第四話 『Music Never Leaves Me』
最愛の人を失い、絶望と怒りの中で少女は悪魔と出会う。
悪魔は魔銃『ブルトガング』を渡し、「望むなら叶えなきゃ」と囁いた。
少女は全てを失い、代わりに絶対的な暴力を手に入れた──。
暴力と理不尽が溢れ返る世界で、少女は今日も銃声をかき鳴らす。
愛する人と再び出会う為に。
第四話 『Music Never Leaves Me』
ステージ上のレイラにとって客に紛れ込んだアリオとセーレは目立つ存在だった。
貴族を思わせるアリオの真紅のドレスとセーレのダークスーツ。その出で立ちが貧民街の住人とは程遠い。それに、レイラと目が合ったアリオは少し経つと我に返り、背後を気にしている様子だった。
レイラはアリオの視線の先を見た。すると、ネオ・カサブランで見知ったゴロツキが数名、誰かを探している様子でステージを取り巻く人垣の中へと分け入ってくる所だった。
──あの子たち……追われてる!?
レイラがそう気付くのに時間はかからなかった。
レイラは曲を繋いだタイミングで、舞台袖に控える仲間のDJを呼んだ。
「ちょっと何曲か繋いで貰える? お願い!」
そう言うと、レイラはステージを後にした。
× × ×
アリオはセーレの小さくてひんやりとした手を握りしめ、興奮する人々をかき分けて前へと進んだ。
しかし、ステージの最前列まで来ると、もう適当な逃げ場所は見当たらない。
「だからさ……戦っちゃおうよ!!」
「え!? 何!?」
セーレの言葉も音楽と喧騒にかき消され、上手く聞き取れない。しかし、疲れて面倒そうなセーレの表情から、アリオはセーレが黄昏の世界を発動させようとしている事を読み取った。
──しょうがないわね……。
諦めにも似た気持ちでアリオが戦闘態勢へ入ろうとした時……。
ぎゅっ!!
アリオはもう片方の手を急に強く掴まれた。
驚いて見ると、先程までステージ上にいたレイラが深刻な顔をして立っている。
「こっちに来て!!」
長身のレイラは屈んでアリオの耳に口を寄せると、強い口調で言った。
「え? でも……」
「いいから早く!!」
「そうだよ、アリオ。もう逃げる場所無いよ」
セーレもアリオの背中を押した。
レイラはアリオの手を引き、ステージ脇から裏へとアリオたちを誘った。
特設ステージの裏手は簡易的な小屋が幾つか立てられ、控室として使われている。
「何で追われているか知らないけど……」
言いながら、レイラは控室の一つにアリオたちを放り込んだ。と、同時にガラの悪い男たちが数人、イベントスタッフの静止を振り切り、雪崩れ込んできた。
レイラは何食わぬ顔で、男たちの前へ立ち塞がった。
「何事なの?」
「レ、レイラさん!?」
アリオを追っていた男たちは突然現れたレイラに戸惑いを隠せない様子だった。
「そんなに慌てて、どうしたの?」
「男娼と、男娼を攫った小娘を連れて来いって、ドン・ニコラの厳命が出てまして……」
「……それで?」
「それで? って……」
興味の無さそうなレイラの反応に、男は困った様子で二の句を探す。
「……ゼブの言う風体に似た小娘とガキを見かけたんで……追いかけて来たんです」
「そう……」
レイラはどこまでも他人事の様に答えた。
「……あの……男娼を連れ去った小娘を攫いに行ったダヴィデさんが……やられました」
「え!? ダヴィデがやられたの!?」
「……はい。頭を銃でぶち抜かれたみたいです。ゼブが言うには、小娘は魔導武装の銃を持っていたそうです。そいつの仕業に違いありません……」
