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Nothing But Requiem  作者: Nothing But Requiem
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第二話 『ネオ・カサブラン』

最愛の人を失い、絶望と怒りの中で少女は悪魔と出会う。

悪魔は魔銃『ブルトガング』を渡し、「望むなら叶えなきゃ」と囁いた。

少女は全てを失い、代わりに絶対的な暴力を手に入れた──。

暴力と理不尽が溢れ返る世界で、少女は今日も銃声をかき鳴らす。

愛する人と再び出会う為に。

第二話 『ネオ・カサブラン』



 ヴィネアの中心部は広場になっており、そこから幾つもの大通りが放射状に延びている。

 広場には官舎が立ち並び、荘厳な雰囲気を醸し出していた。

 広場の一角。そこに音楽祭で普段以上の賑わいを見せる、ドン・ニコラのクラブ『ネオ・カサブラン』はあった。

 ネオ・カサブランはヴィネアに住まう上流貴族たちの社交場でもある。折しも、フロアではヴィネア屈指のDJ、レイラによるプレイが始まろうとしていた。

 広いフロアを一望できるステージ。その中央で、束ねた金髪のポニーテールを揺らし機材に囲まれる長身で金髪の女性。

 爽やかな笑顔と華やかな出で立ちが印象的だ。

「みんな! 音楽祭、楽しんでる!?」

 レイラの呼びかけに観客たちは歓声で応える。

 観客たちの反応に満足げに頷きながら、レイラは鍵盤が備えられた音楽機材へと向かう。

 体の芯まで響く四つ打ちのビート。

 そこにレイラの奏でる美しい旋律が加わると、人々は熱狂した。

 重低音に合わせて観客は首を振り、飛び跳ねる。

 音楽を楽しむ歓喜の渦がそこにあった。

 レイラのプレイが佳境に入った頃……。

 ダンスホールの人込みをかき分けて、VIPルームへと転がり込む人影があった。

「おい! ゼブ! 裏から入れと言われてるだろ。お前の容姿はこのクラブに相応しくない!!」

 ゼブは屈強な護衛に見咎められ、たじろいだ。

「まあまあ、そこまで言う必要無いでしょう……」

 薄暗いVIPルームの奥から、抑揚の無い怜悧な声が聞こえてきた。

「わかりました。ドン・ニコラ」

 護衛は慇懃に応えると、ゼブを放し、引き下がる。

 声の主の前にゼブは恐る恐る進み出た。

 ドン・ニコラ。

 ソファーに足を組んで座る男……紺のスーツに身を包んだその姿はヴィネアの役人かと思わせる。痩身で、陰鬱な雰囲気であるが、眼光は鋭く、対峙する者を射竦めた。

 ゼブは額から汗を浮かべ、今さっきあった事を報告した。

「魔導武装の銃を持って……それに、ジェ、ジェイド・スカルも……。世界の欠片を持つ女がこの街に!!」

 ゼブの言葉にドン・ニコラは細い目をさらに細めた。

「落ち着いて下さい、ゼブ……。忙しない男は嫌いです」

 ゼブは押し黙り、その場に棒立ちになった。

 ドン・ニコラは立ち上がると、VIPルームに備え付けられたマジックミラーの窓からフロアを見た。フロアではちょうどレイラのプレイが終わった所だった。

「レイラさんをここへ」

 フロアを見つめながら呟くドン・ニコラの静かな声に反応して、護衛がVIPルームから出て行った。

 ドン・ニコラに無視されたゼブは戸惑いながらも立ち尽くしている。

 やがて……。

 神妙な面持ちでレイラがVIPルームへと入って来た。

 レイラはゼブの横へと並ぶ。

 ドン・ニコラは未だにフロアを見下ろし、沈黙したままだ。その沈黙は言い知れぬ緊張を生み、張り詰めた空気がVIPルームを支配した。

 ゼブもレイラも、身じろぎ一つ出来なかった。

 ドン・ニコラは自身の威厳を確かめると、ゆっくりと振り返り、話し始めた。

 その舌鋒の標的はレイラだった。

「……レイラさん……今のプレイはなんです? わたしの言った事を忘れましたか? ○×△の音楽は○○○で□△×なんですよ? あなたはわたしの言った通りにプレイすれば良い、わかりましたか? 次はありませんよ?」

 静かだが、有無を言わせぬ雰囲気の声色だった。

「レイラさん……あなたは本当なら、生きている価値も無いゴミクズです。わたしがあなたを貧民街から救い出し、あなたの家族や友人たち……貧民街の連中を面倒見ている事をお忘れなく。あなたはわたしの財産としてのみ、価値があるのです」

 ドン・ニコラは躊躇なくレイラの感性と存在価値を否定する。

 レイラは顔色一つ変えず、黙って聞いていた。

「ああ、レイラさん……申し訳ない。あなたの才能をわたしは愛しているのです。音楽の才能も、戦闘の才能も……わたしにとって、かけがえのない財産。愛しているからこそ、厳しい事を言うのです。解ってくれますね?」

