Ⅱ81.支配少女は確認する。
「おはようディオス、クロイ」
学校二週間目。
いつものように登校した私達を、双子揃って並んで待っていてくれた。しかも自分達の教室ではなく、私達の教室前でだ。一体いつも何時に学校に来ているのだろうとは思ったけれど、もともとお姉様の体調を鑑みて余裕があるように家を出ているのだろう。
廊下で壁に寄りかかりながら、二人で試験範囲であろう紙を睨んでいた横顔はまさに試験前の学生だった。この三日間の成果で紙に対しては大分物怖じしなくなったなと思う。
ジャンヌ、と言葉を揃えて顔を上げた二人が私の方へ目を向ける。クロイはいつも通りだけど、ディオスはちょっとだけ顔が強張っていた。既に大分緊張気味らしい。もう昼休みの試験まで時間がないのだから仕方がない。敢えて気付かない振りをしてそのままステイルとアーサーと共に歩み寄れば、二人も寄り掛かった壁から背中を起こして向き直ってくれた。
「勉強の進捗はどう?もうわからないところはない⁇」
「一応……。だけど、今朝も来いって言ったのはジャンヌだろ」
「折角だから確認してよ。なんか逆にわかって気持ち悪い」
早速進捗状況を尋ねてしまう私へディオスが膨れるように言うと、続くようにクロイが自分の紙の束を叩く。
逆にわかって……って、つまりそれだけ完璧ということではないだろうか。更にはディオスまでその発言にうんうんと頷くから流石だなと思う。
二人の要望に一言返しながら、私達は五人で教室に入った。おはようの後にジャンヌ、フィリップ、ジャックと続けてくれるクラスメイトからの言葉に私も挨拶を返す。何だかんだで女子も男子も話しかけてくれるようになって嬉しい。大人気男子ステイルとアーサーから威を借りたお陰もあるだろう。
振り返ってくれる子達が、先週に引き続き現れたファーナム兄弟にまた目を奪われた。私達と同じく特待生試験の勉強をと纏めたであろう紙の束に何度も通していた目が紙に戻らず、彼らに固定される。
一週間経ってステイルとアーサーの注目度こそ落ち着いた筈なのに、今度は噂の王弟付人兼友人の美少年双子で注目を浴びてしまう。休日前に二人が教室に来た時もそうだったし、やはりたった一日二日では慣れないらしい。これでもステイルやアーサーに並んでいるからまだ目立たない方だろう。ファーナム兄弟ご本人はやはり平然としているのが救いだ。
確かこの席だよね?同じで良い?と尋ねてくるディオスとクロイに答え、私達も席に着く。ステイルが昨日あれから休んだのかと尋ねると、二人は私達側に紙の束を広げて見せた。
「ちゃんと寝たし食べたよ!……あと、これも……その、やった」
「書かないと勿体ないし寝る前にディオスと姉さんと三人で。まだ答え合わせしてないけど」
バラバラと十数枚以上の紙を確認すれば、昨日最後に余った私とステイル手製の復習テストだった。
これ全部やったの?と驚いて目を丸くしてしまう私達に二人は数秒の間の後に「……多分合ってると思うけど」と少しだけ不安そうに言葉を合わせた。
一瞬本当に寝たのかと問い詰めたくなったけれど、答え合わせをしなかったということはそれなりに睡眠時間を惜しんだということだろう。
折角作った問題用紙だし、無駄にしないでくれたのは本当に嬉しい。けれど、あの後によく書いたなぁと思う。三人で片付けたというから何とか納得できるけど、一週間前の彼らでは書き終えるのは絶対不可能な枚数だったのに。しかもぱっと見ただけでもちゃんと全部埋まっている。これは早々に答え合わせをしないと‼︎
目を合わせ、頷き合った私とステイルは早速二人で手分けして正誤確認を始める。丸をつける時間もインクも惜しんで、今回は一枚一枚目で確認していった。
