そして思い巡らす。
『ごめんなさい……ごめんなさい……全部全部お姉ちゃんが悪いの。ごめんね、ごめんねごめんね……』
『ッッ触らないで‼︎‼︎』
心を病む前から、お姉様はずっとあることが理由でディオスを拒絶していた。
触れないで、触らないで、ごめんなさいごめんなさい、と。
ディオスのこともクロイと同様に愛していながらも遠ざけた。そしてもう一つの悲劇をきっかけに彼女は心を病んでしまう。もともと身体が弱かったこともあって、それからは殆ど寝たきりになって看病無しでは生活することも難しいほど弱りきってしまった。
『ごめんね、お姉ちゃんもう駄目みたい。……だってお姉ちゃんね』
……そして、ゲームが始まった時にはもう
『いまクロイちゃんが二人に見えるの』
彼女は、ディオスの存在自体を忘れてしまっていた。
それほどに、彼女の中でディオスの存在による傷は深くて大きかった。記憶から消さないと自分を保っていられないほどに。
そしてその、ディオスの記憶を殺さないといけないくらいにお姉様を言葉で刺し続け、苛み続け、追い詰めたのが第二作目のラスボスだ。
彼らが自分に逆らえないことを良いことに、彼女は二人の大事なお姉様を事あるごとに虐め続けていた。それまではまだ彼女はディオスを拒絶こそしても忘れてはいなかったのに。
自分を忘れてしまったことに、双子の中にいた〝ディオス〟の人格はもう悲しみすら覚えられなくなっていた。彼女を追い詰めたのも、傷つけたのも自分だとただただ責め続け、アムレットにも「いえ、忘れてくれて良かったんです」と語っていた。
ゲームクリア時には心を癒されたお姉様がディオスのことも思い出してくれたハッピーエンドだからまだ救われたけれど、他のルートではそうならなかったのだと思うと辛い。
ゲームスタートの時点で彼は自分のことを思い出させようとするどころか、そのまま自分という存在をお姉様にはかくし続け、〝クロイ〟として生きると決めてしまった。ディオスは全く何も悪いことなんてしていないのに。
ラスボスが余計なことさえしなければ、ただでさえ辛い状況で頑張っていた彼らがあんなに苦しみ続けることはなかった。ディオスは学校でもお姉様の前でも、〝クロイ〟としてしか居場所がなかった。
どうしてお姉様の前ですらない学校でも〝クロイ〟だったのか。……たぶん今回現実でも学校に入学したのが〝クロイ〟だったのと同じ理由もあるのだろうけれどそれ以上が、ある。それがラスボスだ。
お姉様を言葉で責め続ける彼女に、〝ディオス〟の名を知られるわけにはいかなかった。
そしてこんなに辛くて、ラスボスに苛まれる前から辛い環境に身を置いていたファーナム姉弟だけれども、元はと言えば彼らの悲劇の要因は別にある。
お姉様が心を病んで寝たきりになり、ディオス自身が大きな心の傷を生んだ原因が。
この、私だ。
正確には、第一作目のラスボス女王プライドだ。
〝キミヒカ〟で、ラスボスプライドはプレイヤー全員に嫌われる。攻略対象者が好きであればあるほど嫌われる。そしてそれは、第一作目に限らない。第三作目が大好きな私ですら、彼女のことは大嫌いだったのだから。
第二作目以降は全て第一作目のパラレルストーリー、ただし第一作目の〝その後〟ではある。ラスボスは別に居て、にも関わらず何故キミヒカプレイヤーに第一作目のプライドが嫌われるのか。その理由は簡単だ。
史上最悪の女王であるプライドの犯した悪虐非道は、他シリーズのキャラにすら爪痕を残している。
第一作目に断罪されたプライドは、ゲームスタート時には既に方々で多くの被害を出し、自国すら傾けていたのだから。
今回のファーナム兄弟についてもそうだ。お姉様が心を病んでしまった理由、その決定的なきっかけがプライドだ。
もともとディオスを愛していながら触れることを拒絶していたお姉様。ある日彼女は国の公布を知り、ある事を行ってしまう。
別に良いよ、面倒だし、それより仕事に行くからと突っぱねる彼に変わって。全く悪気もない、寧ろ姉としての親切心からの行動で
〝特殊能力申請義務令〟に従い、城へ弟であるディオスの特殊能力を申請報告してしまった。
その結果、後日に公布された女王プライドの新たな法の元、希少な特殊能力を持つ彼は城に呼び出される。
そして強制的にプライドにより〝隷属の契約〟か〝処刑〟かを選ばされた。何の罪もないディオスはプライドと隷属の契約を結び、それをきっかけにお姉様は自責の念で心を病んでしまった。
抱きしめたくてもディオスには触れたくない。元々拒絶していたことに心を痛めていたお姉様は、それだけでなく大事な弟を隷属の身に堕としてしまったことで更に心が壊れてしまった。
