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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

双頭のウロボロス

作者: 黒影翼




双頭のウロボロス




足跡の形にコンクリートが浮かぶ程度の浅い雪が積もる道。

その一角に、赤があった。


血溜まりを作る、一つの人だったものの姿。


「め…ぐる…」


それを見下ろして彼…星影紡は呆然と、その名を呟いた。

名前を呼んでも動かない、動く訳がない。

原型こそ保っているが、あちこちが人の形状ではなくなっていた。


「あ…ぁ…」


地面に倒れたソレを前に、雪も気にせず膝を手をついて崩れ落ちる紡。

寒さで、絶望で、その身体が震え…



「あらあら、元気なさそうね。」



紡の頭上から、艶かしい声がした。


ありえない位置からの声にさすがに顔を上げる紡。


そこには、黒い翼に水着ほど露出部分の多い、服かも怪しい服装で浮いている女性の姿があった。


「は、はは…夢だ…こんなの夢だ…浮いてる人間なんているはずない…」

「そりゃそうよ、私悪魔だもの。んーっ…なかなか美味しい絶望を感じて来ちゃった。」


楽しげに身体を伸ばして告げる女性…悪魔。

紡は呆然と、悪魔と廻の遺体を交互に見る。


「…ね、その娘、死なせたくない?」

「え?」

「よければ力になるわよ?うふふ。」


舌先をチロリと見せながら笑いかける悪魔。

けれど、今の紡には彼女の表情なんかはどうでも良く、たった一つだけで十分だった。


「廻を…死なせないって…どういう事?」

「こ・れ…使わせてあげてもいいわよ。」


戸惑う紡の前に、小さな蛇のリングを見せる悪魔。

自分の尾を咥えた蛇のリング。

それだけ聞いても訳が分からないが、少なくとも背中に羽根を生やして宙に浮く存在なんて異質なものが使えと言う代物、どういう意味なのか…紡は期待を持った。


「回帰のウロボロス…時を繰り返す力を持つリング。過去に戻って事象を変えることが出来るわ。条件付でだけどね。」

「っ!じゃあ廻も!?」

「助けられるわよ。」


勢い良く立ち上がる紡。

相手が神でも悪魔でもそんな事は紡には関係なかった。


廻が助けられる。

彼にとって、それが全てだった。


「条件は?」

「それは使ってみてのお楽しみ。勿論いらないなら別にいいけど。」

「い、いる!お願いします、使わせてください!」


律儀に頭を下げる紡を見て、笑みを浮かべていた頬を更に吊り上げた悪魔は、そっと手にしていたリングを差し出して手放す。


「リングを嵌めて願いなさい。それで回帰するわ。」


言われた通りにリングを右手の人差し指に嵌めた紡は、悪魔に笑みを向ける。


「ありがとう、悪魔さん。」


欲望に焦って飛びつかずに丁寧に礼を告げる紡の姿は悪魔にとって珍しいもので、少し驚いた。

そんな彼女を前に再び頭を下げた紡は、今度こそ悪魔から視線を外し、廻に意識を向けて、両手を組んで祈るように目を閉じる。


「お願いだ…廻が生きている時間へ…どうか…」


口にして、祈りを、願いを確かなものに。



そして…世界は繰り返す。









紡はベッドで勢いよく身を起こす。

電話のディスプレイの示す時刻が約束のクリスマスの朝である事と、右手の人差し指に蛇のリングがあることを確認して、紡は深呼吸をした。


(何としても廻を死なせないようにしなきゃ。)


周囲の状況を確認して、覚悟を決めるように念じる紡。


「はぁいおはよう、元気かしら?」


直後、天井に逆さに立つように足をつけている悪魔が眼前に見えた。


「う、うわぁっ!!」


慌てふためいた紡はベッドから転げ落ちる。

直後、左胸を抑えて踞った。


「あら?どうしたの?」

「っは…ぁ…あ、悪魔さん…脅かさないでよ…」


床で必死に呼吸を整えようとする紡を見て目を細めた悪魔は、半回転して音もたてずに空中で足を組む。


「落ち着いたなら答えなさいよ。」

「心臓が人より弱いんだ、急に驚いたりするとちょっとね…」


答えてゆっくりと立ち上がる紡。

悪魔はその様子を見ながら口をつぐんだ。


(こいつが死んじゃったら面白くない…あーあ…扱いに困るわね。)


つまらなそうに腕を組む悪魔を前に呼吸を整えた紡は、改めてどうすればいいかを考える。


(とりあえず出かけないのが一番だよね…凄く楽しみにしてる廻には悪いけど…)