ダヴィデはドン・ニコラの部下の中でも屈指の強さを誇る。それがやられたとなると、事態は深刻だ。ドン・ニコラは面子にかけてダヴィデを葬った奴を探し出すだろう。
──でも……。
レイラは思い悩んだ。
アリオやセーレの様な子供が、あのダヴィデを倒せる訳が無い。それに、ダヴィデを倒す程の能力者なら、こんなゴロツキの追手など一掃できるだろう。
──これはきっと何かの間違いよ……。
「わたしはずっとステージに居たけど、そんな子供たち、見てないわ」
「そうですか……じゃあ、俺たちは楽屋を調べたら帰ります」
男は食い下がった。
「見てないって言ってるでしょ? それとも……わたしのイベントを邪魔するつもり?」
レイラは腰に備えられた革製のナイフポーチに手を伸ばした。
ナイフポーチにはダガーが収められている。
「お、俺たちは何も……。レイラさんに迷惑をかけようなんて、これっぽっちも思ってません」
「そう願うわ。これ以上困らせるなら、ドン・ニコラに報告する……きっとご褒美を貰うわね」
男たちは「うっ」という表情になり、言葉を飲み込んだ。
「……他を探すぞ!」
男が言うと、追手たちは引き揚げて行った。
──そう。きっと誰かの勘違いか間違いよ……あんな年端もいかない女の子がダヴィデを倒せる訳が無い。
そう思いながらレイラは再び控室のドアを開けた。
「ッ!?」
アリオを見たレイラは一瞬、息をのんだ。
ドレスの上からでもわかるアリオのしなやかな肢体から、殺気が迸っていたからだ。
目つきからも幼さが消え、獲物を狙う冷血な有鱗目のそれに見えた。
レイラは思わずダガーに手を伸ばし、身構えた。
しかし……。
次の瞬間にはアリオから殺気が消えていた。
「助けてくれてありがとう……助かりましたわ」
アリオの朗らかな声に、レイラは安堵を覚え、緊張を解いた。
「どうかされまして?」
不思議そうにレイラを見るアリオは品の良いご令嬢そのものだ。
レイラは垣間見たアリオは気のせいだと言い聞かせた。
「ううん。何でもない。……わたしはレイラ。宜しく」
レイラは手を差し出した。
アリオは少し驚いた表情をした後、レイラの手を握った。
「初めまして、レイラ。アリオよ」
「ボクはセーレ!」
握手を交わすアリオとレイラを見て、大喜びでセーレも挨拶する。
「……どうしてあんな奴らに追われてるの?」
「……さあ……見当もつきませんわ」
「あのね……お姉ちゃんとボクが歩いてたら……急に襲われたんだ」
お姉ちゃん!? という表情でアリオはセーレを見た。セーレの目は『ボクに任せて』と言っている。
「急に襲われたの?」
「うん。……ボクたちには何が何だか……怖かったよ……」
セーレは涙を浮かべた。
レイラは眉根を寄せると、セーレに近寄り頭を撫でた。
「そっか……もう大丈夫だからね……安心して」
レイラは親指でセーレの涙を拭い、安心させる様に微笑みかける。
レイラはアリオを見た。
「あのね、アリオとセーレは勘違いで襲われたみたいなの……」
「勘違い?」
「さっきの奴らはね、ドン・ニコラって言う顔役の部下なの。ドン・ニコラから逃げた男娼とそれを助けた女の子を探してるの。アリオとセーレの背格好がその二人に似てたのよ」
「迷惑な話ね……」
素知らぬ風にアリオは視線を逸らした。
レイラは安心した。
──やっぱり、アリオとセーレは誤解されて追われていたんだ……。
「そうじゃなくても、子供だけで貧民街をうろついたら危ないよ」
「その、『子供』って、やめてくださる? 年はレイラ、あなたとそう変わらない筈よ」
「あはは。ゴメン」
気丈な返答にレイラは笑った。