パラッ、パラっと一枚ごとにめくっては重ねていく間にも、ディオスとクロイはまた別の紙の束に目を落として復習を進めた。この一分一秒も無駄にしない精神は本当に偉い。
目だけで済ました紙の束は、すんなりと一限前の時間内で全て確認し終わることができた。……見事に全問正解だ。
「全問正解、です……フィリップは?」
「俺の方もです。問題はありません」
それぞれ最後の一枚を紙の束へ重ね、長く息を吐く。
私とステイルの言葉に、アーサーが口をぽかりと開いて固まった。授業範囲だけとはいえ、ここまで完璧に覚えてしまったことに衝撃しかないのだろう。
ディオスとクロイも気にしていないように手の中の紙に視線こそ落としていたけれど、私達がそれを言った途端目に見えて上がっていた肩が下りた。私も私で、もし間違えていたところがあったら、今すぐにでも指摘と解説をしなきゃと思っていたから一気に肩から力が抜けてしまう。三人の努力成果もあるけれど、本当にジルベール宰相さまさまだ。
昨日、城でヴァル達への依頼を済ませた後、ステイルはヴェスト叔父様の手伝いでジルベール宰相にも会ったらしいけれど、何とも余裕の笑みを浮かべられたと眉間に皺を寄せていた。どうやって彼らにあそこまで教え込んだのかについても「彼らが優秀だっただけです」としか答えてくれなかったらしい。
確かにディオスとクロイはゲームでも飛び級の優等生だけれど‼︎でも、あくまで〝優等生〟だ。ステイルみたいに〝腹黒策士〟でもジルベール宰相みたいに〝謀略家〟でもないあくまで〝優秀〟の域を超えない子達だった。
それをあんなにばっちり教え込んじゃうのは、やっぱりジルベール宰相の手腕としか言いようがない。本当にあの人は宰相以外でも確実に出世するタイプだ。我が国の宰相になってくれて本当に良かった。
ティアラが王妹になった後も本当に安心だなと改めて思う。だってその補佐がジルベール宰相なのだから。
「この調子ならきっと大丈夫ね、私達が教えられることはないわ」
免許皆伝。という気持ちで私は二人に拍手を送る。
本当に今の段階でこれ以上教えられることはない。二人とも本当に完璧に試験範囲を覚えてくれた。私もステイルも一安心だ。勿論、試験が終わるまで安心はできないけれど、少なくともこれ以上理解を深める必要もない。後は頭から抜け落ちないように蓋をするだけだ。
私の言葉にステイルも深く頷けば、二人とも安心したようにお互いの顔を見合わせた。私よりしっかり厳しかったステイルからも太鼓判を押されれば余計に嬉しいだろう。
良かったわ、と笑い掛けながら私は拍手した手を合わせたまま止め、言葉を続ける。
「一限の後はわざわざ来なくても大丈夫。フィリップは選択授業の移動でいないし、あとは各自で」
「「やだ」」
……また重なった。
はっきりと断りの言葉で私を切る二人に、思わず笑顔のまま固まってしまう。ヒク……と暫くしてから少しだけ片方の口角だけ引き攣ったけれど、若葉色の眼差しははっきりと私を差し止めた。
え?と聞き返すよりも先に頭の中に疑問符が浮かんでしまう。ここで却下される理由がわからない。二人とも勉強の為に仕方なく私の所に来てくれていただけなのに。しかも二人の担当教諭であるステイルがいないなら余計にこのクラスに用はないだろう。
そう考えている間にも二人は連弾でもするかのように順序よく私へ意義を唱えてきた。
「まだ、不安だし。もしわかんないところがあったらすぐに聞きたいし、……不安だし」
「ディオスが行くなら僕も行く。というか元々君が言い出したんでしょ。ならちゃんと最後まで面倒見てよ」
「僕らの学級は二限は選択授業じゃないし!別にジャンヌの学級に行く分は良いだろ?」
「駄目って言っても勝手に行くから。フィリップとジャックには悪いけど」