一瞬揺らいだ紡だったが、眼前で散った廻の姿を思い出して、覚悟するように手を握り込む。


示し合わせたかのように、チャイムがなった。


階段を降りて玄関に向かう紡。

心臓が強く打ち、左胸を服ごと鷲掴みにする。


(大丈夫…何とかしなきゃ。)


嫌な緊張感を振り払うつもりで家の扉に手をかけ…


「おはよっ紡。準備はできてる?」


扉の方が先に開いた。

ニコニコと、心から楽しそうに扉を開いて紡の家に入ってきた少女は、沢代廻。


雪の中に赤をぶちまけていた、紡の大切な人。


「ぁ…」


紡は思わず彼女の手をつかむ。

生きている、話せる廻。

その再会は紡にとって、あの赤を前にして以来で…

すべて知らない廻は、いきなり必死につかまれたことに驚き戸惑う。


「ちょ、な、何?どうかした?」

「ご、ごめん…あのさ、今日は家で過ごすわけにはいかないかな?」


廻が今日と言う日をどれ程心待にしてくれていたか、それを知っている紡は、強くは言い出せなかった。

それでも、記憶に新しいあの赤を避けるために…


「な、何言ってるのよ!駄目に決まってるでしょ!!」

「あ、えと…だよね…」


言い出した提案は、すぐさま廻に怒られて、紡は苦笑いを返すことしかできなかった。


母子家庭の廻と父子家庭の紡。

お金に余裕があるのは紡だったが、廻は『たかるみたいで嫌』とこの日を一緒に過ごすためにあれこれ我慢し続けて生活していたのだ。

こっそり廻の母親に自分からと内緒にするように惣菜や菓子を作って差し入れていた紡はそれをよく知っている。


(…結末の時だけ変えればいいか、交差点に行く時間を変えればいいんだ。)


廻の傷つく姿を見たくない。

それは、今彼女の念願を断ち切っても同じことで…


「ごめん、朝ちょっとふらついて…確かにもう落ち着いてきてるから、大丈夫。」

「全くもう…脅かさないでよね。そんなの大丈夫なんだから。」

「はは…そうだね。」


一見心配していないようにも聞こえる廻の台詞は、そうではないことを知っている。

案の定、外に出るなり寄り添うように手を繋いだ廻は、紡に微笑みかける。


「紡のペースでいけばそんなに疲れないし、こうしてれば何かあってもすぐに分かるから。ねっ。」


楽しそうな廻の手を引いて家を出る紡。

あれこれ言っても、この廻と過ごす一時が好きなんだと改めて感じた紡は、あっさり流される自分の弱さに呆れながら、再び約束のクリスマスデートへ踏み出した。





紡は気にしないつもりだった。

けれど、どうしたって無理があった。


大切な人が死ぬ。


それを前に楽しく気兼ねなく遊べるわけがなく…


「ねぇ、何で上の空なのよ?」


レストランで向かい合いながら、廻はむくれて問いを投げ掛けた。


死への恐怖…それも、紡自身ではなく廻の死。

近づけば近づくほど心穏やかに楽しむことなどできず、それを悟った理由だけ知らない廻は不機嫌になっていた。


「…ごめん、お願いだ。もう少し一緒にいて。」


その不機嫌を承知の上で、時計を確認した紡はそう言った。

一時間は帰る時間を外したいが、今帰ればあの同じタイミングになってしまう。


「っ…むぅ…浮気って訳じゃないのね。」

「あ、当たり前だよ!って、こんな日に落ち着けてなかったら誤解も無理ないか…」


いぶかしむ廻を前に落ち着けずに落ち込む紡。

廻は深く溜息を吐いて小さく頷いた。


「ま、いいわ。帰ろうって提案じゃなかったし。」

「あはは…ごめんね無理言っ」




話している途中に紡の意識が切れた。

意識が切れたことに気づいたのは、目を覚ました…否、気絶していたことに気づいて状況を認識し出してからだった。


何が起きたのか?紡は周囲を見回し…


店内に突き刺さったトラックの姿を見つけた。


(…あぁ、あれのせいか、僕たちがいた席に突っ込んだみたいだから、吹っ飛ばされて地面を転がっていたんだ。)