ついさっきまで追われていた人間とは思えない程、今のアリオからは余裕を感じられる。
「アリオとセーレって、良い所のお嬢ちゃんとお坊ちゃんに見えるけど……お父さんとお母さんは?」
「え?」
質問に困ったアリオは再びセーレの顔を見た。
「お父さんとお母さんはもう居ないよ……。ボクとお姉ちゃんは二人だけで旅をしてるんだ……」
何食わぬ顔で応えるセーレを見て、アリオは少し呆れた。
「この街には来たばかりなんだ。……ボクたち二人だけだと、何かと不安で……」
セーレは憐れみを誘う幼気な少年の表情になり、レイラを見つめた。流石、悪魔と言うべきか、セーレはレイラの同情を巧みに誘う。
レイラはアリオとセーレをこのまま見放すのは酷に思えた。
「二人とも、まだ宿を取ってないならわたしの家に来る? 街にはさっきの連中が居るかもしれないし……わたしと一緒なら少しは安全だよ」
「うん。ありがとう、お姉ちゃん」
言いながらセーレはアリオを見た。その得意気な顔にアリオは小さなため息を吐いた。
× × ×
貧民街を少し離れた、海とヴィネアを一望できる小高い丘にレイラの家はあった。
頑丈そうなログハウスは眼下に砂浜が広がり、上流貴族の避暑地にも見える。
家の至る所には大陸の古今東西の楽器が所狭しと置かれてあった。
アリオは木で出来た長椅子に腰かけると、走り通しで疲れた脚を伸ばした。隣にはセーレが座り、クタクタなのかアリオに寄り掛かって今にも寝息をたてそうだった。
長椅子の前には、これもまた見事な彫刻が施された長机が置かれてあった。長机の上には大陸の著名な作曲家の楽譜が綺麗に整えられて置いてある。
レイラはハーブティーを淹れると、楽譜の隙間にティーカップを置いた。
「ありがとうレイラ。もてなしに感謝するわ」
「ちょっと言い方が大げさだよ、アリオ。貴族の間では当たり前かもしれないけどさ」
レイラの中でアリオとセーレは『貴族』になっていた。その点においては、間違っている事では無い。アリオはあえて否定しなかった。
「セーレはこっちの方が喜ぶかな?」
レイラはラムレーズン入りのパウンドケーキをセーレの前に置いた。
「!? ありがとう! レイラ!」
疲れ果てたセーレの目が輝きを取戻し、飛び起きる。
レイラはアリオの前にもパウンドケーキが乗せられた皿を置いた。
「美味しそうね……自分で作ったの?」
「うん。口に合うかわからないけど……」
気恥ずかしそうに答えるレイラをアリオはまじまじと見つめた。
「え? 何!? そんなに見つめないでよ」
「……感心してるのよ。料理も上手だし、それにレイラって人気者なのね……」
アリオはレイラの家に来るまでの事を思い出した。
道すがら、レイラは至る所で貧民街の住人に声を掛けられていた。挨拶を交わすだけではなく、人々は花や魚を渡し、親しげに声をかける。レイラもまた、気さくに言葉を交わし、アリオとセーレを『遠方から来た友人』と紹介した。住人たちはアリオとセーレがレイラの友人と解ると、まるで見知った間柄の様に二人にも挨拶をした。
「え? そうかな? みんなわたしが街の出身だから応援してくれてるだけだよ」
レイラは照れ臭そうに答えると、ティーカップを口に運んだ。
「レイラは人気者になりたくてDJになったの?」
パウンドケーキを頬張りながらセーレが聞いた。
「あはは、そんな事無いよ。DJをしている時だけ、本当の自分でいられるから……。お父さんとお母さんは王都の歌劇学校に通って、宮廷音楽家になって欲しかったみたいだけどね……」
「……レイラ、ご両親は何をなさってるの?」
アリオは辺りを見回しながら聞いた。