現実では、こうして特殊能力者申請義務令もジルベール宰相により提案されることはなくなったし、私も女王でなければ母上もそんな暴挙にでないからその悲劇だけは回避されている。ただ、もう本当にラスボスプライドは最悪なことしかしていない。死しても民を苦しめる最悪の女王。だからこそキミヒカが好きなプレーヤーには嫌われた。
他の攻略対象者でもシリーズでも、物語を進めていく中で一回は「これ、元はと言えばプライドの所為じゃない?」と思うことが多い。
ゲームによってはラスボスの立場も変わる中、プライドは第一作目だけの出番にも関わらず絶対悪の憎まれキャラだった。……ああ駄目だ、改めて考えるとまた自己嫌悪に陥りたくなる。
もぐ、もぐ、と気を紛らわすように残り二口を大口で噛み、行儀は悪いとわかっていながら口にしまう。サンドイッチが口の中に無くなって自由になった手で自分の両手首を握り締めて力を込める。悶々としそうになる脳内意識を必死に打ち消した。プライドさえ居なければお姉様が寝たきりになるほど心を病まずに済んだし、ただでさえ辛い環境にいたディオスが自己否定の塊になることもなかったのに‼︎
本当に、なんでゲームではあんなにディオスだけが酷い目に遭わないといけなかったのか。人格も一緒になり、二重人格にクロイもなってしまったにも関わらず、攻略対象者であるディオスの過去はクロイより濃度二倍で重い。本人は全く悪くないのにお姉様には訳もわからず拒絶されるし隷属の身に堕とされるしその所為で余計にお姉様が病むし同調してから大事な弟まで巻き込んじゃうし折角の就職先でラスボスに目をつけられ弱み握られお姉様を目の前で虐められて存在ごと忘れられてしまうとか‼︎‼︎
お姉様がどうしてディオスを拒絶したのかに関して、アムレットが介護に関わる中で明らかになる。けれど双子は知らないままだ。もう本当にディオスは被害者過ぎる。
ここまで来るとやっぱり双子ルートはアムレットと恋に落ちるのがディオスの方でないと割りに合わないとも思う。クロイもクロイでアムレットにメロメロになるけれど、メインで恋して愛されて心を癒されるのはディオスの方だ。
「あの……ジャンヌ、どうかなさいましたか?」
気が付くとむぐむぐと咀嚼する私に、ステイルが戸惑い気味に顔を覗き込んでくれていた。
目を向ければアーサーも目を真ん丸にして私を見てる。「何か味がおかしかったとか……?」と心配までされる。いつの間にか思いっきり眉間に皺を刻んでしまっていたらしい。
二人の反応に私も焦って、ンッと飲み込むついでに喉を詰まらせかける。行儀悪く大口で食べきったのが仇になった。何とか飲み切って噎せ返るまではいかなかったけれど、口の中が空になってから胸を叩く。もうこれ以上醜態晒したくないのに。
ジャンヌ⁈大丈夫っすか⁈とステイルとアーサーに背中を摩ってもらい、まるでお婆ちゃんだ。大丈夫……!となんとか絞り出してから私は息を整える。
「ごめんなさい……その、ファーナム姉弟のこと思ったら……色々、考えちゃって……」
はぁ……と最後に大きく溜息混じりに言ってしまう。
彼らの悲劇の大元は回避できたからといって、全てがどうにかなっているわけではない。三人を取り巻く生活環境はそのままだし、これからどうなるかもわからない。試験結果は明日までわからないと思えば、私まで胃が重くなる。どう考えてもサンドイッチ以上の重さだ。
「大丈夫ですよ。あれだけジャンヌが一生懸命手を尽くしたのですから」
「いやそりゃお前もだろ」
息が整った後も変わらず私の背中を摩ってくれる二人に胸が暖かい。
ステイルの言葉に続くアーサーに私も「そうね」と笑みで返した。確かに私だけじゃない、ステイルやジルベール宰相まで協力してくれたのだもの。国で一二を争うくらい秀才の二人の個人指導が無駄になる筈ないと思えば気も楽になる。
「ありがとう。二人が言うならきっと大丈夫だと思えるわ」
安心してしまって、ふにゃっとふやけた顔で笑ってしまう。
……と、今度は二人が喉を詰まらせたかのように口を結んでしまった。私より先に食べ終えた筈なのに。もしかして「二人が言うなら」という台詞が責任の押し付けになってしまったのだろうか。
慌てて訂正しようと「いえ、二人をそれだけ信頼しているっていうことで……!」と言ったところで授業開始の予鈴が鳴る。測ったようにロバート先生が「全員着席ー」と教室に飛び込んできた。
窓際に並んでいた私達は、鶏にでも鳴かれたように急いで自分の席に戻った。アーサーが椅子を回収してくれ、ステイルが私の分の席を引いてくれる。
真っ直ぐに着席した私も、その瞬間口を意識的に閉ざした。既に色々悪目立ちしている私に出来ることは授業中だけでも大人しくすることだけだ。
……そして四限終了後、私は自分の悪目立ちとやらかしがどれほど悪影響で迷惑だったかを思い知ることになる。
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