アドレナリンのせいか痛みがない。

その事が妙な非現実感を紡の身体に伝え…


今、自分が、何をするためにここにいるのかを思い出した。


「廻…っ!!!」


響き渡る喧騒、消えたり光ったりする色々な光、それらを無視して視線を彷徨わせた紡は…



壁に張り付いている何かを見た。



動かない。

当たり前だ、生身の人間がアレで動けたらどうかしている。


それが、見知った姿であれば…


「ぁ…」


力が抜けて、紡は崩れ落ちた。




「はぁいお疲れ様。一回目はどうだった?」

「ぁ…」


憔悴しきった紡に声をかけたのは悪魔だった。

楽しそうに、空から語りかけてくる悪魔。


「一…回…目?」

「簡単、とは言ってないわよ。そりゃ決まった事象をひっくり返そうって言うんだもの。」


震える声で聞いた紡に対して明るく返す悪魔。

紡は、力の入らない全身に走る痛みを無視して、右手を見る。


相変わらず、その手には、回帰のウロボロスがあった。


「…そう…だね、こんなものがただ扱える訳がない。」

「そゆこと。あ、嘘は吐いてないわよ?ちゃんと彼女を助ける方法はあるから、頑張って。」


軽く投げかけられて、紡は右手を握る。

元々弱い身体、放っておいて死んでしまっては回帰自体出来なくなるかもしれない。

痛みが蘇る前に右手を握り締め、紡は目を閉じた。




四回目。

地上で場所を変えても変えても関わる車両から引き離す為に高階層の施設に入ったが、階段から足を踏み外した廻は頭を強く打って息絶えた。



六回目。

どうにか家にと思ったが不機嫌になって飛び出した廻を探して一日中駆け回り、見つけたときに丁度目の前で突っ込んできたバイクに轢かれて散った。





七回目…



「…お願い…だ…廻…家に…傍に居て…お願い…だから…」

「え?ちょ、な、何?どうしたの?」


恥も外聞も精神力も、何もかも擦り切れた紡は、泣きながら廻の手を掴んでいた。

それは廻も痛いほど必死なもので、なのにあまりにも弱弱しく今にも消えてしまいそうな紡の姿に、廻は無理に外に出ようとする足を止めた。


「…あぁもう、分かった。分かったからそんなに泣かないでよ。私がいるんだから。ねっ?」


泣きながら縋る紡を前に、その頭を抱きしめた廻はポンポンと優しく縋る紡の頭を叩いた。





「いい加減落ち着いた?」

「ごめん…ありがとう廻。」


廻の入れてくれた少し苦いお茶を飲みながら、紡は深い息を吐いた。


「全く…そんなに言うなら今日は紡の為に使ってあげるから、ちゃんと埋め合わせしてよね?」

「うん、僕に出来るなら何だって。だから今日だけは…」

「分かってる、一緒にいるから。」


不安そうな紡の隣に座って手を握る廻。

紡は、全く疑問を持たずに手を握る…ウロボロスのはまった手を握る廻に、話が通じる訳がない事を確信していた。


(このまま…このまま今日さえ越えればいい…)


当初の予定とは大分違うものになったものの、それでも必死の訴えに応じて共に過ごす時間は温かく、ボロボロの紡を気遣ってか、殆ど紡の言う事に意を唱える事は無かった。

映画を見て、カードで遊んで、そんな他愛無い時間を過ごした。


せめて食事くらいはとクリスマスらしい取り合わせを注文して堪能し、泊まって行くように懇願する紡に頷いた廻。

風呂を済ませて紡の部屋に、階段を上る。


こんな些細な事すら恐ろしい今は、紡は背後について全力で備える事にして…


ある種、予想通り足を踏み外して落ちてきた廻を受け止め、背中から階下に…





衝撃は、あまり無かった。





体は痛むが意識はある、それに気付いた紡は、自分が誰かに抱きしめられている事に気付いて…


立ち上がる。


頭を打ったのか、ピクリとも動かなくなった廻の姿があった。


「は…はは…」


紡の口から乾いた笑いが漏れ…




「何で…なんでなんだよっ!どうして僕は!僕の体はこんな!大切な人一人守りきれない程弱いんだっ!!!」




力任せに握った拳を壁に叩き付けた。

壁は軽い音を立て、手に鈍痛を返す。


元々心臓が弱い為に過度な運動を控えてきた紡は、さして身体能力が無かった。

女の子一人受け止められないほどに…


「貴方のせいじゃないわよ。」

「悪魔さん…」


どこで様子を見ているのか、廻の死と共に現れる悪魔。

その姿を呆然と見上げる紡。


「そのリングは回帰のウロボロス。貴方の願いが叶った時点で回帰じゃなくなっちゃうじゃない。」


刺された右手を見る紡。蛇のリング、ウロボロス。


(やっぱり…そういう事…か。)