レイラが一人で住むには、あまりにも大きい家だった。
「……両親なら、去年の流行病で亡くなったよ……」
「ごめんなさい。立ち入った事を聞いたわ……」
「別に、気にしてないよ」
「……宮廷音楽家じゃなくても、DJも素敵なお仕事だと思うわ」
「ありがとう、アリオ。わたしは一部の人たちだけの音楽ってあまり好きになれなくて……やっぱり音楽はみんなと一緒に楽しんだほうが気持ちいいでしょ? フロアに身分の分け隔てなんて無い。一つの空間でお客さんと一体になる……DJって最高だよ!」
「DJって、神託の巫女みたいでカッコイイよね」
普段、人間には興味を示さない悪魔にもDJは格好良く見えた様だ。
「巫女って……わたしは聖職者なんかじゃないよ……」
言いながらレイラは思わず腰のダガーに触れた。
その顔に影が差す。
「……そのダガー……魔導武装でしょ?」
「え?」
少し驚いた表情でレイラはアリオを見た。
「アリオって不思議だね……お嬢様なのに、武器にも詳しくて……見る?」
レイラはダガーを引き抜いた。
ダガーの刃には魔導武装である事を示す流麗な文様が刻まれている。
「そのダガー、いっぱい血を吸ってるね……」
セーレが一目で、ダガーが使い古されている事を見抜いた。
──アリオたちって一体……。
ダガーをしまうレイラの顔に疑念が浮かぶ。
「武器も美術品……詳しくて当然よ」
レイラの疑問を察し、アリオは咄嗟に取り繕った。
「そうなの?」
「教養の一部だわ」
「美術品ね……こんな物があるから、わたしはこの街から抜け出せない」
どこか憎々しげにレイラは言った。
「どうしてそんな事言うの?」
セーレはそう言うと、レイラの瞳を凝視した……。
セーレに見つめられると、レイラは心を見透かされる様な気分になった。
何事も偽りなく答えなければいけないという心持ちになる。
「あのね……」
レイラはアリオとセーレに自身の身の上を話した。
ドン・ニコラと言う存在。
家族や貧民街の仲間を盾に取られ、ドン・ニコラの意のままに操られている事。
そして……レイラ自身は『ヴィネアを出て、自由に音楽をやりたい』という事を。
「ままならないわね……」
黙って聞いていたアリオは、レイラが話し終えると、ポツリと呟いた。
「アリオとセーレはどうして二人だけで旅をしているの?」
今度はレイラが尋ねた。
「……『愛する人』に会うためよ」
短くはっきりとアリオが答えた。
アリオは『愛する人』が誰かを言わなかったが、眼差しが決意の強さを物語っている。
アリオとセーレの二人だけで旅をしているのだ。余程の事情があるのだろう……。
レイラはこれ以上深く聞かなかった。
自然と三人は黙り込んでしまった。
「ねえ、レイラ……何か歌ってよ」
沈黙を嫌う様にセーレが切り出した。
セーレに屈託の無い笑顔で頼まれると、断る事に罪悪感を覚える。
レイラは苦笑いすると、「仕方ないな……特別だよ」と言い、小さな鍵盤楽器を持ってベランダに出た。
ベランダの中央に鍵盤楽器を置くと、レイラはアリオとセーレを呼んだ。
× × ×
レイラは小さく息を吸い込み、空を仰ぎ見た。
月が中天に差し掛かっている。
レイラの細い指先が鍵盤の上を滑り始めた。
青い光を纏い、鍵盤へと向かうレイラは神々しくさえあった。
遠く聞こえるさざ波に合わせた旋律。
やがて……。
レイラの柔らかな歌声が風と混じり合った。
「 息がつまりそうな毎日に
荷物をまとめるのは何度目だろう
見て見ぬふりをするのはやめて
もう一歩前へと進みたい
失うものなど何もない筈なのに
どうして指が震えるの?
