Ⅱ88.支配少女は合流する。
「「どこ行ってたんだよ‼︎‼︎」」
ディオスとクロイと再会してすぐ、私は二人に怒鳴られることになった。
中等部二年の三階。そこで早速二人の教室へ向かおうとした私達だけれど、その前に二人と再会することになった。
まさかの二人が私達の教室の前で待ってくれていたからだ。
これには私も驚いた。特にクロイには来るなと言われていたくらいだし、もう面会謝絶レベルだろうなと覚悟していたのに。腕をお揃いに組んだまま難しい表情で佇んでいた二人は、恐らくもう教室に私達がいないことも確認済みだったのだろう。教室の中ではなく、明らかに私達を待っていたようにきょろきょろと視線を首ごと動かしていた。
目が合った瞬間に足並み揃えて私達の方に突進してきたものだから、ステイルとアーサーがさっと前に出て腕で庇ってくれた。まさか殴り掛かってはこないとは思ったけれど、以前のこともあるし念には念をいれてくれたのだろう。私に背中を見せた二人はもう耳も赤くなくて顔色も落ち着いていたから安心する。
ステイル、アーサーを壁にしたままディオスとクロイの目は二人とも私に向けられていた。あまりの怒声に表情筋が固まってしまうと、その間にもステイルとアーサー越しに双子から凄まじい苦情が続いた。
「ジャンヌ本当に来ないし‼︎‼︎僕は来るなって言ってないのに来ないし‼︎今朝は約束したのに来ないし‼︎‼︎試験会場は殺気立っていて怖いし‼︎ずっとジャンヌ達待ってたら二人分の席空いてなくてクロイとも離れるし‼︎」
「ていうか試験後も来ないとかどうなの⁈まさかもう試験終わったら関係ないとか⁈無責任とは思わないの⁈まだ試験結果出てないのに⁈大体君にしか言ってないのにフィリップもジャックも来ないとか何⁈嫌がらせ⁈」
苦情の嵐に、ステイルとアーサーの背中越しにも関わらず背中が反ってしまう。
ごめんなさいと謝りながら笑ってみせるけれど、二人の怒りは静まらない。流石に無理矢理押しのけてまで私に苦情を言おうとはしないけれど、廊下に響き渡る声だけはしっかり鼓膜に刺さる。ディオスはさておきクロイまでこんなに喋りまくるなんて。やっぱり二限前の時から不満が溜まっていたのかなと思う。いやでもあの時にもう私の顔も見たくないみたいな発言をしていたのはクロイの方だった筈なのだけれども。
二人とも叫びすぎて熱が入ったのか段々顔色まで紅潮している。ディオスに至っては若干涙目だ。いつも淡々とした表情のクロイまで顔に力が入っているし、怒っていても同じ怒り方ではない二人はやっぱり別人同士だなと呑気に思う。
涙目のディオスが「ジャンヌのバカ‼︎」と叫んだと思えば、更に声を荒げだした。もう廊下中の視線を独り占めだ。
「来るって言っただろ!僕もクロイも待ってたのに!!せっかく、せっかく言っ……~~っ」
途中で叫びが中断されたと思えば、ディオスはきゅっと唇を絞ったまま黙ってしまった。
まるで授業参観に来てくれなかった親への苦情のようだ。結んだまま赤い顔を俯けたディオスは、次の瞬間ぶわりと勢いよく泣き出した。流石にこれには私もステイルもアーサーも驚く。
えっ、と見返せば腕でごしごしと目を擦り始めてしまった。唯一冷静なのはクロイだけだ。自分と同じ顔がぐすぐすと泣き出してしまったのを、冷ややかな眼差しで見つめている。寧ろこっちは比例するように熱が引いた様子だ。
どうしよう、同級生を泣かせるとか本当にいじめっ子の典型だ。ここまでディオスを不安にさせてしまったとは思わなかった。慌てて私からステイルとアーサーの間を縫うようにして彼の前まで歩み寄る。二人も無言のまま大人しくなったディオスとクロイとの間を開けてくれた。
「ご、ごめんなさいディオス。そんなに心細い想いをさせちゃったとは想わなかったわ。急にどうにもならない用事ができてしまって行けなかったの。本当は二人の所にも会いに行こうとしたの、本当よ」
もう気持ちはお姉ちゃんを超えてお母さんだ。
ディオスの頭に手を伸ばし、撫でる。気付いてないかのように目を腕で擦り続ける彼は涙が止まらない。それでも最後の私の言葉を聞くと「本当……?」とぐずり声で返してくれた。本当よとすぐに言葉を返せば、腕から上げて真っ赤になった若葉色の瞳を私に向ける。
「っ……クロイが、……なことっ……うから、それで、もう来なかったんだと、っ……クロイと一緒に、僕……も、嫌わ、……と」
「だからなんで僕の所為にするの。ディオスだってそこで「僕は来て欲しい」って言わなかったんだから一緒でしょ」
えぐえぐ泣きするディオスに、クロイがうんざりとした声で不満をぶつける。
さっきより少し眉間に皺が寄って兄を睨んでいる。どうやら私達が来る前にちょっぴり喧嘩もあったらしい。
同じ身長のディオスへ、顎を上げ横目で見下ろす形で睨むクロイは大分ご機嫌斜めだ。私が怒らせてしまったせいで結果としてディオスにも恨まれてしまったのかもしれない。先に怒らせたのは私の方なのに。
