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Nothing But Requiem  作者: Nothing But Requiem
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第一話 『双子と悪魔』

最愛の人を失い、絶望と怒りの中で少女は悪魔と出会う。

悪魔は魔銃『ブルトガング』を渡し、「望むなら叶えなきゃ」と囁いた。

少女は全てを失い、代わりに絶対的な暴力を手に入れた──。

暴力と理不尽が溢れ返る世界で、少女は今日も銃声をかき鳴らす。

愛する人と再び出会う為に。

第一話 『双子と悪魔』



 夏特有の低い満月。

 その青白い月光を煌々とした街の光が掻き消していた。

 大陸西岸に位置する海沿いの街、ヴィネア。人口が十万人を超え、海路を結ぶ商業都市の一つとして賑わうヴィネアは夜、別の顔を見せる。

 『快楽と歌の不夜城』

 それがヴィネアの別名だった。

 ヴィネアの住人たちは音楽をこよなく愛し、王都で活躍する音楽家にはヴィネア出身者も多い。

 折しもヴィネアでは三日間、夜を通して行われる音楽祭が始まろうとしていた。

 今宵、誰も彼もが音楽祭への期待と興奮で高揚していた。

 幾重にも張り巡らされた水路を進むゴンドラ。その漕ぎ手たちは声高らかに歌を歌い、ひしめき合う露店や酒場からは男たちの怒声や女たちの嬌声が聞こえてくる。

 そんな喧騒から少し離れたヴィネアの郊外……。そびえる城壁に寄り添うように建てられた豪奢なホテルの最上階。

 テラスからアリオは眼下に広がる街並みを見下ろしていた。

「……賑やかね……アリアお姉さま。ここまで歌が聞こえてくる……」

 夜風に靡く髪を耳にかけ、アリオはそう呟くと傍らを見た。

 視線の先にはアリオと容姿が瓜二つの少女が佇んで居る。

 いや、アリオは明るい栗色の髪をしているが、アリアと呼ばれた少女はサラサラとした銀髪だった。

 アリアの銀髪は月光にさらなる輝きを増し、美しい。

 アリアは憂いを含んだ瞳をアリオに向けると、頷いて見せた。

「……そうね。アリオ……」

 ──ああ……お姉さまの声はいつも柔らかくて……わたしを包んでくれる。

 アリオは余韻に浸るように目を閉じた。

 アリアと過ごす時間は、アリオにとって全てが特別なものだ。

 時を忘れて、アリオの面影に想いを馳せる……。

 ──コンコン。

 遠く、部屋を訪ねる者の音が聞こえた。

 アリオは一瞬、ギクリとした表情になったが、すぐに平静を取り戻した。

「アリアお姉さま、また後で……」

 そう言い残すとアリオは部屋へと戻った。

 扉を開けると、そこには猫背の小男がさらに背の低い男娼を連れて立っていた。小男は酷い拷問でも受けたのか、顔には無数の傷が刻み込まれ酷く歪んでいる。しかし、この小男から感じられる陰湿さや残忍さは生来のものだろう。

 小男の性根を感じ取ったアリオは眉を顰めた。

「ヒヒヒ……どんなお大尽が居るかと思えば……年端もいかないお嬢ちゃんかい……まあ、いいや。わっちはゼブ……快楽売りのゼブと呼ばれてましてね……夜の愉しみを提供しに来たんでさぁ」

 ゼブは下卑た薄笑いを浮かべると、手に持った鎖を引いた。鎖は男娼の首輪へと繋がっており、男娼はよろめきながらアリオの前へと引き立てられた。

 男娼は女装していた。アリオより少し華奢な体つきで、フィッシュテールのスカートにクレリックシャツを着、良く梳かされた黒髪からは香料の甘い香りがする。男娼は一見すると、少女と見まごう程だ。

「娼館に宿をとった覚えは無いわ」

 軽蔑を含んだ声でアリオは答えた。

「『ドン・ニコラ』が決めた掟で……祭りの三日間、ヴィネアのホテルは全て、夜には娼館に変わるのでさぁ……。こいつは貴族の子息で今日が初めてでさあ」

「しつこいわね! 帰って!!」

「まあ、そう言わず。愉しみましょうや……」

 しつこく食い下がるゼブがアリオの袖を引こうとした時だった。

 パン!!

 アリオは伸ばされたゼブの手を払った。

 ──あれ? といった表情でゼブは払われた己の手をポカンと見つめた。次第にゼブの顔に血が昇り、醜い顔が更に醜く歪んだ。

「下手に出てりゃいい気になりやがって……。俺を蔑んだな!!」

 ゼブは怒りに任せてアリオへと掴みかかった。

 その瞬間。

 ふわり……と、アリオのチュチュ・スカートが揺らめき、しなやかな脚線が刹那に弧を描いた。

 メキャ!!