「…悪魔さん、廻は助けられるんですよね?」

「えぇ勿論。」


リングを見ながらの紡の問いに明るく返す悪魔。

答えず、紡は右手を握り、目を閉じた。










八回目…


何度繰り返したか分からない朝。

当たり前のようにいる悪魔を前に、ベッドから降りた紡は…



「ありがとう。」


笑顔で、お礼を告げた。

悪魔は一瞬考えて、笑顔の中にある紡の覚悟に気付いて目を細める。


「貴方…気付いて…ううん、気付いていて、そのお礼本気で言ってるの?」

「はい。」


戸惑う悪魔に対して、紡は笑顔で答えた。






そして、紡は玄関に向かう。

当初の予定通りのクリスマスデートをかみ締めるように堪能し、廻を初めて失った帰り道。

止まっていた車に光が灯り、そして…





全霊を以って廻を庇った紡は一人、急発進した車に撥ねられた。





回帰は終わる。

廻は助かった。

一人尻餅をつかされた廻は、目の前の光景に理解が追いつかないまま、呆然と幽鬼のように立ち上がった。


足跡の形にコンクリートが浮かぶ程度の浅い雪が積もる道。

その一角に、赤があった。


血溜まりを作る、一つの人だったものの姿。


「つ…むぐ…」


それを見下ろして彼女…沢代廻は呆然と、その名を呟いた。

名前を呼んでも動かない、動く訳がない。

原型こそ保っているが、あちこちが人の形状ではなくなっていた。


「う…そ…」


地面に倒れたソレを前に、雪も気にせず膝を折って崩れ落ちる廻。

寒さで、絶望で、その身体が震え…



「あらあら、元気なさそうね。」



廻の頭上から、艶かしい声がした。







「…えっ…は…な、何よアンタ!何で浮いてっ…」

「あら、強気ね。私は悪魔よ。」


この状況で楽しげに話しかけてくる悪魔を前に、涙を流して震えていた廻は、立ち上がって拳を握る。


「ま、まさかアンタが紡を!?」

「いやね、車に轢かれて死んじゃったのが何で私のせいなのよ。」

「悪魔なんて名乗られて何をどう信用するのよ!」


浮いている上に黒い翼を生やした異端の姿。

その上悪魔だと名乗る彼女を前に、廻はこの事故すら理解できない力で起こしたのではないかと疑う。

だが、悪魔はニヤニヤ笑いながらひらひらと手を振った。


「信じないなら悪魔って所も信じるのやめなさいな、自分勝手ねぇ。」

「ぐっ…だ、だったら何しに来たのよっ!」

「彼を助けたかったら、力を貸してあげようと思って。」


敵意むき出しだった廻がその拳を解く。

雪の上に赤を広げ倒れた紡と宙に浮かび笑う悪魔を見比べる。


「…ちゃんと紡を助けられるの?」

「勿論。ただし、助けるのはあくまで貴女だけどね。この回帰のウロボロスの力で過去に戻って。」


開かれた悪魔の掌に浮かぶ、尾をくわえた蛇のリング。

それを見て、悪魔を見て…


「お願い、力を貸して。」

「えぇ勿論。はい、どうぞ。リングを嵌めて願えば、それで回帰するわ。」


悪魔からフワリと、浮いているリングをそのまま手元に移された廻は、そのリングを右の人差し指に嵌める。


「…ありがと。」


短く、悪魔の顔を見ずに礼を告げた廻は、紡の前で手を組む。


「お願い…紡が生きている時間へ…どうか…」


口にして、祈りを、願いを確かなものに。



そして…世界は繰り返す。









一回目。

クリスマスイブの約束自体は楽しんでも、最後に家の傍の交差点を通らなければ大丈夫だろうと、手を繋いで遠回りを誘導したものの、結局現れたトラックが突っ込んできて紡が廻を庇って肉塊と成り果てた。


三回目。

いっそ出かけなければと体調を崩した事にして部屋に引き篭もっていたら、家の前から事故の音がした。飛び出すと、プレゼントらしき血濡れの箱を手にした紡が電信柱と車に挟まれて半分つぶれていた。




四回目…



「お願い!今日は紡の家で過ごしましょ!?」


両手を合わせ軽く頭を下げる廻を見て、驚いたように目を見開いた紡は、少しの間を置いて柔らかい笑みを浮かべた。


「いいよ。それじゃとりあえず上がって。」


何も聞かずに引き下がって台所へ向かう紡の背を、廻は不満気に見つめ…結局玄関で棒立ちしていても仕方ないので靴を脱いで家に上がる。


廻がリビングのソファーに腰掛けてしばらくして、紡がお盆にティーポットと菓子を載せて持ってきた。

前のテーブルにそれらを降ろすと、お盆をテーブルに立てかけて廻の隣に座る紡。


(…これ、凄い美味しい…)