ディオスの白髪を繰り返し撫でながら「クロイもごめんなさい」と改めて彼にも謝る。
「私が無責任なこと言っちゃったのが悪かったわ。本当に試験前でディオスもクロイも緊張していたのに怒らすようなこと言っちゃってごめんなさい」
「何それ。ジャンヌがいつ僕らに無責任なこと言ったの」
え。
あれ、さっき怒って私に怒鳴ったのってクロイよね⁇
予想外の切り返しに自分の目が丸くなっていくのを感じる。力なく口まで開いてしまうと、クロイは「あれは……」と小さく呟いてから目を逸らした。ムッとした口でそれ以上言おうとしないクロイは、ふて腐れているようにも見える。もしかして私の発言云々ということではなく、単純に試験のことで神経過敏になって八つ当たりしてしまったとかだろうか。もしそうだとしたら私も心が軽いのだけれども。
首を捻ってクロイの返答を暫く待つけれどやっぱり唇を結んだままそれ以上言おうとしない。眉間の皺だけがただただ深まっていく。ぐすぐすと鼻をすする音だけ漏らすディオスと黙してしまうクロイに、今度は私から呼びかける。
クロイ、ディオスと声色に注意しながら二人に最初に言われた言葉に返事する。
「約束を破ってごめんなさい。心細かったわよね、待っていてくれてありがとう。フィリップもジャックも私の所為で会いに行けなかったの。二人も私と同じで、本当は貴方達のところに会いに行くつもりだったのよ」
ね?とそのままステイルとアーサーに同意を求めれば、二人もすぐに頷いてくれた。
ファーナム兄弟の勉強を一生懸命見てくれたステイルだって、ずっと案じてくれていたアーサーだって気持ちは一緒だ。本当に大事な時を私の所為で台無しにしてしまったと反省する。
すると逸らしていた目を再びクロイが私に向けてくれた。結んでいた口をゆっくり開けたと思ったら、今度は独り言のような小さな声だった。
「……僕のところにも?愛想尽かせたんじゃないの」
一瞬だけ意味がわからなくて首を捻ってしまう。
何故そこでステイルとアーサーがクロイのところに行こうとしないなんて思うのか。クロイに何も言われていない二人が彼に愛想を尽かす理由がない。怒られた本人である私だって会いに行こうとしたのだから。優しい二人が私が怒鳴られた程度でクロイを嫌いになるわけがない。
「そんなわけないじゃない。私達はクロイもディオスも大好きだもの」
そういって心から笑ってみせる。
まだ出逢って一週間しか経っていないけれど、今は二人とも可愛い私達の生徒だ。ちょっと怒鳴られたくらいで嫌いになるわけないし、第一あの時に失言であろうと八つ当たりであろうと怒らせたのは私だ。
そのまま反対の手でクロイへも手を伸ばすと、今度は顔を反らすようにして頭に届く前に断られてしまった。「子ども扱いしないで」と怒られてしまったから、もしかしてこういう態度にイラッときたのかなと思う。私にとっては二人とも五つも下の男の子だけれど、二人からすれば同い年だもの。
ごめんなさい、と肩をすくめながら謝ると「別に……」と今度は柔らかな返答を貰えた。つんっと顔ごと視線を逸らされたけれど、それでもさっきより怒っていないのだけはわかる。
「………………僕の方こそ、ごめん」
ぼそっ、とまた小声で謝ってくれたクロイは少しだけ眉間の皺が緩まった。
やっぱりさっきのは虫の居所が悪かっただけなのかなと安心する。
するとズズッ、と強く鼻をすすった音を立てたディオスが今度は顔を上げた。
「……クロイがあんなこと言わなかったらこんな誤解しなかったのに」
「ハァ?最初に「クロイの所為でジャンヌを怒らせた」って言ったのディオスでしょ」
「ッだからクロイが元はといえば二限前にあんなこと」
「だからそれならディオスがジャンヌ庇えば良かっただろ」
まぁまぁまぁ……と、このまま兄弟喧嘩を勃発させそうな二人を必死に宥める。ディオスの頭に手を置き、クロイの手を握る。同じ顔同士ギラリとした眼差しで睨み合う二人はヘアピンと目が腫れてるか否か以外そっくり同じの合わせ鏡だ。
とにかく一応誤解だけは解けたことを理解した私は、気持ちを変えるべく大事な話題の方を明るくした声で投げかける。
「それで、試験はどうだった?手応えは?」
一番大事な本題だ。
今の話の様子だと、私のことを待って教室で落ち着いて勉強もできなかった様子だし、試験もどうなったかわからない。試験前に何かがあって精神的に落ち着かず、試験を解くのもままならないなんてよくある話だ。
私の問いに、正面から睨み合っていた二人はぐるりと振り返る。食い縛った歯を剥き出しに同じ怒り方の二人は同時に声を揃え、また怒鳴った。
「「ちゃんとやったよ‼︎‼︎‼︎」」
それが何⁈当たり前だろ‼︎と言わんばかりの怒声に、私は苦笑いしながらもほっと息を吐いた。




