言う。
相馬は静かな声で告げた。
「銃弾三発をおみまいしましたが、全て腕に塞がれてしまいました。第一関門。それが腕かと」
「こんな時、三枝君が生きていてくれれば……」
本部長が口にした名前は、今は亡きパイロキネシストの名前だ。
「その能力も敵に奪われています」
楓が淡々とした口調で言う。
「いいだろう」
本部長は溜息を吐く。この光も見えない事件の解決を祈りながら。
「今から安全第一の新しい編成を組む。そうでなければ、対処もままなるまいな」
そう言って、本部長は話を締めくくった。
+++
「斎藤くん」
うたた寝していた私は、その一言で背筋を伸ばした。
いつの間にか、課長が近くに来ている。
「なんでしょう?」
「この書類の、ここ」
言われた箇所を目視してみる。自分で自分にうんざりする時ってこんな時だと思う。
提示された書類には、イージーミスがあった。
「頼むよ。職場でぼーっとされたら困る」
「すぐ直します」
キータイピングをしていく。
これが、私が守りたかった日常。
でも、今の私は非日常に腰までずっぽり沈んでいる。
今日の夜も探索があるのだろう。
そう思い、私は天井を仰いだ。
結局、そうやって注意力散漫になっていけば、日常だって壊れるのに、私はなんの対策もできてはいなかった。
夜になってランニングルックになると、会社の裏の公園に集まる。
楓は、既に来ているところだった。
「遅いわね、恭司」
彼女は、呟くように言う。
「残業とかあったんじゃ」
「あいつの会社にはあいつに残業させるなって強く言いつけたはずよ」
「親方日の丸は強いですね」
「ま、誤認逮捕で悪い噂が広がって本人がいたくないでしょうけど」
それを思うと、恭司が気の毒だった。
十分ほどして、恭司がやってきた。
疲れた顔だ。
「定時上がりにしては疲れた顔ね」
「久々の仕事はままならなくて……それに秘密道具を持ってきましたから」
そう言って、彼は紙袋を持ち上げる。
中から、望遠鏡が覗いている。
「誰か一人がビルから監視。超越者を見つければ電話で連絡する。合理的でしょう?」
「そうね。その誰かも、適任者は一人しかいないわ」
楓はそう言って、紙袋を受け取って、私の手に乗せる。
「ビルの上からの偵察ですか? けど、それじゃあ繁華街しか探れないと思いますけど」
「その繁華街が一番危ない場所とは思わない?」
「まあ、それもそうですね」
話は決まった。
私達のトリオ活動は、順調にスタートを切ったのだった。
+++
ビルの上から望遠鏡で地上を眺める。
沢山の魂が肉体を持って道を行き来している。
「恭司さんまで来ることはなかったんじゃないですか?」
恭司は私の横でしゃがみこんでいる。
「勘がいい奴はこっちにまわすって方針らしいからね。それに、一人のほうが囮に使いやすいんだと」
「なるほど」
言いつつも、私は望遠鏡を操作している。
「あ、超越者見つけた」
「連絡入れるよ」
そう言って、恭司は楓に連絡を取る。
無事捕縛されたようだった。
「なんか変な感じですよね。今まで私は一般人だった。それが、今や得体の知れない組織に加担している」
「俺だってそうさ。逮捕されたり協力させられたりろくなことがない」
沈黙が漂った。愚痴を言うのは不毛な気がした。
「あ」
「また超越者か?」
「いえね、月が綺麗だなと思って」
「本当だ。綺麗な満月だな……」
「剛と、この空を見たかった」
私は、言ってから失礼な台詞だったと後悔した。
「剛?」
「私の幼馴染です。何度も自殺未遂をして。そして、私は彼を吸収した」
「恋人だったのかい?」
「片思いです」
あの事件の顛末をここまで人に喋る機会は初めてだった。
恭司は引くわけでもなく、ただ静かに、私の声を聞いていた。
私は苦笑して、言葉を続ける。
「中学の頃からしょうもない奴だったんですよ。俺は特殊な分野でプロになるから学校なんて行かないとか言い出しいて。恋愛して、その夢も諦めたって話だったんですけどね」
「そんな奴のどこが良かったんだ?」
恭司は疑わしげに言う、
「わかりません。ただ、夢を諦めると聞いた時は驚いたものでした。それは剛の一生そのものだったから。けど、剛は仕事を首になり、婚約者にも逃げられた。夢より大事なものを得た人間がそれを失った時のショックってどんなものか、私にはわからない」
「俺にもわからんね」
「結局、剛は立ち直れなかった。肉体は焼かれ、天に戻りました」
「けど、魂は翠さんと共にいる」
「まあ、綺麗に言えばそうです」
「無駄なことなんて一つもなかったんだと思うよ。無駄なんかじゃない」
私は視界が歪むのを感じた。
考えてみれば、あの件を肯定されたのは初めてだ。
「恭司さんってモテるでしょ」
私はからかうように言っていた。
「なんで?」
「優しいから」
月夜の下、二人の心が近づくのを私は感じていた。
その時のことだった。
冷たい風に撫でられ、心臓を掴まれたような気分になった。
「なに? これ……」
「翠さんも感じるか、これを」
「悪寒がする。なにかよくないことが起きようとしている」
「楓さんに連絡を取るよ」
そう言って、恭司はスマートフォンを取り出す。
なにが起きようとしているのだろう。未来予知者ではない私にはわからない。ただ、私は震えていることしかできなかった。
第十一話 完
次回『遭遇、遭遇』




