辿り、
「ジャンヌ。お前が本当に……?」
被害者なのか、と。
ロバート先生がそう言いたいのはよくわかった。目を丸くした先生からは若干の〝またお前か〟感もあった気がする。そして驚くのも当然だ、被害者生徒と言うにはあまりに私は三限も四限も平然としていたのだから。
他の私達に注目していた先生もちらちらと私に目を向けてきた。カラム隊長とロバート先生とのやり取りで大体は察せたのだろう。
私が苦笑いしながら頷いて返せば、ロバート先生はぺしりと自分の額に手を当てて俯いてしまった。「そういうのは普通担任の俺にくらい……」とちょっぴり落ち込んでいるようにも見える。カラム隊長が気遣うようにロバート先生の肩に手を置いていた。
ぶつぶつと「いや男教師には言い難いか、いやでも少しくらいは」と呟いていたから、相談されなかったこと自体がショックだったのかもしれない。この人もなかなか良い人だ。
「それでロバート先生、ジャンヌを襲った人達は目を覚ましましたか?」
「いや……まだだ。騎士からの一撃を受けたからな。今、衛兵に事情を話していたところだ。」
ステイルからの問いかけに先生は簡単に説明してくれる。
やっぱり衛兵が連行する前だったらしい。……騎士からの一撃、といっても一応アラン隊長も手加減はしてくれたらしいのだけれど。
そのまま紹介するように先生が並ぶ三名の衛兵を手で示してくれた。三人とも城で働く衛兵とも違う、城下の見回りや治安維持を担当する詰所の衛兵だ。がっしりとした身体付きが、パッと見は騎士の中でも細身のカラム隊長よりゴツく見える。
ロバート先生が彼らにも軽く私が被害者生徒ですと説明してくれると、まじまじと見つめられてしまった。私に続いてステイルとアーサーも衛兵に頭を下げて挨拶する中、衛兵の方は口こそ動かして返してくれるけどぽかんとしてる。一瞬バレたかと思って心臓が横に揺れた。
「話はカラム騎士隊長から伺ったが、……突然教室に引っ張り込まれたというのは?」
「はい。そのまま縛られそうなところで通りかかったア、……騎士様に助けて貰いました」
ここでもアラン隊長が身内設定は面倒だから省こう。
衛兵の質問に答えながら頷くと、衛兵だけでなく先生達も全員が目を見開いた。まぁ学校からすれば予想外のスキャンダルだから当然だ。流石にカラム隊長の前で揉み消すわけにもいかないだろうし、もう衛兵も呼んじゃっている。
集まったのはカラム隊長以外は全員教師らしく、講師のネル先生はいない。アラン隊長に至っては講師ではなく王族の護衛だからここに居ないし、この場で現場を正確に説明できるのは私しかいない。
そうか……、と一度話を切る衛兵は視線を私達から医務室の方へと移した。多分そこに彼らが寝かされているのだろう。
「とにかく、目を覚ますまではこちらで捕縛します。プラデストに関しては我々も巡回の強化を命じられています。校内で行われた軽犯罪に関しても厳しく取締るようにと」
……本当に、ヴァルの件は公にならなくて良かった。
もし例の四階から突き落とし事件が明るみになっていたら、彼も逮捕されていた可能性がある。実際は落とされた生徒にも若干の非はあったり、落とした方も怪我をしないように特殊能力で配慮はしていたけれど衛兵にそんな言い訳も通じない。……まぁ彼なら、逮捕も逃亡も慣れたものかもしれないけれど。
でも今は王族直属の配達人で、国際郵便機関の重役でもあるのに潜入中のやらかしがバレたら大変だ。特に規則に厳しいヴェスト叔父様が許してくれるかはわからない。
「処罰に関しては領主が決定後に追って詳細を報告します。それとも退学ならばそれも不要でしょうか。彼らは下級層の……?」
「いえ、報告頂ければ幸いです。彼らの住処も中級層です。いま付き添っているのは彼らの……」
?付き添い⁇⁇
予想外のロバート先生の言葉に思わず首を捻ってしまう。
さっきまで人混みで見えなかった医務室の中を前のめりになって覗き込む。ぐいぐいと大人の身体の隙間に頭をねじ込めば、細い隙間から二人の少年少女が並んで座っているのが見えた。
その横顔から視線の先がベッドだろうか。ロバート先生や他の先生が「顔は見せない方が良い」と彼らに気づかれないようにもしくは阻むように、私から壁になるけれど何とかそれだけは確認できた。
ステイルとアーサーも覗き込んだらしく、完全に教師に阻まれて医務室の中が見えなくなった後に声を漏らす音が小さく聞こえた。私も視線を床に落としたまま俯いて息を吐いてしまう。
ロバート先生が衛兵に彼らの妹弟と説明するのを聞いて四人兄弟かと思ったけれど、どうやらそれぞれの妹と弟さんらしい。確かにあの高等部二人も全く顔は似てなかった。