母とアパートの一室で安物生活を送っている廻からすると分からないレベルで上品な、嫌な淀みのようなもののない紅茶。

自分の家より余程マシとは言え、普段は出ないそれに紡の気遣いを感じとった廻はカップを置いて俯いた。


「…ねぇ、どうして文句も言わないの?」

「え?」


廻の問いかけに聞き返す紡。

廻は隣の紡を睨みつけるように横を向いた。


「ずっと楽しみに…紡だって思っててくれたはずなのに…何で文句も言わなきゃ何も聞いても来ないの?」


八つ当たり気味に怒る廻。

分かっている、今の紡が何度も死んでいる事を知らない事くらいは、廻も分かっている。

けれど、自分のために、自分を庇って、そんな死を繰り返す紡の優しさに、分かっているからこそ怒ってしまっていた。


「それは…女の子だから僕には分からない色々あるだろうし。それに…」

「それに、んっ!?」


聞き返そうとした所を詰め寄られて口を口で塞がれ、廻の思考が止まる。

そっと頬に添えた手を僅かに押して口を離した紡は微笑む。


「何をするか、って言うより、廻といられる方が大事だから。嫌だ出かけるって喧嘩して、来年廻を失ったクリスマスを迎える位なら我慢にもならないよ。」

「あ…ぅ…」

「どうでもいいと思ってるんじゃないかって、不安になったんだよね?僕が、俺に任せろ!何て言える程色々強かったらそんな事も無かったのかもしれないけど…大丈夫、話したくなったらでいいから。」


自分を庇って死を繰り返す紡を前に、彼の思いなど疑っているはずがないが、それでも出来すぎな程真摯な想いを告げられて、廻は平静でいられなくなった。

責められないその優しさが、紡を死なせている。


「う…うああぁぁぁぁ!!!」


廻は、泣きながら紡の胸に縋りついた。

紡はただそっとその身体を抱いて頭を撫でた。





泣き止んだ廻は、現状の全てを紡に話した。


紡が自分を庇って死んだ事。

悪魔からリングを貰って過去に戻った事。

止めようとしているけど何度も紡を死なせてしまっている事。


紡はそれを止めずに聞いた。


「信じられないよね、このリングも見えないんだし。でも…」


今も嵌めているリングを見せたつもりだが、紡には見えも触れもしなかった。

悪魔が話しかけてきたのと同様、制限のようなものがあるのだろうと、理由は考えなかった。


「さすがにね。廻が見たって言うからそれは疑わないけど、僕にはそのリングがないのが見えるし、白昼夢とか、悪夢の途中で目が覚めて本当が分からないとか、そんなのだって思うよ。」


紡は言いながら、リングを嵌めている廻の手を取って撫でる。

信じられない、と言う割に、その所作はとても丁寧なものだった。


「それに…嘘にしないと廻が笑えないから。」

「紡…」

「今日一日、家で大人しくしてよう。そうすれば事故に巻き込まれる事もないはずだし、明日になれば安心できるなら、出かけるのなんてその後でも別にいいから。ね?」


どこまでも真摯な紡の言葉に手を握りあって頷く廻。

このまま家から出なければ、そうそう事故なんかになる訳がない。

年一回のクリスマスデートはご破算になったが、そんな事よりも明日を紡と迎える方が大事と、映画を見て、カードで遊んで、根を詰めない程度にためになるような話を本を読みながらしたり、そんなまどろみのような時を過ごした。


食事位はと、材料も用意してない中出来るだけクリスマスの様相にするために頼んだピザやチキン、サラダなんかのそれっぽいものを頼んで…



受け取りに行った、ただそれだけだったはずなのに、玄関から派手な音が聞こえてきた。



慌てて…まるで予定調和のように走った寒気に振り回されるように玄関に向かった廻は…




玄関口に突っ込んできていたバイクに潰された紡の姿を見つけた。




ささやかに彩るつもりで頼んだ食べ物は無残に散ってぶちまけられていて、配達員は突っ込んだバイクと廻を見て茫然自失していて…



「ぅ…うあぁぁぁぁぁっ!!!」



廻は、渾身の力で拳を握り、絶叫と共に壁を殴りつけた。






表にあった配達員のバイクのエンジンが切ってなかったとか。

普段ないそれに気付かず掠めた自転車があったとか。

故障寸前だった機器が衝撃で誤作動起こして暴走したとか。



そんな事故の詳細は廻の知ったことじゃなかった。


「あらあら…また失敗ねぇ。ふふっ。」

「ねぇ…紡を助けられるのよね?貴女一体何が目的なのよ。」


事故の検証とか、そんなのは無視して寒空の中で悪魔を睨む廻。


何度繰り返しても…家から出なくてすら死を迎えた紡。

その現実を前に、悪魔が嘘を吐いているのではないかと疑念が強くなる。


「目的は…食事よ。」

「は?」

「私、貴女以外には見えないし、貴女だって触れないでしょう?」


言いながら悪魔が廻に手を伸ばすが、髪すら触れずに通り過ぎた。

今更そこまで反応はしないが、少し驚いて悪魔の手を見る廻。


「私の食事はね、人の心。欲望絶望なんかの動き。だ・か・ら…貴女にリングを貸したの。苦しいでしょ?悲しいでしょ?助けたいでしょ?助かって欲しいでしょ?とっても美味しいわ。」