 ドン・ニコラはレイラの頬をそっと撫でた。

 衆目の前で徹底的に批判し、心を折った所で優しい言葉をかけ、愛情を示す。

 今までにどれ程、繰り返されただろうか……。

 歪みに歪んだドン・ニコラの愛情表現はレイラの真面な思考回路を麻痺させていた。

「はい、ドン・ニコラ。……あなたの理解と支援に心から感謝しています」

 反射的にレイラの口はドン・ニコラが望む言葉を紡ぎ出す。

「うん、うん。ありがとう、レイラさん。あなたなら、きっと解ってくれると信じてました……」

 目に涙を浮かべ、感動した面持ちでドン・ニコラはレイラを抱きしめた。

 ドン・ニコラの抱擁にも、レイラは無表情のままだった。

 レイラの心は死んでいた。

 元々、レイラは音楽の才能と戦闘の才能を併せ持ち、そして正義感の強い女性だった。

 理不尽に抗い、困難に立ち向かう芯の強い女性……だからドン・ニコラはレイラの家族や友人を暴力という恐怖で縛り、レイラを屈服させた。

 心も身体も、望めば何時でも蹂躙できる……それがドン・ニコラが『財産』に求める事だった。

「ご指摘、ありがとうございます……今後は気を付けます」

 一礼すると、レイラはVIPルームを後にした。

 レイラが去るとドン・ニコラはゼブに向き直った。

「見ましたか? レイラからは敬意を感じられました。あなたはどうです?」

 嗜虐性を秘めた笑顔でドン・ニコラは聞いた。

 ゼブは必死になって取り繕う言葉を探す。

「し、しかし……魔道武装を持った少女が……それに、ジェイド・スカルも……」

「……ヴィネアに渦巻くセックス、ドラッグ、暴力……そして音楽。その全てを統べるわたしが少女に怯えるとでも?」

 ドン・ニコラはゼブの背後へ回ると、その小さな両肩に両手を置いた。

「それで? あなたはわたしの財産をどうしたのですか?」

「それは……」

 ゼブは口ごもった。

「……わたしの財産を無くすとは、いけませんねぇ……敬意を感じられません。でも、わたしは寛大です。ゼブ、あなたの働きに『ご褒美』をあげましょう」

 『ご褒美』という言葉にゼブはギクリとした表情になった。かと思えばその顔に絶望が広がる。

「嫌だ! 嫌だ!! 嫌だ!!!」

 ゼブは悲痛な叫び声をあげた。

 しかし、ドン・ニコラが両肩に力を込めると大人しくなった。

「何を嫌がるのですか? あなたもわたしの財産。無下に扱ったりしません」

 ドン・ニコラは嬉々として続けた。

「熱した鉄板で顔を焼くと……焼けた皮膚は膿み、猛烈な痒みが襲います。耐えられず顔を掻き毟ると……さらに傷口は化膿し、爛れます。そうすると……ゼブ、あなたの顔はより一層の凄みを増します。あなたはこのドン・ニコラの暴力の象徴、恐怖の象徴として、ヴィネアでの権威が増すでしょう。良いですか? もうあなたをぞんざいに扱う輩は居なくなるのです。素晴らしいでしょう?」

 ゼブはその場に崩れ落ちた。

 ドン・ニコラはゼブに顔を近づける。

「わたしが求めるものは何ですか?」

「け、敬意です……」

 ゼブが消え入りそうな声で答えると、ドン・ニコラは満足げな笑みを浮かべた。

「そうです! 敬意です! 他者への理解と敬意こそが、最も大切なのです!!」

 ドン・ニコラが両手を広げると、それが合図だった。

 護衛たちがゼブの腕を掴む。

「嫌だ!!」

 喚くゼブを護衛たちは連れ去って行った。

「わたしは寛大過ぎるかもしれませんねぇ……」

 誰に言うともなくドン・ニコラは呟いた。

「ダヴィデ」

 ドン・ニコラは名前を呼んだ。

 部屋の片隅で影が揺らめき、ドン・ニコラの前に屈強な戦士が現れた。精悍な身体つきで、ドン・ニコラより少し背が高い。腰に大ぶりのトンファーを付けている。

 ダヴィデはその巨躯を屈め、ドン・ニコラに傅いた。

「ダヴィデ、わたしの財産を奪った少女たちをここへ連れて来なさい。生死は問いません」

「畏まりました」

 ダヴィデはそう言うと、音も無く部屋から消え去った。

 部屋には静寂が訪れ、クラブの一室である事を忘れさせる。

「世界の欠片ねぇ……」

 ドン・ニコラは言いながら、耳元のピアスを撫でた。そのピアスもまた精巧な髑髏の装飾が施されていた。

第三話 『黄昏の世界』

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