学校に妹さんと弟さんがいるのにこんな事件を起こすなんて、と怒りや呆れを通り越して複雑な気分になってしまう。しかも二人ともパッと見ただけでも今の姿も私達と同じくらいの年、というか同年代だ。攻略対象者を探す為に二年生のクラスは全て見て回ったから覚えもある。主に攻略対象者探しの為に男の子ばっかり見てたから女の子の方は薄ぼんやりだけど、優秀頭脳女王プライドの頭はちゃんと覚えようとしたことは覚えてる。
ステイルも同じらしく「二人とも見覚えがありますね……」と抑えた声で教えてくれた。アーサーがへぇ、と相槌を打つ中、私も頷いて返す。やっぱり二年生組の子達だ。
同じクラスの子ではないけれど、恐らく放課後に来るように教師に呼び出されたのだろう。入学手続きをする時に居住区域や収入、兄弟関係とかも簡単に面談で聞かれるから身内程度は校内にいればすぐわかる。
……にしても、何だろうこの嫌な予感は。
なんだか肩に気持ちの悪い物が引っ掛かっているような感覚に、まさかティペットとアダムがと何となく自分の肩に触れるけど誰もいない。背後を振り返れば、ステイルが難しい顔で口元に指関節を添えていた。アーサーももう教師に阻まれて見えない医務室の向こうへ険しい顔を向けている。
「では、二人とも連行します。身内に関しては保護できないので、連行先だけ説明をお願いします」
とうとう衛兵が動く。
一応犯罪者ということで捕まって罰せられるにも、まだ意識がない彼らは一度投獄されて意識を取り戻してからのことになる。その間には公爵の判断もある程度決まるだろう。大罪や大規模な犯罪の場合は城で母上が裁くけれど、それ以外は大体が各地の領主による采配だ。
衛兵が医務室の中に入っていくのに合わせて、部屋の中から短い悲鳴が聞こえた。さっきまで独り言すら聞こえなかった部屋から、付き添っていた少年少女の声が響き渡る。
「待って下さい‼︎兄さんもチャドも、乱暴だけどそんなことするような人じゃなくて、きっと何かの誤解でっ」
「兄貴は未だしもベンさんがそんなことする筈ない‼︎兄貴だって本気でそんなこと……」
必死に庇うような少女と少年の言葉から推察すると、二人ともお互いの兄とも知り合いらしい。
尚更どうしてこんな妹弟を巻き込んでしまうようなことをしたのか。もしこれが全校生徒に知られるような大騒ぎになったら二人の立場すら悪くしていたかもしれない。それどころか、学校の判断が酷かったら彼らまで巻き込んで学校を追われていたかもしれない。
ロバート先生と女性の先生、そしてカラム隊長が私達が彼らに見られないように背中に隠し、退がるように再び声をかけてくれる。もし、被害者証言をした生徒が知られたら、兄を嵌めたと私達の方が逆恨みを受けるかもしれないからだろう。
実際はアラン隊長が捕まえてくれた時点で信憑性は百パーセント私達に向いているけれど、彼らの心情はまた別の話になる。ただでさえ同じ学年、そして今の発言から聞いても二人とも兄の無実を信じている。
医務室の中に入っていった衛兵が「事情は目を覚ましてからだ」「やったことは捕らえた騎士が見ている」「少なくとも厳罰は避けられない」と淡々と断った。
離せ、返して!と悲鳴がまた聞こえてきて、胸を両手で押さえてしまう。思わず自分からも一歩下がってしまうと、ステイルが肩に手を添えてくれた。アーサーがそっと更に隠すように私の前に立って守ってくれる。
この世界では成人男性でもある二人の青年を、衛兵が肩に背負う。そして衛兵を追うように弟妹達も医務室から出てきた。どちらも背負っていない衛兵が二人を止め、先に仲間に彼らを連行させる。
「どこに連れていくんだよ‼︎」と弟が鋭く釣り上げた目で吠えた。すかさず衛兵が詰所の牢獄と断れば、一気に二人の顔色が青くなる。それでも仕事柄慣れた様子の衛兵は、はっきりと彼らの弟妹へ更に言葉を続けた。
「投獄自体は長くはならない。目を覚ませば処罰を受け次第、解放される。……恐らくは」
「処罰って……⁈」
まだ法律の授業でも詳しい処罰については教えられてない。
彼らにとってはまだ犯罪を犯した人の刑罰がどのようなものかもわかっていないのだろう。……そして、今それを知らせることは躊躇うように衛兵は口を一度噤み、敢えて隠す。
「……少なくとも退学処分になるのは間違いない。君達もこれ以上は身の振る舞いに気をつけなさい」
法的な処罰のことは言わず、そう断った衛兵は最後に強めの口調で二人を止める。教師達とカラム隊長に挨拶をしてから、仲間二人を追ってその場を去った。
涙目の少女と、歯を食いしばる少年が連れ去れていく兄達と連れて行く衛兵の背中に棒立ちになる。大人達に隠された私達に気付かないままの彼らに言葉が出なかった。
そっとステイルとアーサーが目だけで「離れましょう」と私に合図した。……確かに、ずっと隠れているのも限界がある。