「っ…じゃあっ、最初から嘘っぱちで」

「はいはい焦らない。嘘なら、これも嘘で適当言えばいいじゃない。精神依存の関係でね、嘘が吐けない…偽りになれないのよ。だからちゃんと彼を助ける方法はあるわ。」


怒りかけた廻は、複雑な表情で悪魔を見る。

信じるべきか否か、そんな事を考えるが、そんな廻を見て悪魔は笑う。


「ふふっ、まぁそれもいいけどね。美味しいから。」

「くっ…」


疑おうが敵意を持とうが、その淀んだ心を美味しいと言う悪魔。

完全に自分に主導権はないのだと、廻は理解せざるを得なかった。







五回目。

家の中で外部を関係させないようにと出前でなく自炊する為に食材を買い揃える。料理は紡の方が出来る為任せていたら、ゴキブリに驚いたらしい紡が鍋を被り、温度差とショックで心臓麻痺に。


七回目。

今度は自分で料理するとソファに待たせておいたが、料理慣れしていない廻が失敗を繰り返すのを心配してキッチンに顔を出した紡を止めようと焦った廻が転んで手にしていた包丁を刺す。



八回目…


紡の家に向かう廻の足取りは、ふらふらと重いものだった。

事故とは言え、自分の手に紡を貫いた感触。

それを覚えたままの繰り返し。


ふらつきながら、廻はボロボロと涙を零していた。



「…廻?」



聞こえてきた声にビクリと肩を震わせる廻。

俯いていた顔を上げれば、目の前に紡の姿があった。


自分の手で、殺してしまった、大切な…



「ぁ…うああぁぁぁ…」



縋りついて涙を流す廻。

理由などまるで分からないはずの紡は…


そっと廻の両肩に手を置いて、軽くその身を寄せた。


しばらく泣きはらして落ち着いた所で紡の家に入る二人。

紡はただ黙って紅茶を用意してくれて、廻はかすかに震える手でそれを飲んで行く。


やがて、カップが空になった頃…



「お願い…紡…私を…愛して…」




搾り出すように告げられた言葉に、紡は何も聞かずに頷いてその身体を抱きしめた。







どれ位の時間がたったのか、いつ意識が途切れたのか、それも思い出せない位の時が経って、廻は紡の部屋で目を覚ました。


(…あれ?)


違和感。

衝撃も何もない、無かった。

さすがにそんな事があったら気づける筈だ。


時計に目をやれば深夜近く、いつもだったら既に紡が死んでしまっている時間。

傍らには紡の姿があって、見渡してもどこにも血の赤はない。


「っ…紡!!」


興奮気味に声をかけ、隣で眠る紡の身体を揺する廻。

凌いだ。

無傷だ。

偶々とは言えそれだけで十分で…



異変に気付いた。



紡は動かなかった。

それは、眠っていると言うレベルじゃなく、まるで…




「あははははははっ!!ひひひひひっ!!くっ、くるしいっ!もうやだ!笑い死ぬ!!」




唐突に聞こえた声に反応して廻が顔を上げると、いつの間にか悪魔が宙で腹を抱えて笑っていた。


「っ…な、何がおかしいのよっ!傷もないのに死んでるなんてアンタ何かしたの!?」

「何かした!?『何か』してたのは貴女でしょうに!裸で格好つけて馬鹿みたい!彼もこんな寒さの中で心臓弱いくせにねだられるまま無理しちゃって!!」

「え…ぁっ!!」


気温に気付くだけの意識が無かった廻は自分の格好に気付いて慌てて跳ね除けた布団で身体を隠す。


「腹上死!腹上死!ふ・く・じょ・う・しっ!助けようとしてた人の末路がコレって!!うわぁ最っ低で最っ高!私も一度言ってみたいわ!『死ぬまで愛して』とか!!!」

「ぅ…ぁ…」


真っ赤になった廻は頭から布団を被って耳を塞ぐ。

あらゆる意味で自身が情けなさ過ぎて聞いていられなかった。


「とは言え、欲望のものだと揶揄される事が多いけどその考えは改めるわ!エアコンが壊れた事に気付いた彼は眠ってる貴女が冷えないようにと左胸を抑えながら布団を被ってから死んでいったんだから!本当に大した『愛してる』よね!!」