抑えられない衝動と寂寞
どんなに忘れようとしても
いつの間にか心に棲みついて
どんなに振り払っても振り払っても
消えることはない Music Never Leaves Me 」
歌い終えると、レイラは余韻に浸るように目を閉じた。
パチパチパチ。
「素敵な歌ね」
手を叩きながらアリオは微笑んだ。隣ではアリアも賞賛の拍手を送っているが、その姿はレイラには見えないだろう……。
「でも……どこか悲しい気持ちになるわ……」
素直な感想だった。
アリオはレイラの歌声に言い知れぬ不安や悲しみを感じていた。
「自分の気持ちに正直になって歌っただけ。ドン・ニコラは気に入らないみたいだけどね」
ピクリ……。と、ドン・ニコラの名前にアリアの耳が反応する。
「さっきも言ってたけど……その、ドン・ニコラって何者なの?」
レイラは少し困った顔になった。
「ドン・ニコラはね……数年前、ふらりとこのヴィネアに現れて、瞬く間に裏社会を牛耳ってしまったの。何処の誰で、何者なのかを知る者はいないわ。……今ではわたしもドン・ニコラの人形よ……」
「歌で嘘は吐けないわね……レイラ、本当のあなたはこの街を出たがってる」
「……」
「どうしてなの? ご両親が無くなったのは不幸ですけど……もう、あなたがドン・ニコラの下に留まる理由は無いはずですわ」
「……わたしが居なくなると……貧民街の皆が困る事に……」
レイラは俯いた。
ドン・ニコラが現れるまでの貧民街は流れ者や無法者のたまり場であり、暴力が絶えなかった。そこにドン・ニコラは暴力という恐怖で秩序をもたらしたのだ。レイラがドン・ニコラの『財産』である限り、平穏が約束されている。それに、レイラが貧民街でイベントを行えば、幾分かの金銭も貧民街に落ちる。
ドン・ニコラは奪うだけでなく、与えもする。
縁の無かった安全や富を与えられた人間が恐れる事はただ一つ。それらを再び奪われる事だ。
家族が居なくとも、今度は貧民街の存在がレイラを縛っていた。
しかし……。
「違うね」
冷たい言葉がレイラを刺した。
セーレだった。
「もう、癖になってるだけ。誰かの命令に従ってれば自分で考える必要ないからさ……楽なんだよ」
「どういう……こと?」
言葉の真意を図りかね、困惑の表情でレイラはセーレを見た。
「レイラさ……もう、今の自分で満足してるんじゃない? もうやめなよ、『貧民街のみんなが……』って言うの。レイラ自身が望んで今の環境に身を置いてるんだ」
セーレは魔性の瞳でレイラの心の奥底を覗き込む。
「『ヴィネアを出て自由に音楽をやりたい』なんて全部、嘘でしょ?」
鋭く言い放つセーレ。その姿はとても外見通りの子供には見えない。
「……」
レイラは否定できなかった。
レイラはドン・ニコラに対する反発を覚えながらも、心のどこかでドン・ニコラがもたらすDJとしての地位や名声を甘受していた。
──そう……。わたしは満足していた……でも……。
もっと自由な環境で、束縛されずに音楽を創りたい!! と、喉元まで出かかった言葉をレイラは飲み込んだ。今の自分が言っても嘘に聞こえる気がしたからだ。
レイラは力無く俯いた。
その時……。
「言い過ぎよ、セーレ」
アリオが割って入った。
「セーレ、レイラにはレイラの事情があるのよ。わたしたちが推し量る事なんて出来ないわ。レイラに謝って!」
「え? アリオ、ボクは本当の……」
「いいから、謝って!」
納得のいかないセーレを窘める姿は本当の姉弟の様に見える。やがて、セーレはアリオの剣幕に屈した。
「言い過ぎました……。ごめんなさい、レイラ」
上目使いで許しを請うセーレにレイラは苦笑いを浮かべた。
ただ、セーレの言った事は当たっている。レイラはいつの間にか自分で自分を偽っていた。
「気にしないでセーレ。でも、セーレって、初めて会ったばかりなのに心を見透かすのね……まるで、天使か悪魔みたい」
「だって、ボク悪……」
「ちょっと!?」
言いかけたセーレの口をアリオが慌てて塞いだ。
「そ、そろそろ寝るわ! レイラ、あなたも音楽祭で疲れてるんでしょ!?」
「え? うん……」
アリオとセーレは寝室へと案内され、寝間着を借りるとベッドへと横になった。
走り通しで疲れた身体は心地よいベッドの弾力に抗しきれず、すぐに睡魔が襲ってくる。
ふと……。
遠くから、弦楽器を奏でる音がごく僅かに漏れ聞こえてきた。
レイラが作曲でも始めたのだろうか……。それは眠りを妨げる様な不快な音ではなく、むしろ子守歌の様に眠りへと誘う優しい音楽だった。
「アリオ……アリアはレイラの事なんて言ってる?」
隣のベッドからセーレの声がした。
悪魔の声は闇に溶け込むように静かで、暗い。
「…………悲しんでるわ」
そう答えると、アリオは目を閉じた。
第五話 『ドン・ニコラ』