 鈍い音を立てて、ゼブの顔面に厚底のブーツが食い込んだ。

「!!!!!!」

 細身のアリオからは想像も出来ない一撃に、ゼブは廊下の壁まで吹き飛ばされ、ズルズルと崩れ落ちた。

 鼻を両手で抑え苦悶に呻くゼブ。手の間からは大量の血が溢れ出ていた。

 己の血を見て、ゼブは更に逆上した。

「こ、殺……ゴロヒテヤル!!」

 血塗られた手で懐から短刀を取り出すと、ゼブは起き上がり構えた。

 しかし、アリオと対峙したゼブの額に今度は痛みとは別の脂汗が浮かび上がった。

 目の前のアリオの右手に、何時の間に取り出したのか、リボルバー式の銃が握られていたからだ。

「そ……その銃は……」

 ゼブは心が恐怖でざわつくのを感じた。

 裏社会で生きてきたゼブは何度か銃を向けられた事がある。そしてそんな時、どう対処すれば良いかも心得ていた。しかし、アリオの持つ銃は『普通』ではなかったのだ。

 この世界は科学と魔法が併用される『魔導力学』と呼ばれる理で成り立っている。

 魔導力学とは精神エネルギーを源泉として武器を強化する術の事であり、魔導力学が施された武器は『魔導武装』と呼ばれ、使用できるのは限られた人間たちである。そして、その人間たちは例外なく類稀な戦闘力を有している……。

 アリオの銃身には魔術の文言と蝶の文様が細緻に彫り込まれてあった。

 見紛う事無く、銃は魔導武装だ。

 銃のグリップには、鎖に繋がれ緑に輝く髑髏の装飾品がぶら下がっている。

「魔導力学の銃!? それにその髑髏……『ジェイド・スカル』!?」

 ゼブは髑髏の装飾品に恐怖を覚えた様子だった。

「あら? 良くご存じね……それでもまだ戦うの?」

「い……いや……とんでもねぇ……」

 ゼブの戦意は完全に消失していた。

「じゃあ……その子は迷惑料として貰っておくわね」

「そ、そんな……」

 ──ガチリ。

 アリオは撃鉄を引き起こした。

「ひっ」

 小さく叫ぶと、ゼブはアリオに背を向け、一目散に逃げ出した。

 

×   ×   ×

 

 ゼブが逃げ去るとアリオは男娼を一瞥した。

「そこにずっと居るつもり? さっさと入んなさいよ」

 親しげに言うと、アリオは男娼を部屋へと招き入れた。

 男娼の顔はまだ恐怖に慄いている。

「……何時までそんな演技してるの? セーレ」

 アリオはこの男娼を見知っている様子だった。顔から険しさが取れ、どことなく呆れた声で話しかける。

 途端に。

 セーレと呼ばれた男娼は屈託のない笑みを浮かべた。

「助けてくれてありがとう、アリオ。お礼に一晩位なら付き合ってもいいよ」

 クスクス……。と、セーレは妖艶な笑みを浮かべ、アリオに顔を近づけた。

 がらりと変わったセーレの態度にアリオは戸惑いを隠せない。

「な、何言ってるの!? ふざけないでよ!!」

 耳まで赤らめ、アリオはぶっきらぼうに言った。

「ボクはふざけてないよ?」

 悪戯っぽく言うと、セーレはアリオの顔を覗き込む。

「ねえ、アリオ。もう元の姿に戻っても良いかな?」

「勝手に戻ればいいじゃない!」

 プイッ。とアリオは顔をそむけた。

「人間の姿は窮屈でさ……」

 そう言うと、セーレは自身の首に付けられた枷を、まるで紙細工の様に引き千切った。

 やがて……。

 部屋全体がガタガタと揺れ、軋んだ。そして、揺れが治まると、アリオの目の前には漆黒の翼と鋭い角を額から生やした、人外の存在が現れた。

 しかし、アリオはその存在に驚く事無く、セーレの頭を撫でた。

 人外の子供……セーレ・アデュキュリウス・ジュニア。

 それがこの少年の名前だった。

 セーレはゼブの言った通り貴族である。ただ、貴族は貴族でも、セーレは魔界の貴族。つまり、魔族の御曹司だった。

 人知では量れぬ知性と力を有し、まるで影の様にアリオに寄り添う存在……。

 セーレはアリオ、アリアと共に旅をし、氏素性を偽ってヴィネアの街へと先行して潜り込んでいたのだ。

「アリオ……この街にも不自然に滞留する黒いオーラがあるよ。その源は、さっきの奴が言っていたドン・ニコラっていう奴が仕切るクラブ『ネオ・カサブラン』」

「へぇ~、クラブなんて……面白そうね」

 不敵に笑うアリオに、それまで黙っていたアリアがそっと近づく。

「確かに面白そうねアリオ……でも……」

 アリアはアリオの頬に口元を近づけ、囁いた。

「『世界の欠片』を集める私たちは、それを取り巻く事象に必然的に巻き込まれるわ……用心しましょう」

 言い終わると、アリアは柔らかな笑みを浮かべた。

「はい、お姉さま!!」


第二話 『ネオ・カサブラン』

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