聞こえてきた声に、廻は涙を流したままで布団をはぎ落とした。

顔しか見えていなかった紡の肩が見えて、中に織り込まれた右腕が、紡自身の左胸に爪を立てているのが見えた。


「馬鹿…」


動かない紡の髪をそっと撫でた廻は、ウロボロスを嵌めた手を握り締めて目を閉じた。








九回目。


自室で起きた廻は、いつも通りに浮いている悪魔を確認したうえで、指のウロボロスを眺める。


「貴女、嘘を吐かないのよね、その上で、紡を助ける方法があるって言ってたわよね。」

「えぇそうよ。」

「私と紡が一緒に明日を迎える方法はあるの?」

「それは私は知らないわ。無いんじゃないかしら?」


短いやり取り。

だがそれは、決定的な別離を示していた。


それは廻も、前回時点でおおよそ察しがついていたもの。

回帰のウロボロス。時を繰り返す力を持つリング。


「…私が死ねば、『同じ時』は繰り返されなくなる。使用者が避けようとしている結末は、使用者の死によって途切れて繰り返されなくなる。」

「ピンポンパンポン大正解、よくできましたー。ね?嘘は言ってないでしょう?」


いつもと変わらず明るい口調でパチパチと拍手する悪魔。

手のリングを見ながら、廻は深呼吸する。


「疑って悪かったわね、ありがとう。」


顔も合わせないままで、冷めた口調だったが、廻は礼を告げた。

拍手していた手を止めて廻を見て固まる悪魔。


「アンタの言う通り私は最低よ、何だかんだ言って自分のせいで一体何度紡に命をかけさせたのか。庇って、巻き込んで、愛して…死んでいった。」


リングを嵌めた手を握り締め、数々の紡の死に様を思い出す廻。


「紡が私をどれだけ大切にしてくれているのか、私がどれだけ紡を失うのが悲しいのか、よく分かった。ありがとう。」


覚悟を決めて顔を上げて再度告げた礼は、笑顔のものだった。





そして、廻は家を出る。

当初の予定通りのクリスマスデートをかみ締めるように堪能し、紡を初めて失った帰り道。

止まっていた車に光が灯り、そして…





全霊を以って紡を庇った廻は一人、急発進した車に撥ねられた。





回帰は終わる。

紡は助かった。

一人尻餅をつかされた紡は、目の前の光景に理解が追いつかないまま、呆然と幽鬼のように立ち上がった。



足跡の形にコンクリートが浮かぶ程度の浅い雪が積もる道。

その一角に、赤があった。


血溜まりを作る、一つの人だったものの姿。


「め…ぐる…」


それを見下ろして彼…星影紡は呆然と、その名を呟いた。

名前を呼んでも動かない、動く訳がない。

原型こそ保っているが、あちこちが人の形状ではなくなっていた。


「あ…ぁ…」


地面に倒れたソレを前に、雪も気にせず膝を手をついて崩れ落ちる紡。

寒さで、絶望で、その身体が震え…



「あらあら、元気なさそうね。」



紡の頭上から、艶かしい声がした。











「んーっ…まずまずって言った所かしらね。」


気分良さ気に伸びをして、悪魔は一人笑う。

繰り返される絶望の回帰。

時が続くに連れて精神が磨耗していく為だんだんと面白みはなくなるものだが、相互に繰り返して本気で互いを守ろうと奮闘する彼等の心は、悪魔にとって新鮮な食事をとり続けることが出来るようなものだった。


「とは言えさすがに面白くなくなって来たわね…それに、あの子達ってば私に感謝するんだもの。」


普通は憎悪と罵声を浴びせながら、触れることができない悪魔が誘った死の運命に絶望する所だが、彼等は自身の死を悲しみ苦しみこそしたものの、互いを救う手段がないほうが絶望だと言わんばかりに悪魔に感謝を送る。