ディオスとクロイの交互攻撃に口が開いたまま何も言えなくなる。
いや二人が希望してくれるなら私は良いけれど。でも元々嫌々来てたのはそっちよね……?あと何故そこでステイルとアーサーに悪いに結びつくのか。
唖然とする私はそのまま目だけをステイルとアーサーに向ければ、ステイルは眉間に皺を僅かに寄せているけれど、アーサーは瞼の無い目で私と双子を交互に何度も見比べていた。額に汗が伝っているのを見ると、まだ彼も私と同じく現状が理解しきれていないらしい。最後に私と同じようにステイルに目を向ければ、彼は眼鏡の黒縁を押さえながら低い声で「構いませんが……」と呟いた。
「二人の方から来る分は良いのではないでしょうか。あくまで勉強に集中するのなら」
最後の一文だけ若干強めに発音したステイルは、まるで誰かに言い聞かせているかのようだった。
もしかして、私と双子が仲良くわいわい駄弁って勉強から脱線するのを心配してくれているのかもしれない。やっぱり二人のことをまだ心配してくれている。
そう思うと嬉しく思えてしまい、笑いながら「大丈夫よ」とステイルに返す。私にそんな釘を刺さずとも、流石に試験直前に水を差すような真似はしない。うん、しない。…………たぶん。
もう今日までうっかり初対面のクロイに喧嘩を売ったり、試験で中等部らしからぬ点数取ったり、授業中に注意されたりといろいろやらかしている所為でちょっと自信が持てない。
それでも、私の言葉を後押しするようにディオスとクロイも「やる」「それ以外何があんの」と肯定してくれた。ステイルもそれに満足したように頷くと、指先で眼鏡の黒縁を押さえた。
「二限目後はちゃんと試験会場に向かって下さいね。いくら点数を取れても、間に合わなければ水泡に帰すだけです」
二度目の釘刺しに、二人だけでなく私もヒッと背筋が冷える。
それだけは絶対にやめて欲しい。続けて答案用紙に名前を書き忘れないこと、とまた受験で犯しやすい最悪の凡ミスを口にするステイルに私まで血の気が引いていく。実際、そういうことで人生が天地にさけられてしまう人はいる。
今日の昼休みに行われる特待生試験は、各棟ごとに行われる。中等部は中等部棟の最上階五階で。貴族など上級層の生徒が所属する特別教室とは別の空き教室が試験会場だ。そこなら万が一にも不正を行おうとしたところで仕込むことは難しい。一番不正ができる特別教室の生徒には不要の制度で、受験者もいないから余計に安全だ。
場所はわかっていますね?とステイルが復習するように会場場所を伝えれば二人もはっきり頷いた。目で天井をじっと睨み上げる二人は、同時に細い喉を鳴らす。緊張からか拳を堅く握り出す二人に、私からも改めてエールを送る。
「頑張りましょう、二人とも。昼休みは私達も応援に行くから」
流石に一緒に試験を受けることはできないけれど、最後に鼓舞してあげることはできる。
もう気分は完全に教え子を見送る教師か保護者になりながら笑いかければ、ディオスは「本当……?」と恐る恐る確認してくれた。やっぱり彼の方が不安らしい。
するとクロイも「約束ね」と一言投げ返してくれた。クロイまで応援を期待してくれたのが何だか嬉しくて、私からもはっきり声を張る。
「約束よ」
そう笑い掛けながら、二人へ首を軽く傾ける。
後ろに団子で纏まられた髪は、今は揺れはしないけれどそれでもぐらりと後頭部に重さを感じた。
ディオスとクロイが目を一度同時に見開き、そして逸らす。今更ながら同年代の女の子に保護者役を頼んだのが恥ずかしかったのか、僅かに頬を染めていた。
頭を撫でたい気持ちを今はぐっと抑え、私は改めて二人を予鈴まで勉強へと促した。
……この後、波乱があると知りもせず。