澄んだ心なら駄目だとは言わないが、それはそれでやりづらくあった。


「…ま、いっか。この回帰が繰り返される限り二人でこのクリスマスを堪能できるんだし、本望でしょ。たまには神様の真似事も悪くないって事で。」


割り切るように呟いた悪魔は、次の獲物を求めて飛び立った。







「ありがとう、悪魔さん。」





悪魔の目の前に、唐突に、星影紡の姿が写る。

既に飛び立ち離れたはずの、無限の死に捕らわれている片割れの姿が。


「…は?」


悪魔の疑問の声が理解される事もなく、紡は回帰のウロボロスを使った。


少し放心した悪魔は、ゆっくりと整理する。



回帰のウロボロス。

時を繰り返す力を持つリング。

過去に戻って事象を変えることが出来る。

使用者の死によって繰り返しの元を断つという条件付で。

使用者のみが繰り返しを記憶している。





この回帰を、二つの回帰を生み出した事全てを記憶している『使用者』は…




「あ…あはは…あはははは…」


乾いた笑い。

それが自分の口から漏れたのだと悪魔は気づかなかった。


元々好き放題するのが性分の悪魔に、修行のように同じ事を積み重ねる行為など苦行以外の何者でもなく、無限の回帰に気付いていない二人を笑うと言う行為に飽きてしまえば、そこから先はただの地獄だった。

分かりきった結末をなぞり続ける二人を眺めながら、同じクリスマスを満喫しながら死を繰り返す二人を眺めながら、精神を磨耗させていく悪魔。





…回目。





世界全てが色を亡くして見えるほど同じときを繰り返した悪魔は、自身を殺せる刃を手にし、自身の胸に突き立てた。








『次のニュースです、昨夜○○の道路にて事故が発生。星影紡さんと沢代廻さんがトラックに撥ねられ、二人は病院にて死亡が確認されました。事故車両を運転していた男性は重傷ですが命に別状はなく、事故前後の記憶がはっきりしておらず過重労働による心身失調も含めて現在原因を…』


回帰は終わり、それを知る者がいなくなり、時は再び動き出す。





あとがき



注)後書きにはネタバレを多分に含みます。







メリークリスマース!!!

聖夜と言う訳でいちゃいちゃらぶらぶしちゃえばいいんじゃないのなんて!

リア充爆発しろ勢の為にリア充フルボッコにしちゃったりして!

ついでに聖夜なんで悪魔さんにはご退場いただいちゃったりして!


こんな全要素を一粒で二度所か三度美味しい本作『双頭のウロボロス』はいかがでしたでしょうか!!




…すみませんごめんなさい、こんな絶望三連コンボで誰がはしゃげるか!


『双頭』は紡と廻がそれぞれに自分が死ぬまでの無限ループを繰り返す所から取ってて、実は隠れた三頭目が…三手くらいなら読めたでしょうか。

ちなみに作者に『爆発しろ!』って精神は無いです。だから普通にこの顛末悲しいんですが…なら何でこうしたと(汗)。




・登場人物について。


星影ほしかげ つむぐ

身体が弱めの自分に対して割と活力ある廻に惹かれ、その廻が寂しげだった事もあって一緒にいる内に仲良くなった。

恋人になっても芯を通すとでも言うかのようにお金周りを頼ったりしない廻の強さに感心する反面、せめて一緒になるなら楽をさせるだけの能力が欲しいと思っているが、ついていかない自分の身体に心を痛めている。


心臓弱いのは廻ループでの死亡フラグ。死んだときにいきなり実はそうでしただとちょっと…と、早めに明かしておいたり。

その割に事故やら色々あっても死なないのは、まぁループの呪い補正と思っていただきたく。普通は割りと死なない事で偶に死んだりとかあるので、それを引き当ててる感じで。


沢代さわしろ めぐる

元気だけど家庭環境の関係でお金周りが融通利かず、学校で仲間外れの憂き目に逢う。無理をして元気を装っている所を優しさと少しの憧れで寄って来た紡に、寂しいのは嫌だった為、救われた事もあって仲良くなる。

仲間はずれから救われ一緒にいるようになった紡とは、共に過ごす点では依存気味なものの、胸を張って一緒にいられるようには頑張っている。


本作自体が『死ぬまで愛して』がやりたくて生まれたと言っても過言ではないので…彼女にしてみたら恥ずかし悲しいんだろうなぁ…悪魔さん大笑いだし。



纏めてて改めて思うが、こんないい子ら殺しまくってとどめさす話って…



悪魔

回帰のウロボロスを単に使うだけだと段々ループに慣れて絶望が薄まると考えて新鮮な絶望を堪能する為の方法を考えた結果、本作に到る。

リングの使用はしてませんが、無限ループに『彼女からリングを貰う』という前提が組み込まれてる結果、ループが終わらないと抜けられないと言う末路に。


『甘い話には裏がある』と『人を呪わば穴二つ』の体現ですね。

悲惨とは言え、現実の甘い話って嘘が平気で混ざってる分この悪魔さんの方がまともだと思ってたり。



作者は基本的に流れ程度は結末まで出来ないと始めないので次がいつやらはわかりませんが、とりあえず今年はここまででしょうか。

と言う訳で少し早いかもですが、皆様良いお年をー…送る締めじゃないんだよなぁ…前年末作から。


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